2026年6月、電化をめぐる国際的な動きが相次いだ。6月9日、次期COP31議長国は、世界の最終エネルギー消費に占める電力の割合を、現在の20%強から2035年までに35%へ引き上げることを提案した1。その2週間後の2026年6月23日、各国政府、企業、国際機関などがイニシアティブ「Electrify Now(今こそ電化を)」2をロンドンで立ち上げた。さらに、その約3週間後の7月17日には、欧州委員会が「電化アクションプラン」3を公表し、2040年までに46%という指標的な目標を打ち出した。
これまでエネルギー転換政策では、自然エネルギーによる電力供給の拡大が大きな焦点となってきた。しかし、化石燃料の利用を実際に減らすには、供給側の脱炭素化だけでなく、建物、運輸、産業などの最終需要を電化していく必要がある。また、電化は今日のエネルギー危機による化石燃料価格の変動や供給途絶への脆弱性を低減するという意味で、エネルギー安全保障の観点からも重要性を増している。2026年に相次いだこれらの動きは、電化が明確な政策目標として位置付けられ始めたことを示している。
本稿では、こうした新たな国際的な電化政策の潮流が今まさに形成されつつある中で、特にEUがより高い電化目標を具体的な政策措置へどのように落とし込んでいるのかに焦点を当て、そのアプローチが日本にどのような示唆を持ち得るのかを考えてみたい。
1. 現在の電化の状況
電力供給と最終需要部門に対する電化への投資は、すでに世界のエネルギー投資の約半分を占めており、国際エネルギー機関(IEA)は現在を「電力の時代(Age of Electricity)」と表現している4。世界のエネルギーシステムにおいて、電気自動車、ヒートポンプ、データセンター、あるいはものづくりや熱利用といったテーマを背景に、電力が果たす役割はますます重要になっている。
一方で、世界の最終エネルギー消費に占める電力の割合は、依然として4分の1未満にとどまっている。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、2023年には、世界の最終エネルギー消費(TFEC)に占める電力の割合は約23%であった。
図 1:主要国・地域における最終エネルギー消費に占める電力の割合
出典:IEA5およびIRENA6をもとに自然エネルギー財団作成
図1が示すように、各国の電化率の現状は大きく異なる。これには、各国の産業構造、交通システム、冷暖房における電力利用の歴史的な違いが反映されている。例えば、EUでは自然エネルギーによる発電が大幅に拡大しているにもかかわらず、EUの電化率は25%以下にとどまり、過去10年間ほとんど変化していない。電化率は、その電力自体が自然エネルギー、原子力、化石燃料のいずれに由来するかを示すものではないが、さらなる脱炭素化には、建物、産業、運輸で使用される化石燃料を電力に置き換えていくことも必要となる。
電力の重要性が高まっている一方で、国レベルで明確な電化目標を掲げる例は、これまで比較的限られてきた。スペインはその早い例の一つである。改定された国家エネルギー・気候計画「PNIEC 2023」では、2030年までに電化率を35%へ引き上げることを目標としている7。中国も2025年までに約30%とする目標を設定しており、政府はこれを達成したとしている。2026年6月には、この方針をさらに進め、2030年までに35%とする新たな目標を設定した8。フランスでは、政府が2026年4月に国家電化計画を公表し、最終エネルギー消費に占める電力の割合を、2023年の27%から2030年に34%、2035年に38%へ引き上げるとしている9 、10 。COP31議長国が発表した世界目標「2035年までに35%」は、今後、各国による電化目標の設定をさらに後押しする可能性がある。
注:各国の電化率は、統計制度の違いにより必ずしも直接比較できるものではない。例えば、図1では、燃料の非エネルギー用途を除外するIEAの「最終エネルギー消費(TFEC)」の定義を用いている。スペインとフランスの目標も同様に非エネルギー用途を除外しているため、おおむね比較可能であるが、各国の統計上の取り扱いには若干の違いが残る。一方、中国の国家エネルギー統計では、原材料として使用されるエネルギーなどを含む、より広い最終エネルギー消費の定義が用いられている。そのため、中国が公表する2025年の電化率30%に対し、図1のIEAデータでは約36%となる。日本についても、資源エネルギー庁が公表する2024年度の電化率28.1%11は非エネルギー用途を含む最終エネルギー消費を分母としているため、図1のIEAデータ(約36%)とは直接比較できない。
