中之島香雪美術館(大阪市北区)で、企画展「焼絵 茶色の珍事」が4月28日から開催されます。

「焼絵やきえ」とは、火筆画かひつがや焦画しょうが、烙画らくがなどとも呼ばれ、熱した火箸や鏝こてを紙や絹などに押し当て、絵画や文字を焦がして表現する技法を用いた作品です。色調は茶から黒に近い色まで展開し、また線描から点描、濃淡といった水墨画の技法も巧みに再現されています。

江戸時代には、優れた焼絵を数多く手掛けた稲垣如蘭いながきじょらんこと近江・山上やまかみ藩(現在の東近江市)の第五代藩主稲垣定淳いながきさだあつ(1762-1832)をはじめ、藩主や家老クラスの間でこの技法が流行しました。少ない材料で制作可能な点から、根底には質素倹約を推奨する時世を反映しているとも推測されます。

一方、葛飾北斎の弟子とされる北鼎如連ほくていじょれん(生没年未詳)のような浮世絵師にも焼絵の名手が現れ、さらには狩野派の特徴を有する作例も確認されています。技法の特殊さから作例は多くはないですが、一部の間では試みられていた様子がうかがえます。また、大田南畝なんぽと来舶した中国人との間で焼絵談議が行われ、朝鮮通信使を介し烙画が紹介されるなど、焼絵を通した国際交流も行われました。

本展では、これまでほとんど紹介されることのなかった焼絵について、日本をはじめ朝鮮と中国、現代の焼絵作品を展観し、その美と制作背景を探ります。

企画展「焼絵 茶色の珍事」

会場:中之島香雪美術館(大阪府大阪市北区中之島3-2-4 中之島フェスティバルタワー・ウエスト4階)

会期:2026年4月28日(火)~5月31日(日)

開館時間:10:00~17:00 ※入場は閉館の30分前まで
(5/1、5/15、5/29は19:30まで夜間特別開館/入館は19時まで)

休館日:月曜日、5月7日
※ただし、5月4日(月・祝)は開館

拝観料:一般 1,600円、高大生 800円、小中生 400円
※5/5はこども無料DAYにつき、大学生以下入館無料(学生証等要提示)

アクセス:
Osaka Metro四つ橋線「肥後橋」駅4号出口
京阪中之島線「渡辺橋」駅12号出口直結
JR「大阪」駅桜橋口より徒歩約15分

詳細は、中之島香雪美術館公式サイトまで。

本展の見どころ
一、日本初?! 焼絵の展覧会

紙や絹などを焼いて、焦がして、絵や文字が表現できるなんて、あまり想像できないかもしれません。しかし、日本の記録上では平安時代末期まで遡り、実際の作品としては江戸時代(18世紀)以降に見られます。江戸時代でも「いといと珍らかにこそ(非常に珍しいことである)」といわれるほど、なじみがない稀な技法であったようです。そのため、これまでまとめて展示されることがありませんでした。

本展は日本初の焼絵をテーマとした展覧会です。しかも、日本の江戸時代の作品だけではなく、朝鮮の19世紀以降、中国の18世紀以降、さらに現代の焼絵の作品が一堂に会します。まさに、いといと稀な展覧会です。

二、焼いて描く緊張感

焼絵は文字通り、素材となる紙や絹、木、竹を焼いて絵や文様を表現します。そのため、素材は熱によって変質し、最悪の場合穴があきます。焦がした場所は当然もろくなっていますので、経年による劣化のダメージも受け易くなります。作品によっては焦げた部分に穴があき、それが魅力になっているものもあります。また、道具として熱した金属や線香などを使用するため、暑い中での作業となり、火傷することもあるかと思われます。筆や刷毛などを使って描く一般的な絵画技法とは違った緊張感があるでしょう。

