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沖縄戦から復帰までの歴史を経て、今もなお多くのアメリカ軍基地が集中する沖縄。復帰から54年「基地のない平和な島」を願う声は、今も途切れることなく続いています。

今年で49回目を迎えた平和行進。一人ひとりの歩みが、平和な未来への一歩となることを願い、沖縄の現場から、その思いを伝えます。

多くの命が奪われた沖縄戦を経て、戦後27年間、アメリカの統治下にあった沖縄。1972年5月15日、基地のない平和な島を求め、本土復帰を果たしました。

しかし、54年経った現在でも、日本にあるアメリカ軍施設の7割が集中し、軍関係者による事件・事故は、後をたちません。ことしで49回目となった平和行進、沖縄が抱える基地問題に加え、南西諸島で進む軍事強化や世界各地で続く戦争への危機感も強く訴えるものになりました。

森岡稔さん「1972年5月15日に沖縄は日本へ復帰しました。しかし平和憲法どころか日米安保が適用され自衛隊も新たに配備され沖縄の軍事基地化が増強されています」

5・15平和を訴える足音 沖縄から問う基地のある現状と平和

沖縄本島では、嘉手納基地と普天間基地周辺を行進する2つのコースが設定。そのうち、嘉手納コースの出発式は、沖縄戦で日本軍の飛行場として使用されていた読谷村陸上競技場で行われ県内外の労働組合や市民団体などからおよそ1100人が参加しました。

参加者は「基地のない沖縄を」と書かれたハチマキを身につけ、「日米軍事強化は許さない」「戦争のない世界をつくろう」と訴えながら、基地が日常生活に及ぼす影響を実感しつつ行進していきます。

参加者「もう一度立ち止まって平和とは何だろうと学ぶような機会になれば、広がっていけばいいのかなと思っている」

参加者「平和を守るために。みんなが安心して笑顔で暮らせる世界を守るために参加している。本当はこういう行動をする必要のない世界になってほしい」

参加者「(平和行進は)すごく良いことだと思う。初めて参加した。こういった行進も滅多にできないことなのでこのあとも精一杯頑張って歩きたいと思う」

5・15平和を訴える足音 沖縄から問う基地のある現状と平和

読谷を出発した参加者たちは、およそ2,000ヘクタールに及ぶ広大な嘉手納基地のそばを、フェンスに囲まれた道を歩きながら進みました。基地では昼夜を問わず戦闘機の離着陸が繰り返されています。

参加者「(基地が)すごく広いなと思ったこんなに広いのかと思うのが正直な気持ち。沖縄県民の気持ちを神奈川に持ち帰ってみんなにも伝えていきたいと思う」

参加者「(広大な基地)これのために沖縄の人たちが苦しい狭い生活を余儀なくされている。それを目の当たりにした。(平和行進は)連帯を感じる。またこれがもっと広がってくれたらいいと思う」

2つの平和行進のゴール地点、北谷ドームでは、戦争や基地のない平和な社会を目指す県民大会が開催されました。

5・15平和を訴える足音 沖縄から問う基地のある現状と平和

嘉手納基地コース 団長 伊禮寿憲さん「命どぅ宝の心を受け継ぎ、二度と戦争を繰り返させないことそして、私たちの子供や孫が爆音や戦争への不安ではなく自分の夢や希望を語れる社会をつくることが今を生きる私たち大人の責任だと思います」

実行委員会事務局長 岸本喬さん「近隣諸国との緊張を高めることよりも、日本国憲法の理念にのっとり、対話による外交努力によって平和を築くことこそが日本政府に課せられた責任であるはずです。武力で平和をつくることができません。今日の行進の1人1人の一歩が平和の実現へ繋がる一歩であることを共に確認し合いこれからも歩んでいきたいと思います」

参加者「現地に来て、現地に足を運んで実際自分の目で見て感じたことをしっかりと自分の地元に持ち帰って可能な限り多くの仲間に伝えていこうと思う」

参加者「沖縄県民が自分たちの生活を守るために人権を守るための抗議活動なので絶対委縮してはならないし旗を掲げて組織として取り組むことが大きな力になると思う」

沖縄が歩んできた歴史と、今も続く基地問題。平和を願う人々の一歩一歩が、未来への希望につながります。

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