2.「2035年までに35%」:新たな世界的な基準
2026年6月9日、次期COP31議長国のトルコは、新たな世界目標を提案した。世界の最終エネルギー需要に占める電力の割合を、現在の20%強から2035年までに35%へ引き上げるというものである。この目標はCOP31の「Global Climate Action Agenda」の一環であり、IRENAおよびIEAの分析に基づいている。
35%という目標は、IRENAが2026年に改定した1.5℃シナリオとほぼ一致している。同シナリオでは、世界の最終エネルギー消費に占める電力の割合が、2023年の約23%から2035年には35%、2050年には50%超へ上昇する。図2に示すように、35%を達成するには、主要な3つの最終需要部門すべてで大幅な変化が必要となる。運輸部門では、非常に低い水準から大きな転換が必要となり、建物部門では2035年までの電化率の上昇幅が最も大きい。
図 2:IRENAの1.5℃シナリオにおける世界の部門別電化経路
出典:IRENA6をもとに自然エネルギー財団作成
部門ごとに異なる電化経路は、この新たな目標がなぜ政策の重点の変化を意味するのかを示している。これまで国際的なクリーンエネルギーに関するコミットメントは、供給側に大きく重点を置いてきた。特に、COP28では、2030年までに自然エネルギーの発電設備容量を3倍にし、エネルギー効率の改善率を2倍にすることが合意された12。電化率35%という目標は、これに需要側の視点をより強く加えるものである。自然エネルギーによる発電を増やすだけでは、自動車、暖房システム、産業プロセスも電化されない限り、化石燃料の消費をなくすことはできない。
なお、35%という目標は、現時点ではCOPで交渉・合意された目標でも、法的拘束力を持つ目標でもない。COP31議長国が主導する「Global Climate Action Agenda」の一環であり、正式な交渉と並行して、実施に向けて各国政府、企業、投資家、市民社会の行動を促すことを目的としている。
Electrify Now(今こそ電化を):目標を実行へ
2026年のロンドン気候行動週間(London Climate Action Week 2026)において立ち上げられたイニシアティブ「Electrify Now」は、欧州委員会、COP30議長国ブラジル、COP31議長国トルコおよびオーストラリア、次期COP32議長国エチオピア、カナダ、フィリピン、韓国、英国、IEA、IRENAにより構成され、企業、金融機関、40を超える組織・連合からも支持を受けており、追加のパートナーにも開かれている。
このイニシアティブは、気候変動への対応だけでなく、エネルギー安全保障上の懸念、化石燃料価格の変動、供給途絶を強く意識し、危機感を共有している。「Electrify Now」は、各国政府に国および地方レベルの電化計画の策定を促すと同時に、クリーン電力の拡大、電力網の近代化、蓄電の導入を加速することで、世界的な目標を実行に移すことを目指している。また、特に新興国・途上国において、他地域にも展開可能な政策やプロジェクトの普及、サプライチェーンの強化、官民投資の動員を図るとしている。
3. EUの電化アクションプラン:電化された経済を設計する
EUの「電化アクションプラン」13では電力の約70%を域内のクリーンな電源で賄っている一方で、最終エネルギー消費に占める電力の割合は、約23%にとどまっていることが示されている。そのため欧州委員会は、建物、運輸、産業における化石燃料需要を電力に置き換えなければ、自然エネルギー電力とエネルギー効率化の進展はいずれ限界に達すると指摘している。
電化アクションプランの2040年までに電化率を46%という目標は欧州委員会のモデル分析によると、電化を中核とするエネルギー転換を加速することで、2040年までに以下のような大きな効果が期待される:
2040年までにガス輸入を70%以上削減
原油輸入を40%以上削減
化石燃料の輸入コストを2040年までに年間最大2,600億ユーロ削減
発電コストを約20%削減
欧州のクリーンテック製造業・サービス業における投資の予見可能性を高め、EU全域で将来性のある雇用を支える
2040年のCO₂排出量を現在と比べて20億トン以上削減
