85年ぶりに見つかった、橋本左内が明道館に宛てた手紙=県文書館提供
松平春嶽が幕府の大目付である岡部長常に送った文書=県文書館提供
左内の肖像画=春山公民館提供
幕末の志士、橋本左内(1834~59年)が江戸から福井藩校「明道館」に宛てた手紙が、85年ぶりに見つかった。藩校の運営について細かく指示する文面で、県文書館の担当者は「左内が江戸に移り住んでからも藩校に関わっていたことがわかる史料」としている。 手紙は1939年発行の「橋本景岳全集」に掲載され、内容自体は知られていたが、原本の所在はわからなかった。今年3月までの1年間で、福井藩にかかわる書状など600点以上が古美術商らから県文書館に寄贈され、同館が調査して直筆の手紙と断定した。 手紙の日付は1858年10月6日。59年の安政の大獄で左内が刑死する1年前だった。明道館の蔵書や試験について幹部2人から相談を受け、返答している。 左内は明道館に西洋の学問を取り入れるなど、藩教育の近代化に携わった。当時、学監同様の職を離れ、藩主松平春嶽の側近として江戸で活動していた。◆
春嶽の書状「岡部
駿河守(するがのかみ)
宛 松平春嶽親筆秘書」は新たに見つかった。1862年、春嶽が幕府の政事総裁職になった際に記し、幕府大目付・岡部長常に送ったとされる。薩摩藩主の父、島津久光に官位を与えるよう助言しており、当時の政治状況を知る史料という。
春嶽自筆の短冊も確認された。天皇の治世が長く続くことを、常緑樹である松の葉の緑に例えて詠んでいる。 左内の手紙や春嶽の書状など約20点は、県文書館で6月26日まで開催している企画展で公開されている。入館無料。問い合わせは同館(0776・33・8890)。
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