シニアが活躍する食堂モデルを全国展開。世界に誇る日本の新たな産業にしたい


世界に先駆け、超高齢化社会を迎えている日本。さまざまな課題に直面する中、元気なシニアを働き手として活かすという斬新な発想で注目されるのが、株式会社ジーバーです。

同社は、働き手を60歳以上に限定した食堂ビジネス「ジーバーFOOD」を宮城県でスタート。現在では全国にその輪が広がっています。

この事業を立ち上げ、現在も同社の代表取締役社長を務めるのが永野健太さんです。永野さんは営業を経て不動産会社を立ち上げたものの、あることをきっかけに「地域に求められることをしたい」と考えたそうです。今回は永野さんに、起業までの経緯や今後のビジネスの展望について伺いました。

永野 健太(ながの けんた)
株式会社ジーバー 代表取締役社長
1989年北海道恵庭市生まれ。立命館大学では硬式野球部に所属。卒業後、積水ハウスに入社し住宅営業を経験するが、野球への未練が捨てきれず、退職して独立リーグの門を叩く。しかし、トライアウトを通過することができずに野球を引退。2015年、宮城県にて不動産会社(現:株式会社ユカリエ)の立ち上げに参画。順調に業績を伸ばしていたが、2020年のコロナ禍を機に『もっと地域に必要とされる会社になろう』と決意し、第二創業。2022年からはシニア世代が生きがいを持って活躍する場を地域につくるため「ジーバーFOOD」事業を立ち上げる。現在は全国各地の高齢地域に事業を展開するため、日本中を駆け回っている。

社会や地域に求められる会社でなければ、生き残れないと危機感を持った

―永野さんが起業するまでのキャリアを伺えますか?

永野:大学時代はずっと野球をやっていまして、卒業後は積水ハウスに入社しました。たまたま仙台に配属され、東日本大震災の翌年ということもあり戸建て住宅の営業をしていました。

その後2年間営業をしましたが、野球への夢が消えず会社を辞めて1年間野球の道を探ったんです。結局野球では芽が出ず、その後仙台の知人に声をかけていただき、2015年に知人と不動産会社を立ち上げました。

不動産会社は2020年まで共同経営して、その後2022年にジーバーFOOD事業を立ち上げました。これはシニアの方々に働き手となっていただき、食堂を運営するというものです。翌年に法人化し、株式会社ジーバーを設立しました。

―5年間不動産会社を経営した後、ジーバーFOOD事業を立ち上げたのはどんなきっかけがあったのでしょうか?

永野:ターニングポイントになったのはコロナ禍です。それまでは不動産会社として売上や利益を求めて頑張っていましたが、当時は社会を良くしようとか地域に貢献しようということは、あまり意識していませんでした。

でもコロナ禍でその考えが大きく変わりました。緊急事態宣言が出た直後に街に出た時、人が街に全くいなくなったんです。この光景は今も鮮明に覚えています。たった1日で社会が大きく変わってしまうことを目の当たりにして、会社もある日突然なくなってしまうかもしれないという危機感を持ちました。

その時、もし会社がなくなってしまうような時でも、地域の人たちから「困るよ」と言われるような存在になりたいと思うようになったんです。それには、利益だけではない価値を提供しなければならないと感じました。そこから不動産会社は共同経営を解消して、「どうすれば地域に愛され、地域に喜ばれる事業ができるか」ということを考えるようになりました。

―そこからどのようにジーバーFOOD事業へつながったのでしょうか?

永野:たまたま知人の紹介で商店街の会長さんと出会い、商店街の空きテナントを活用したいというお話をお聞きしました。ただ家賃を払う人に貸したいというのではなく、この地域を元気にしてくれるような事業をしてくれる人に貸したいというお話で、すごく興味を持ちました。

ちょうど同じ時期、弊社の取締役をしてくださっている青木慶哉さんと出会いまして、この出会いも大きなきっかけになりました。青木さんは「まごころサポート」という、高齢者の困りごとを地域の人の繋がりの中で解決できる事業をされています。これは学生さんやアクティブシニアの方がコンシェルジュになり、シニアの方から困りごとが入ったらコンシェルジュが手伝うという仕組みです。

困っている人を助けるというと、ボランティアのイメージが強いですよね。でも青木さんの事業は、地域の中での助け合いをしっかりビジネスにしている。そういう方に出会ったことがなかったので、すごく新鮮でした。

こういったいくつかの出会いが重なり、僕も新しいことにチャレンジしようと思いました。最初は商店街の空き店舗を拠点に「まごころサポート」をしようと思ったのですが、「まごころサポート」はシニアのご自宅へ出向く仕事がメインなので、拠点はなくてもいいんですよね。

その時、青木さんから「まごころサポート」では対応できない領域があるから一緒にやらないかと声をかけていただいて。それが今のジーバーFOODのもとになっています。最初は僕と青木さんのJV(ジョイントベンチャー)のような形で始めました。

元気でワクワクするシニアが溢れる社会が、子どもたちの未来につながる

―食堂の働き手を60歳以上のシニアに限っている点が大きな特徴ですが、このアイデアはどう生まれたのでしょうか?