この計画の最も重要な特徴は、電化は自動的に進むものではないと認識している点にある。電化を進めるには、電力価格、資金調達、インフラ、技術の導入、産業基盤、人材・技能を一体的に変えていく必要がある。電化アクションプランは、この考え方を15のアクションに具体化している。以下では、それぞれのアクションが主に対応しようとしている障壁に沿って整理する。
3.1 共通の方向性を示す:2040年までに46%(アクション1)
最初のアクションは、EU全体の電化に向けた共通の方向性を示すもので、最終エネルギー消費に占める電力の割合を2040年までに46%へ引き上げるという目標を掲げている。この目標は法的拘束力を持つものではなく、現時点では指標的な目標である。2026年第4四半期に予定されている「今後10年間のエネルギー同盟パッケージ(Energy Union Package for the Decade Ahead)」14の策定にあわせて、46%という目標を設定することが経済やエネルギーシステムなどに与える影響について、欧州委員会が評価を行う予定である。
表 1:アクション1の概要
※ 電化率:最終エネルギー消費に占める電力の割合
出典:自然エネルギー財団作成
EU全体で共通の目標を示すことは、より明確な長期的市場シグナルを提供することを意図している。電化の方向性に対する確実性が高まることで、欧州のクリーンテック製造業・サービス業への投資判断を後押しし、関連するバリューチェーンの拡大を支え、将来性のある雇用の創出につながる。
アクション1が到達点を示すのに対し、残る14のアクションは、現在EUがそこに到達することを妨げている経済面、インフラ面、実施面の制約に対応する。
3.2 電力のコスト面での不利を縮小する(アクション2~5)
欧州委員会は、電力と化石燃料の相対価格を、電化を妨げる最も直接的な障壁の一つと位置付けている。家庭用・産業用のいずれについても、多くの場合、電力価格は化石燃料価格を大きく上回っており、電力価格がガス価格の2倍未満となっている加盟国は、フィンランドとスウェーデンの2カ国に限られるとしている15。この価格差は、発電コストだけで決まるものではない。送配電網料金、税・賦課金、さらに継続している化石燃料への補助金も、電化技術への転換の経済性に影響している。
その影響は、すでに技術の導入状況にも表れている。電力・ガス価格比が最も低い加盟国では、この比率が3を超える国と比べて、ヒートポンプの販売台数が約3倍となっている。欧州委員会はそのため、2030年までにこの比率を、家庭用では2.5以下、産業用では2以下に引き下げるよう加盟国に促している。これらの数値は、法的拘束力を持つ各国への義務ではなく、進捗を把握するための重要業績評価指標(KPI)として位置付けられている。
表2:アクション2~5の概要
出典:自然エネルギー財団作成
アクション2~5は、需要側と供給側の両面からコスト差に対応するものである。送配電網料金や税制の改革は、電化の経済性を直接改善することを目的としており、化石燃料補助金の段階的な廃止は、化石燃料の継続利用を人為的に有利にするインセンティブを取り除く。一方、域内のクリーン電源の拡大と長期電力契約の締結促進は、変動の大きい化石燃料価格への影響を軽減することを目的としている。
重要なのは、アクション2電力システムの柔軟性強化により経済性を高めようとしている点である。蓄電、スマートメーター、デマンドレスポンス、蓄熱、V2G(Vehicle-to-Grid)の活用により、既存の電力網をより有効に利用するとともに、電力が豊富で安価な時間帯に合わせて、新たな電力需要を調整できるようにすることを目指している。
3.3 初期費用を引き下げ、最終需要部門での導入を加速する(アクション6~9)
電化技術の運用コストが低い場合でも、化石燃料を使用する設備を置き換えるために必要な初期投資が、導入を遅らせる要因となり得る。そのため欧州委員会は、技術面、行政面、資金面での初期費用を、個別に対応すべき障壁として位置付けている。そのアプローチは、税制上のインセンティブや資金支援と、産業、運輸、建物の各部門に特化した施策を組み合わせたものである。EU排出量取引制度2(ETS2)16と社会気候基金(Social Climate Fund)17もこの移行を支援することが期待されている。
表3:アクション6~9の概要
出典:自然エネルギー財団作成
