
フランスに暮らしていると、デモというものはそれほど珍しくない。交通機関が止まったり、道路が封鎖されたり、街を歩いていたら突然、大勢の人たちがプラカードを持って行進してきたり。長く住んでいると、「ああ、またデモか」くらいにしか思わなくなるが、自分の子どもの学校が巻き込まれているとなると、やはり話は少し違う。
昨日(10月1日)、息子がいつものように高校へ行くと、学校の中に入ることができなかった。校門の前が封鎖されていたからだ。学校から保護者へはまず、「現在、高校の前でデモが行われているが、木の扉は開いているので授業は通常通り行います」というSMSが送られてきた。しかし、その直後、「学校前の通りで暴力的な動きが起きています。まだ校外にいる生徒には、自宅に帰ってください」とのSMS。その頃、息子からは煙の上がった写真や動画が送られてきた。


高校へ行ったはずの息子から、学校に入れない、火も出ている、と聞けば、親としては当然心配になる。日本人の感覚なら、学校の前で火が燃えているというだけで、かなり大きな事件である。
結局、12時すぎには状況が落ち着き、午後の授業は普通に行われ、息子は何事もなかったかのように夕方、高校から帰ってきた。
息子によると、火をつけたのは自分の高校の生徒ではなかったという。学校の仲間たちが暴れて火をつけた、ということではない。彼らによれば、サッカーの試合後の暴動などでも現れる、いわゆる「カッサー(casseur)」と呼ばれる人たちで、デモや群衆の混乱に乗じて破壊行為をする。
今回、高校生たちが抗議している背景には、教師不足や欠員がなかなか補充されないこと、クラスの過密化、学校設備の問題など、教育現場に対するさまざまな不満がある。また、フランスの高校生にとって大きなプレッシャーとなる大学進学制度「Parcoursup」への不満もあるという。
高校生たちがよく使う抗議の方法が「blocus(ブロキュス)」だ。校門の前をゴミ箱や柵などで塞ぎ、生徒が学校に入れないようにする。つまり、自分たちで学校を止めてしまうのである。
SNSを見ていると、彼らが掲げるプラカードの内容も実にさまざま。教師不足や校舎の老朽化を訴えるものに混じって、「高校でスマホを禁止する前に、学校をなんとかして」といったものもあった。というのも、フランスではこの新学期から、高校でもスマートフォンの使用を原則として認めない方針が導入されたばかりだ。
メディアの取材で16歳の少女が「教育省が気にしているのは、携帯電話とSNSばかり」と話しているのを見かけた。彼らが言いたいことは、「それより先に、もっと大事なことがあるでしょう」ということなのだろう。
こうして見ていると、今回の抗議は一つの大きな政治的スローガンから始まったというより、それぞれの高校生が日頃抱えていた不満が、SNSを通して一気につながったものにも見える。9月下旬、パリ郊外の高校から始まった抗議は、SNSを通じて瞬く間に全国へ広がり、やがてパリ市内の高校にも波及した。
そして今、この運動をめぐって、もう一つの政治的な論争も起きている。
政府は、ジャン=リュック・メランション率いる左派政治勢力LFI(La France insoumise)が高校生たちの運動を煽り、政治的に利用していると強く批判している。実際、LFIの議員たちは早い段階から高校の封鎖現場を訪れ、運動への支持を表明してきた。
一方で、参加している高校生たちは「誰かに操られているわけではない」と反論する。教師が足りない、校舎が傷んでいる、クラスに生徒が多すぎる。彼らにしてみれば、毎日自分たちが学校で直面している問題なのだ。
高校生自身が訴える教育現場への不満に、政治勢力による支持や働きかけが重なり、さらにカッサーや急進的な集団まで入り込む。その結果、いったい誰が何のために抗議しているのかが、次第に見えにくくなってきている。
「高校生がデモをして、学校の前で火をつけた」
そう書けば、とてもわかりやすい。
でも、現場にいる息子から聞こえてきた話は、そんなに単純ではなかった。
ニュースの映像では、黒い煙と高校生たちの抗議が、ひとつの出来事として映し出される。けれど、その場には違う不満、違う思想、そして違う目的を持った人たちが入り混じっている。
学校の前が燃え、それでも午後には授業が再開される。そして子どもたちは、何事もなかったかのように家に帰ってくる。
日本で育った私には、やはりまだ驚くことばかりである。
このデモは今後さらに拡大するとも言われており、親としては、まだしばらく心配な日々が続きそうだ。



Posted by Design Stories
デザインストーリーズ編集部(Paris/Tokyo)。
パリ編集部からパリの情報を時々配信。