永野:やはりおじいちゃんおばあちゃんは僕らのような経営者から見ると、基本的に助ける対象ですよね。ですから、その前提でどうビジネスにするかという発想になりがちです。

でも地域の方々へ調査したところ、元気なシニアがすごく多いことがわかりました。一方で元気なシニアの方々がパワーを生かせる場所がほとんどない。それに気づいた時、すごく可能性を感じました。

実を言うと、僕はちょうどその頃、子どもが欲しいと考えていたんです。生まれてくる子どもの未来を考えた時、日本が抱える高齢化の課題は今よりもっと深刻になっているはずです。そうなると、おじいちゃんおばあちゃんを助けようという発想だけでは、おそらく社会は持たないと思いました。

もちろん困っているシニアをサポートすることも社会にとって必要です。ただそれとは別に、子どもたちの未来を考えると、元気でワクワクしているおじいちゃんおばあちゃんたちが溢れる社会にしなければいけない。この思いが、今のジーバーFOODの土台になっています。

―起業としては2回目になりますが、最初の起業とは大きく違いましたか?

永野:全く違いますね。ジーバーFOODは、本当にスタートアップをゼロから作るというものなので、人生最大のチャレンジという覚悟を持って立ち上げました。

不動産会社は新しいことに取り組むというよりは、安定した収益を上げて、しっかり経営をすることがメインでした。でもジーバーは、超高齢化社会においてなくてはならない会社になる、日本を代表するような大きな社会インフラを作る、そういう思いでやっています。

シニアが無理なく活躍できる場を。『おしごと』という新しい働き方を作った

―シニアの方々を働き手として集める際に、工夫したことを教えていただけますか?

永野:実は最初うまくいかなかったんですよ。当時はとにかくやる気のあるシニアなら誰でも来てくださいと呼びかけました。そうなると価値観が全く違う方が集まってしまい、もめごとが増え、コミュニティが荒れてしまったんです。もちろん価値観を完全に統一する必要はありませんが、ある程度軸がないとだめですね。

そこで僕らはジーバーFOODとして目指すことや、今は「組合」という組織で活動していますが、組合の理念などを言語化して丁寧に説明するようにしたんです。これによって集まる方々の統一感が出てきて、コミュニティが荒れなくなりました。

―「組合」というお話がありましたが、御社はシニアの働き手は従業員という雇用形態ではなく、共同出資する組合員という形を取っています。その理由をお聞かせいただけますか?

永野:ジーバーFOODを始める時にいろいろと調査する中で、元気なシニアの雇用がなぜ進まないか、要因が見えてきたんです。当然ながら、企業は給与を払って働いてもらう以上、成果を出してもらわないといけない。ただシニアの方だとこの経済合理性から外れることが多いですよね。例えば、目が悪いから細かい作業はできないとか、動作がゆっくりになってしまうとか。こういう方々は既存の働き方にフィットしないだけで、少し配慮すればちゃんと働ける方々です。

でも今の日本には、一般的な労働とボランティアという2択しかない。ちょうど中間の概念があればいいなと思い、僕らはこれをひらがなの「おしごと」と呼んでいます。自分のできることや得意なことで、可能な範囲で働いてもらう。その分対価として決して多くはないかもしれないけれど、報酬をもらえるという世界観です。

この「おしごと」をどう実現できるか考えた時に、やはり従来の雇用形態では難しいと思い組合という仕組みにしました。組合は従来の雇用のような上下関係がないため、無理なシフトで働く必要はありません。シニアの方々は自分のペースで助け合いながら働き、出た利益をみんなでシェアするという形です。

なお受け入れ側の企業は雇用主ではなく、シニアが働く場所を提供したり、食堂の設備を用意したり、事務処理などを行ったりという面でサポートする役割です。ですから売上の中の何パーセントかはその企業に入る形にしています。

