X字形に交差する2本の滑走路を備える八尾空港。周辺は町工場が多い(大阪府八尾市で、本社ヘリから)=河村道浩撮影X字形に交差する2本の滑走路を備える八尾空港。周辺は町工場が多い(大阪府八尾市で、本社ヘリから)=河村道浩撮影八尾空港(大阪府八尾市) 

 旅客ターミナルはない。展望デッキもない。小型機専用で定期運航便が飛ばない八尾空港(大阪府八尾市)は、一般には少し縁遠い。しかし、「X」の形に交わる珍しい滑走路と、人と航空機の距離の近さから際だった存在感を放つ。(社会部生活課 長谷川敏子)

 三角形の敷地に長短2本の滑走路が交差して延びる。上空から見た空港はダイナミックで特徴的な形だ。

 八尾空港事務所によると、非公共用などを除く国内の空港97か所のうち、交差滑走路があるのは八尾の他には仙台、新潟、羽田だけ。同事務所の担当者は「航空機は一般的に風に向かって離着陸する。交差滑走路なら、どの風向きでも離着陸がしやすくなる」と利点を説明する。

 空港のすぐ南の道を通ると、約66ヘクタールもの敷地の広さを実感する。いくつもの町工場と隣り合うのは、ものづくりが盛んな八尾市ならではの立地だ。中ほどにある遊歩道を歩くと、散歩する人らとすれ違った。A滑走路(1490メートル)までわずか約40メートルの距離で、駐機場に並ぶ小型飛行機が見える。空撮や測量調査、操縦士養成、報道などで運航する事業者が15あり、自家用を含め121機が常駐する。

 着陸後すぐに離陸する「タッチアンドゴー」の訓練を繰り返す小型飛行機を見ていたら、ヘリコプターがどこかから戻ってきた。それをカメラで追う人もいる。2024年度の着陸回数は8528回に及ぶ。

 空港の始まりは戦前にさかのぼる。1938年(昭和13年)に開校した操縦士養成の阪神飛行学校の飛行場として造られた。第2次世界大戦で陸軍が接収し、周辺の土地も買収して現在の約4倍の広さに拡張。終戦後は米軍の管理下に置かれ、54年に全面返還。八尾空港となったのは61年だ。

 以来、アマチュアからプロまで多くのパイロットが八尾で経験を積んできた。「管制官が小型機の速度や飛び方を熟知して、細やかに対応してくれるのも八尾の特徴」と話すのは、空港内に基地がある大阪市消防局航空隊の副隊長秋根哲也さん(58)。八尾で約30年、ヘリコプターに乗っており、神奈川県出身だが「操縦士としての故郷は八尾です」という。

 開港以来、空港は町に発展を支えられた一方で、戦時中は地域ごと空襲の標的となった。この夏で終戦から81年。平和の空へ航空機を送り出し、迎え入れる時間が続くことを願いたい。

甲子園11個分の陸軍航空廠、伝える門柱旧大阪陸軍航空廠の通用門の柱の一部旧大阪陸軍航空廠の通用門の柱の一部

 地下鉄八尾南駅の北にある「西木の本二丁目公園」に、旧大阪陸軍航空
廠(しょう)
の通用門の門柱の一部(幅、奥行き共に75センチ、高さ90センチ)が残されている。戦時の地域の様子を伝える戦争遺構の一つだ。

 第2次世界大戦中、空港の西側には大阪陸軍航空廠があった。八尾市観光・文化財課によると、総面積は甲子園球場11個分の45ヘクタール。格納庫などが立ち並び、軍用機の組み立てや整備、資材の調達などを担った。軍人や技術者だけでなく、地元の住民や子どもらも含めて計1600人以上が働いたとされる。

 2005年まで、2本の門柱が公園の北約130メートルの市道交差点にあったが、道路の拡幅工事のため撤去。西側の1本の上部を切り取って公園に移された。

夏場に人気、ソフトクリーム3種 ストロベリーミックスのソフトクリームストロベリーミックスのソフトクリーム

 八尾空港内の「エアロラボ パイロットショップ」では、コーヒーなどの飲み物や軽食を楽しめる。夏場の人気はソフトクリーム(税込み各400円)。ストロベリーミックス、チョコレートミックス、バニラの3種を用意する。

 航空機の整備・販売を行う「エアロラボ インターナショナル」が2019年に開いた。空港で働く人らの休憩場所で、見学者も自由に利用できる。航空図などプロ向けの品のほか、滑走路をデザインしたタオルなど八尾空港グッズも販売する。午前10時半~午後5時半。月曜定休。(電)072・943・1033。

大阪メトロ大阪メトロ

 ◆大阪メトロ谷町線八尾南駅からA滑走路西端まで徒歩約8分。空港周囲を移動するには自転車かバイクが便利。ただし、遊歩道にバイクは入れない。八尾南駅にレンタサイクルがある。

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