課題の規模と性質は、部門によって大きく異なるが、産業部門では、燃料を使用するエネルギー需要の約60%が、産業用ヒートポンプ、電気ボイラー、電気炉などの技術によって、すでに技術的に電化可能であると欧州委員会は推計している。一方、道路交通はEUのエネルギー消費の約3分の1を占めているが、乗用車全体に占めるバッテリー式電気自動車(BEV)の割合は、依然として2.9%にすぎない。建物部門はEUのガス消費量の約半分を占めており、化石燃料を使用する暖房・給湯設備からの転換が特に重要となる。アクション6~9では、導入を加速するため、税制上のインセンティブや資金支援、大規模な産業投資への支援、公共調達や需要側のインセンティブに加え、電気自動車やヒートポンプなどの技術について、より強固な市場の形成を促す施策を組み合わせている。
3.4 電化に必要なインフラを整備する(アクション10~11)
欧州委員会は、電力網の容量不足、系統接続待ちの長期化、電力網拡張の遅れを、電化を妨げるもう一つの構造的な制約として挙げている。その対応策の一部は、すでにEUの「電力網パッケージ(EU Grids Package)」23で提案された施策を基礎としている。同時に、産業拠点、データセンター、地域熱供給事業者、充電ポイント運営事業者、空港、港湾など、将来の電力利用者と電力網計画との連携を強化することを求めている。欧州投資銀行(EIB)も、電力網を重点分野の一つとして、今後3年間でクリーンエネルギー投資に750億ユーロ以上を提供する方針である。
アクション10と11は、運輸の電化を支えるインフラや地域熱供給インフラにおける廃熱利用や電化など、必要なインフラに焦点を当てている。
表4:アクション10~11の概要
出典:自然エネルギー財団作成
運輸部門では、政策の重点は、電気自動車そのものの普及から、その大規模な導入を支えることのできる充電インフラと電力網の整備へと移りつつある。
地域冷暖房システムでは、大型ヒートポンプや電気ボイラーを蓄熱設備と組み合わせるとともに、地熱、太陽熱、廃熱も活用することができる。欧州委員会は、このようなシステムが柔軟性を提供し、電力網への負担を軽減できるとしている。
3.5 電化ソリューションのイノベーションを加速する(アクション12)
欧州委員会は、現在の化石燃料消費の大部分はすでに電化可能である一方、一部の用途では、特に特定の産業プロセスや長距離輸送において、さらなる技術革新が必要であるとしている。EUはすでに、「Horizon Europe(ホライズン・ヨーロッパ)」26 、「Modernisation Fund(近代化基金)」27 、「Innovation Fund(イノベーション基金)」18を通じて、電化関連技術の開発に186億ユーロを拠出している。このうちHorizon Europeだけでも、2026~2027年に、蓄電、電力網、建物、産業、冷暖房・給湯、運輸などの分野に約20億ユーロを配分している。
表5:アクション12の概要
出典:自然エネルギー財団作成
アクション12は特に産業用途に重点を置いているが、欧州委員会は、デジタル化、データ共有、AIも需要側の柔軟性を可能にする重要な要素として位置付けている。
3.6 目標達成に向けたバリューチェーンを整備する(アクション13~14)
電化の拡大には、それに対応した人材とクリーン技術のサプライチェーンの拡大が必要となる。欧州委員会は、エネルギー部門の労働力が2030年までに約50%増加すると見込んでいる。すでに複数の分野で人材不足が生じており、ヒートポンプだけでも、IEAはEUの導入目標を達成するためには、2024年の約16万5,000人に対し、約50万人の熟練人材が必要になると推計している30。加盟国間で認証制度や資格制度が異なることも、施工者やその他の熟練人材のEU域内での移動をさらに制約する可能性がある。
表6:アクション13~14の概要
出典:自然エネルギー財団作成
根底にある目的は、電化需要が急速に拡大する中で、施工者、熟練人材、技術供給の不足が導入の制約とならないようにするとともに、その市場拡大が欧州の産業基盤の強化にもつながるようにすることである。
3.7 クリーンな電化を国際的に推進する(アクション15)
最後のアクションは、EUの電化政策を域外にも広げるものである。
表7:アクション15の概要
出典:自然エネルギー財団作成
国際的な取り組みには、経済的な目的もある。欧州委員会は、世界的な電化の加速によって欧州の技術や基準の市場を拡大できるとともに、世界市場の拡大が製造規模の拡大を加速し、クリーン技術のコストをさらに引き下げることができるとしている。
