手足の筋力などが徐々に低下する難病「シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)」を患う奈良県内の女性が、自身の闘病経験を記した書籍を大阪市の出版社から出した。「今できることが近い将来できなくなるかも」との不安を抱えながら、現在の暮らしを一日でも長く続けようと挑戦する姿がつづられている。女性は「障害や病気のある人、その周りにいる人たちの役に立てたらうれしい」と語る。(竹内涼)

闘病生活をつづった本を出版した太田啓子さん(奈良県内で)=前田尚紀撮影闘病生活をつづった本を出版した太田啓子さん(奈良県内で)=前田尚紀撮影

 著書のタイトルは「今できることを『今』楽しむ」。2歳でCMTの疑いと診断された太田啓子さん(52)が、自身の半生を書いた。

 CMTは遺伝子変異による
末梢(まっしょう)
神経の難病で、有効な治療法は見つかっていない。寿命に関わる病気ではないが、手足の筋力低下やしびれといった症状が徐々に進む。国の指定難病で、厚生労働省によると、国内には少なくとも約1000人の患者がいる。最初に発見した医師3人の名前がつけられている。

 幼い時は人より少し走るのが遅いという程度の症状で、外で遊ぶのが好きな普通の女の子だった。小学1年生の頃、足が内側に曲がる「
内反足(ないはんそく)
」を矯正するための装具を両足に着けた。この時は「学校で人に見られるのが嫌で嫌で仕方なかった」と振り返る。

 大学を卒業し、一般企業に障害者雇用で就職。無理がたたり、重度の貧血で入院することになった。別の病気も発症し、入院期間は計2年間に及び、仕事を辞めざるを得なかった。

 寝たきりの生活はCMTによる筋力低下の進行にもつながり、以前のように体は動かなくなった。「なぜ歩けないのだろう」。「障害者」という言葉は苦手だったが、初めて障害者としての自覚が芽生え、向き合えるようになった。

 29歳で大学院に進学し、障害者福祉を学んだ。社会福祉士の資格を取得し、看護学校などで病気について講義する機会も得た。症状は進み、40歳からは家でも車いすを使う生活になった。

 近年は、ウェブ上で自身の生活についてつづったコラムも発信。同じCMT患者の男性と、障害や病気があっても楽しめる旅行の企画を行う会社も設立した。

 CMTは患者数が少なく、闘病記もほとんどない。闘病記を中心に手がける出版社「星湖舎」(大阪市中央区)からの依頼を快諾。太田さんは「くすっと笑える内容にしたい」という思いで200ページを超える作品を書き上げた。

 本には暮らしの工夫も盛り込まれた。浴槽をまたげないが好きな入浴を諦めきれず、自宅浴室に自動のリフトを設置したエピソードなどを紹介し、「『できないこと』が増えるたび、私はできていたときの生活に近づける努力をする」とつづっている。編集を担当した山本尚子さん(35)は「人柄もあり、明るく前向きな雰囲気の本に仕上がった」と語る。

 モットーは「チャンスは1回」。今できることを楽しもうと、海外旅行や進学など、したいことをやってきた。障害を隠そうとしていた幼少期の自分には、「難しく考えなくていい。人に見られても大丈夫だよと伝えたい」と話す。

患者団体、情報交換と支え合いの場に 

 患者数の少ない希少難病は、専門医が少なく、ネット上で正確な情報を探すのに苦労する場合があり、当事者同士の情報交換ができる場として患者団体が重要な役割を担っている。

 患者団体の全国組織「日本難病・疾病団体協議会」によると、1月現在の加盟団体は104。患者やその家族が設立するケースが多いという。

 2008年に設立された患者らで作るNPO法人「CMT友の会」の会員は約340人。年に2回、宿泊を伴う研修を開催し、専門医の話を聞いたり、患者同士で生活や仕事の悩みを語りあったりしている。関連の学会に参加して、医療関係者と交流する機会もあるという。

 山尾敏一理事長(74)は「希少難病は普通に暮らしていても患者同士がほぼ出会わない。患者団体で同じ症状の人と話すと、家族のように交流できる」と意義を説明。「社会に自分たちの病気を知ってもらう発信も重要だ」と語った。

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