三、地味?だけど滋味深い

焼絵は焦がして描くため、基本的に色は茶色で、正直地味です。一見奥行きや立体感が出せそうにありませんが、そうでもありません。熱の伝わり方を調整することによって、淡い茶色から黒に近い焦げ茶色まで、江戸時代には48色の茶色が存在するともいわれるほど、濃淡の幅を持たせることができます。また、火箸や鏝などの金属製の道具を用いるため、いわゆる「エンボス」加工、圧力による凹凸により、奥行きや立体感を出すことが可能です。とはいえ、素材を傷つけない程度に焦がして表現しないといけないため、どうしても淡い表現になりがちです。是非目を凝らして、茶色の滋味深い「うまみ」を味わってください。

展覧会構成
第一章 日本の焼絵

日本の焼絵は平安時代末期にはあったといわれていますが、長らく忘れ去れて、技術が途絶えていました。古いにしえを追慕する機運が高まった江戸時代後期に焼絵は復活を果たします。

江戸時代の焼絵を牽引していたのが、近江・山上藩(現在の東近江市)の藩主であった稲垣定淳(如蘭じょらん、1762-1832)です。そのほか、浮世絵師の白峨はくが(生没年未詳)や北鼎如連(生没年未詳)も焼絵を手がけました。焦がして描く個性豊かな作品の数々は、当時の知識人たちを魅了したことでしょう。

如秀「亀図」江戸時代(十八~十九世紀)彌記繪菴
白峨「竹虎図」 江戸時代(十九世紀)彌記繪菴
蘭旭「梅鶴図」安政三年(一八五九年)彌記繪菴
北鼎如蓮「鱏図」江戸時代(十九世紀)村上コレクション
白峨「達磨図」江戸時代(十九世紀)彌記繪菴
第二章 朝鮮の烙画

朝鮮では焼絵を「烙画」などと呼びます。16世紀後半ごろには始まったといわれますが、現存作例は主に19世紀以降に制作されたものです。作品の多くを手がけた朴秉洙パクビョンス(1858-?)は、烙画の大成者朴昌珪パクチャンギュ(1783-?)の親戚にあたり、この朴氏のほかに白ペク氏によっても技術が継承されました。主題としては山水と花鳥が多く、漢詩をともない、深い教養の中で生まれ、鑑賞されたと考えられます。

作者不詳「花鳥図」朝鮮時代以降(二十世紀)個人蔵
白南哲「芦雁図」朝鮮時代以降(二十世紀)彌記繪菴
第三章 中国の火画

中国の焼絵のはじまりは宋から明時代、あるいはより古いと推測されますが、詳細は不明です。作品は多くなく、実態も明らかではありません。中国では「火画」「香画こうが」「燙花とうか」と呼ばれていました。ここでは、国内に伝わる数少ない中国で制作されたとみられる作品を紹介します。

作者不詳「花鳥図」清時代(十八~十九世紀)彌記繪菴
沈達「西王母図」中華民国八年(一九一九年)村上コレクション
第四章 焼絵のいま、これから

明治時代に入り、欧米からの電気式焼絵器械が日本に導入され、日本の焼絵は装飾的な工芸品としての傾向を強めました。今日焼絵技法は、「パイログラフィー」「ウッドバーニング」の用語で世界に広がり、多様な表現を可能としています。本展では、現代において活躍している2人の作家、辻󠄀野榮一つじのえいいちと猫野ねこのぺすかが紹介されます。

辻󠄀野榮一「Swaying Hands」 2025年 作家蔵

焦げが生み出す茶色のグラデーション。筆を使わず、熱した金属で素材を焼くという極限の緊張感の中で生み出された「焼絵」の世界は、私たちが普段目にする色彩豊かな絵画とは一線を画す、静謐で奥深い魅力に満ちています。江戸時代の粋な殿様から現代のアーティストまで、時代も国境も超えて人々を惹きつけてきたこの稀有な技法。一堂に会する貴重な機会に、ぜひその滋味深い「うまみ」を会場で体感してみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)