3.8 分野横断的なアプローチが必要
電化アクションプランの構成には、電化を妨げている主な障壁は、電力の相対的なコスト、高い初期投資費用、不十分なインフラ、イノベーション導入の遅れ、人材・製造面での制約という5つであるとの欧州委員会の認識が反映されている。一つの分野での進展は、他の分野での進展にも左右される。例えば、機器の価格が下がっても、電力価格が高いままであったり、系統接続や熟練した施工者が確保できなかったりすれば、その効果は限定的となる。
したがって、この計画の重要な特徴は、単に46%という目標を掲げていることではなく、その目標を達成可能にするために必要な条件に対応しようとしている点にある。ただし、これらの施策の多くは、今後のEU法制化や加盟国による実施に依存している。
例:建物部門の電化
アクション9には、建物とヒートポンプに特化した施策が盛り込まれており、年間のヒートポンプ導入台数を2025年の約240万台から2030年には400万台へ引き上げるというKPIも設定されている。欧州委員会のアプローチからは、図3にまとめたように、導入拡大には電力価格や資金調達から、電力網、人材、製造に至るまで、アクションプラン全体にわたる施策が必要であることが明確に示されている。
図3:電化の実現には「電化アクションプラン」全体にわたる施策が必要
出典:自然エネルギー財団作成
4. 日本への示唆
日本とEUでは、建物ストック、暖房の利用形態、電力システム、電化の出発点が異なる。統計上の定義によって数値は異なるものの、日本の電化率は国際的にみて比較的高い水準にある(セクション1参照)。ただし、世界の「2035年までに35%」という目標は、世界全体の電化率を引き上げる目標であり、日本の電化率が比較的高いことは、さらなる電化の余地が小さいことを意味しない。日本では依然として、以下の分野に化石燃料需要が残されている。
住宅における給湯、暖房(寒冷地)
業務用建物の暖房・給湯
産業プロセスにおける熱利用
運輸
したがって、日本では、どの分野で直接かつ効率的な電化が技術的・経済的に適しているかを明確にし、残る化石燃料需要を着実に置き換えていくことが重要である。その意味で、EUの電化アクションプランは、次のような示唆を有するといえる。
エネルギー安全保障を電化政策の推進力として位置付ける
本シリーズの第1回コラムでも述べたように、電化はエネルギー危機、化石燃料価格の変動、供給途絶への対応が重要な背景となっている。EUの電化アクションプランも、国際イニシアティブ「Electrify Now」も、電化の加速による化石燃料輸入の削減を重要な効果として位置付けている。日本でも、電化を化石燃料価格や供給リスクへの影響を低減するエネルギー安全保障政策として捉える視点が重要である。
明確な方向性と市場形成により、投資の予見可能性を高める
EUが46%という共通の目標を掲げる目的の一つは、電化の方向性について長期的な市場シグナルを示し、クリーン技術の製造やサービス、関連するバリューチェーンへの投資を促すことである。実際、EUの電化アクションプランは、市場の拡大と投資の予見可能性を、欧州のクリーン技術産業の競争力強化と結び付けている。日本が中長期的な電化の方向性を明確にし、市場拡大への予見可能性を高めることは、企業による設備・製造・インフラ・人材への投資を促す上で重要である。日本は、高効率ヒートポンプ、CO₂冷媒を用いたヒートポンプ給湯機などで世界をリードする技術・産業基盤を有している32。こうした国内の技術力を活かし、電化市場の拡大を産業競争力の強化につなげる視点も重要となる。
電力と化石燃料の相対価格に着目する
EUの電化アクションプランは、電化を妨げる5つの主要な障壁のうち、電力と化石燃料の価格差を最初に挙げており、その是正を重要な課題として位置付けている。欧州委員会は、電力価格がガス価格の2~2.5倍を超えると、ヒートポンプなどへの転換の経済性が大きく低下するとし、2030年までに電力・ガス価格比を家庭用では2.5以下、産業用では2以下とすることをKPIとしている。つまり、高効率なヒートポンプなどの技術が存在するだけでは、電化は自動的には進まない。 日本ではエネルギー利用構造や料金体系がEUとは異なるが、電力と競合する化石燃料との相対的なコストを把握し、税・賦課金、補助制度なども含めて、電化を経済的に選択しやすい条件を整える視点が必要である。
最終需要の電化と電力システムを一体として考える
