[New門]は、旬のニュースを記者が解き明かすコーナーです。今回のテーマは「安部公房」。

存在感増す「キッチンカー」、実は長い歴史…源流は「振り売り」か

 「砂の女」「箱男」などで人間の存在の危うさを問い続けた作家、安部公房(1924~93年)が今年生誕100年を迎えた。新たな文庫の刊行や映画上映などが続く。
寓意(ぐうい)
とユーモアで現代社会を見つめた作品群は、今も読者をひきつけ続ける。
未完の絶筆文庫新刊で刊行  安部は1951年に「壁―S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞後、精力的に作品を発表した。戯曲家としても三島由紀夫と双璧をなし、73年に演劇グループ「安部公房スタジオ」を結成し、自ら演出を手掛けた。 戦後の作家の中では、常に最新の科学技術や機器類に関心を寄せたことでも際立っている。ワープロをいち早く使い、シンセサイザーで作曲もしていた。テクノロジー社会について先見的な視野を持ち続けた。日本の伝統的な私小説から遠いところで書き続け、文壇からは距離を置きながら執筆活動を続けた。93年に急性心不全で急逝した後、全30巻に及ぶ個人全集が刊行され、現在も新潮文庫で20冊近くを読むことができる。
 新潮社は2月、約30年ぶりの文庫新刊となる「飛ぶ男」を刊行した。没後、愛用していたワープロのフロッピーディスクの中から発見された未完の絶筆だという。冒頭に空を
飛翔(ひしょう)
しながら携帯電話で会話している男が登場し、新しい物語の誕生を感じさせる。同社によると、発売後わずか10日で3刷を数えた。

 3月には、精神病棟から抜け出した男を描く「天使」などを収録した初期短編集「題未定」も刊行され、思想の
萌芽(ほうが)
に触れることができる。担当編集者は「亡くなって30年以上たつのにこれほど人気が持続している現代作家は珍しい」と話す。
 映像の分野でも盛り上がりを見せている。石井岳龍監督は30年以上の構想を経て、「箱男」を映画化した。同作は段ボール箱を頭からすっぽりかぶり、のぞき窓から世界を見つめる箱男を描き、「見る/見られる」の関係性を通して、人間と現代社会のありようを照らし出す。2月に開催されたベルリン国際映画祭で、世界初上映され、喝采を浴びた。今秋には、神奈川近代文学館で生誕100年を記念する企画展も予定されている。 安部の父親は満州(現中国東北部)の医科大学に籍を置く医師で、自身は生まれた翌年に満州に渡り幼少期を過ごした。早稲田大の鳥羽耕史教授(現代日本文学)は、「安部の根底には、育った『国』がなくなり、根無し草のような存在だという強い自覚があったのではないか」と語る。

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