10年前の熊本地震で大きく傷ついた熊本城では、現在も復旧工事が続いています。ただ、熊本城は、江戸時代にも地震や大雨で被災し、そのたびに当時の人達が修理をして名城を守ってきました。
【写真を見る】【今だからこそ!熊本城】江戸時代の藩主の「びっくり」「愚痴」「おびえ」 古文書から紐解く被災の歴史 東京・永青文庫「熊本城 守り継がれた名城 400年の軌跡」展 <前編>
■名城の軌跡を明らかに
東京・文京区にある美術館、永青文庫。近くには早稲田大学や、お茶の水女子大学があります。
永青文庫は、細川家に伝わる古文書や美術工芸品を数多く所蔵しています。
細川侯爵家の事務所として、昭和5年(1930年)に建てられたこの建物では現在、「熊本城 守り継がれた名城 400年の軌跡」と題した展覧会が開かれています。
■焼失前の天守
学芸員の伊藤千尋さん「こちらの熊本城の絵は、明治時代に細川藩の御用絵師によって描かれたものです」
――天守が見えますね?
学芸員の伊藤千尋さん「西南戦争で焼失する前の姿を、回顧的に描いています」
■キーマンは、この方
会場には、細川家ゆかりの美術工芸品や歴史資料など51点が展示されています。
これは細川藩の初代藩主、細川忠利の肖像画です。この細川忠利をめぐる古文書から、熊本城の被災の歴史をたどります。
■「こんなデカい城、江戸城しか知らん!」
学芸員の伊藤千尋さん「こちらは初代藩主・忠利が息子の光尚にあてた手紙です。『江戸城の他にこれほど広い城をみたことがない』と語っていて、忠利の驚きや興奮が伝わってくる内容です」
息子に熊本城の壮大さを伝えた忠利。しかし、その驚きも束の間。忠利は熊本城が ある重大な問題を抱えていることに気づきます。
■「城のメンテ、悪すぎ!」
学芸員の伊藤千尋さん「こちらの資料は、細川忠利が入国直後に出した手紙の写しになります。加藤家から受け継いだ熊本城というのは、あちこちが崩れていたようで、手紙の中で『熊本は塀も直していないのか』とぼやいています」
忠利が、そうぼやいた理由。それは熊本城を襲った「地震」が、原因の一つだったようです。
学芸員の伊藤千尋さん「細川家入国の7年前に熊本では大きな地震が起きていたのですが、その時に被災した箇所の修理がまだ終わっていなかったのではないかと見られています」