EUのアプローチでは、デマンドレスポンス、スマートメーター、蓄電・蓄熱、EV、ヒートポンプなどを電力システムに統合し、需要そのものに柔軟性を持たせることが重視されている。これは、既存の電力網をより効率的に利用し、自然エネルギー電力が豊富な時間帯に需要を誘導することで、システム全体のコスト低減にもつなげようとする考え方である。日本でも、新たな電力需要、自然エネルギーの拡大、電力網、蓄電・蓄熱、需要側の柔軟性を相互に結び付け、エネルギーシステム全体を見渡した分野横断的な政策として電化を進める視点が重要となる。
2026年の一連の動きは、電化が、エネルギー安全保障、電力価格、電力システム、投資、産業競争力を結びつける戦略的な政策分野であることを示している。当然、日本のエネルギー政策、産業政策においても戦略的意義は大きい。日本は比較的高い電化率にあり、世界の電化をけん引しうる技術・産業基盤も有する。世界的な電化が加速しようとする今、日本の積極的な役割が期待されている。
United Nations Climate Change、ホームページ、「COP31 Presidency announces new targets on global electrification, cutting waste, resilient cities; press conference transcript」 (2026/06/09)、アクセス日2026/08/06
European Commission、ホームページ、「Electrify Now – a global initiative」(2026/06/23)、アクセス日2026/08/06
European Commission、ホームページ、「A plan to make Europe the first electro-continent」(2026/07/17)、アクセス日2026/08/08
IEA、レポート、「Electricity 2026」 (2026/02/06)、アクセス日2026/08/08
IEA、データセット、「Share of electricity in total final energy consumption and weighted average electricity/gas price ratio by country, 2025」、アクセス日2026/07/28
IRENA、レポート、「Transitioning away from fossil fuels: A roadmap powered by renewables, electrification and grid enhancement」、アクセス日2026/07/28
Spanish Ministry for the Ecological Transition and the Demographic Challenge (MITECO)、ホームページ、「El Gobierno aprueba la actualización del Plan Nacional Integrado de Energía y Clima 2023–2030」 (2024/09/24)、アクセス日2026/08/08
Carbon Brief、ホームページ、「Six charts show how clean power was world’s largest source of new energy in 2025」(2026/06/30)、アクセス日2026/08/08
French Ministry of Economy、ホームページ、「Présentation du plan d’électrification des usages」(2026/04/23)、アクセス日2026/08/08
French Ministry of Economy、ホームページ、「PPE 3 : programmation pluriannuelle de l’énergie」、アクセス日2026/08/08
資源エネルギー庁、レポート、「エネルギー動向(2026年版)」、アクセス日2026/08/08
United Nations、Decision 1/CMA.5 COP28 2023、「Outcome of the first global stocktake」、アクセス日2026/08/18
EUR-Lex、「Communication from […] and the committee of the regions electrification action plan」(2026/07/17)、アクセス日2026/08/10