全国へ展開することで、元気なシニアのビッグデータが集まる

―現在ジーバーFOODは全国に広がっているようですね。

永野:そうですね。僕らは宮城県でジーバー食堂を始めましたが、これを見た方々から「自分たちの地域でもやりたい」という声をたくさんいただいています。

そこで僕らが今取り組んでいるのが、他の地域でやりたいという企業の方々の開業支援です。ジーバー食堂をやりたいというパートナー企業さんを全国に増やすことで、僕らは開業支援費として初期費用をいただくという形にしています。

すでに70社ぐらいの全国の企業さんが、パートナー企業になっていただいています。開業までには半年から1年くらいかかるので開業したのはまだ10店舗くらいですが、これから続々とオープンしていくのでとても楽しみです。

また多くの店舗の開業支援をしてみると、どういうところに手間がかかるかが見えてきました。そこで、そういったところを改善できるようなシステムの開発にも取り組んでいます。このシステムによって、よりパートナー企業さんがシニアの働き手をサポートしやすくなる予定です。

このシステムにはもう一つ大きな意味があります。今後食堂が増えて、おじいちゃんおばあちゃんたちがどんどん活躍すればするほど、このシステムにビッグデータが溜まっていきます。

ジーバーFOODで働くおじいちゃんおばあちゃんは、本当に元気なんです。事業を始めて4年経ちますが、これまでに出会った400人以上のおじいちゃん、おばあちゃん達は、みんな本当に元気が溢れていて。こうした元気なシニアの方々がどう働いて、どれくらい報酬をもらって、どう健康を維持できているか。こういうデータを集め、活用していきたいと思っています。

―全国展開していく中で、大変だったことはありますか?

永野:それほどないですね。もちろん自分たちがやってきたことや理念をしっかり体系化しないと人には伝えられないので、そのあたりでは大変なこともあります。

ただ、本当にパートナー企業さんがいい方たちばかりで、僕らの思いに共感してくださっているのでとても助かっています。

ジーバーFOODそのものは、正直すごく儲かる事業ではありません。儲けは出ますが優先ではない。社会をよくするとか、地域の人たちに喜んでもらうとか、そういう思いがあって、そこに共感してくださる経営者の方々がパートナーになっていただいています。ですから企業の皆さんは強い思いがあるし、すごく優しい。

パートナー企業さんに恵まれているおかげで、スムーズに全国展開ができています。ジーバーFOODの輪が広がっていくことで、もっと日本の地方が元気になっていくんじゃないかなということを実感しています。個人的には、全国の優れた経営者の方々と交流できるのでとても勉強になっていますね。

情熱を燃やせることと事業を掛け合わせる、これが持続可能な事業のあり方

―今後の展開について伺えますか?

永野:会社としては近い将来上場を目指していますが、これはあくまでプロセスのひとつです。上場を目指す理由の一つは、いろいろな方から「これは本当にビジネス?慈善事業では?」と言われることが多いからです。そうではないことをわかりやすく伝え、かつ世の中で信頼を得るには、上場が最もわかりやすいと思っています。

また僕らはジーバーFOODの全国展開を進めていますが、大きなフランチャイズチェーンを目指しているわけではありません。食堂は、シニアの方が活躍できる場所のひとつでしかありません。年齢を重ねても生き生きして、ワクワクして、豊かで元気であり続けるには、どうすればいいか。事業を通じてさまざまなデータを集め、改善策を出していきたい。それが僕らのビジョンである「世界が羨む高齢社会を作る」ということなんです。

年齢を重ねることはネガティブなイメージもありますが、それを変えたいと僕は思っています。それには感情論だけではなく、しっかりとエビデンスを伴って出していく必要があるんです。超高齢化社会を迎える日本でそのモデルが生まれれば、世界に輸出できる産業になると思っています。実際に東北大学の先生にアドバイザーになっていただいていて、アカデミックな視点でのアプローチにも取り組んでいます。

―最後に、社会起業家を目指す方に向けて応援のメッセージをお願いできますか?

永野:自分自身が社会起業家という認識はあまりないのですが、僕は「自分が納得感を持てて、情熱を燃やせることをやっている」ということが原動力になっています。

これは、ジーバーを始めた時期に生まれ、今年4歳になる息子の存在が大きいですね。自分が一番大切にしている存在があって、それを守りたいとか、より喜んでもらいたいとか、そういう気持ちは誰でもあると思います。僕は今それに直結する事業を手掛けているという確信があります。ですから大変なことがあっても、モチベーションが下がることはありません。

自分が一番好きで情熱を燃やせることと事業を掛け合わせること。これが起業家として持続可能な事業のあり方じゃないかなと思います。

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