今後10年間のエネルギー同盟パッケージ(Energy Union Package for the Decade Ahead): 2026年後半に公表が予定されている欧州委員会の政策パッケージ。2030年以降のEUのエネルギー政策の枠組みを示すもので、自然エネルギーやエネルギー効率に関する今後の政策枠組みなどが含まれる。
欧州委員会「電化アクションプラン」に記載された、Eurostatのデータを用いた欧州委員会の試算に基づく。
ETS2: 建物、道路運輸などを対象とする独立したEU排出量取引制度。2028年から本格運用予定。
Social Climate Fund: ETS2の影響を受ける脆弱な世帯、交通利用者、零細企業を支援するEU基金。建物改修やクリーンな冷暖房・給湯などを支援。
Innovation Fund: 主にEU ETS収入を財源とし、革新的な低炭素・ネットゼロ技術を支援するEU基金。
Clean Vehicles Directive: 公共調達を通じて低・ゼロエミッション車の導入を促進するEU指令。
Better Homes Partnerships: 官民の関係者が連携し、手頃で質の高い建物改修を加速するイニシアティブ。
Heat Pump Accelerator Platform: ヒートポンプ普及の障壁を特定し、政策提言を行うためのEU全体の関係者プラットフォーム。
エネルギー効率資金調達アクセラレーター(Energy Efficiency Financing Accelerator)は、2026年の電化アクションプランで、ヒートポンプや地域冷暖房などへの投資リスクを軽減し、資金調達を促進する仕組みとして位置付けられている。エネルギー効率分野への民間投資を動員する「欧州エネルギー効率資金調達連合(European Energy Efficiency Financing Coalition)」を補完する役割を担う。
EU Grids Package : 2025年12月に採択された、欧州のエネルギー網の強化・拡張、国境を越えた計画の改善、許認可や系統接続の迅速化を進めるEUの政策パッケージ。
Alternative Fuels Infrastructure Regulation (AFIR) : 2024年から適用されている、EV充電設備や水素充填設備など、代替燃料インフラの整備について義務的な目標を定めるEU規則。
European City Facility (EUCF): 自治体が持続可能なエネルギー計画を具体的な投資プロジェクトにつなげるため、資金・技術面で支援するEUのイニシアティブ。
Horizon Europe: 2021~2027年を対象とするEUの主要な研究・イノベーション支援プログラム。予算規模は935億ユーロ。
Modernisation Fund: EU ETSを財源とし、所得水準が比較的低いEU加盟13カ国のエネルギーシステムの近代化やエネルギー効率向上を支援する基金。
Strategic Energy Technology Plan (SET Plan): 2007年に策定された、欧州における戦略的なクリーンエネルギー技術の研究・イノベーションと市場導入を連携・促進するEUの枠組み。
EU Hydrogen Strategy: 気候中立への移行に向け、クリーン水素の開発・導入を促進するため2020年に策定されたEU戦略。
IEA、レポート、「World Energy Employment 2025」、アクセス日2026/08/10
Net-Zero Industry Act (NZIA): 2024年に採択された、ネットゼロ技術の欧州域内の製造能力強化とクリーン技術サプライチェーンの強靱化を目的とするEU規則。
IEA、レポート、「Heat Pump Monitor 2026」、アクセス日2026/08/17
シリーズ「見過ごされてきたエネルギー転換:熱の電化政策」
このコラムシリーズは、脱炭素化やエネルギー安全保障の観点から注目される電化、特に熱利用に関する電化政策の海外動向や日本における電化の課題や可能性について説明し、政策提言につなげていくことを目的としています。
第1回 エネルギー危機から電化へ:EUにおける政策の4つの柱(2026年6月23日)
第2回 2026年、加速する電化:EUの電化アクションプランと日本への示唆(2026年8月26日)
