
写真は上海で開催された世界人工知能会議会場のAIの文字。2025年7月撮影。REUTERS/Go Nakamura
[香港 16日 ロイター・BREAKINGVIEWS] – 中国の人工知能(AI)産業に起きている地殻変動を理解するには、科学技術の訳語等を提案する委員会が3月に示した一つの通知を見れば十分だ。
全国科学技術名詞審定委員会は同月、「トークン」の中国語の公式訳語を提案した。トークンとは、大規模言語モデルが処理・生成するテキストやデータの単位で、通常1トークンは英語の文字約4文字分に相当する。採用された訳語は「詞元(ciyuan)」。直訳すると「言葉の通貨」を意味するこの表現は適切なものだ。電子商取引大手アリババ(9988.HK), opens new tabからAI企業ミニマックス(0100.HK), opens new tabに至るまで、中国企業はトークンがこのテクノロジーにおける最重要コモディティーになると見込んでいる。問題は、トークンの価値がそれを動かすAIモデルの性能に依存するという点だ。その意味で、中国は遅れをとるリスクを抱えている。
中国のAIモデル開発競争は今年初め、デジタルアシスタントの爆発的な普及を機に幕を開けた。複雑なタスクを実行できる「オープンクロー」のようなツールは、アプリとAIモデルの間でテキスト指示をやり取りすることで、メールやカレンダーなどの管理を支援する。こうしたツールはトークンを大量に消費する。単一のプロンプトに依存するチャットボットと異なり、デジタルアシスタントはタスクを完了するためにAIモデルと繰り返しやり取りを行う。オープンクローは1日当たりのトークン消費量がチャットボットのセッションを桁違いに上回ることもある。
こうした状況は低コストな中国モデルに思わぬ恩恵をもたらした。また、中国テクノロジー企業の間に一つの戦略を根付かせることにもなった。安価なトークンへのアクセスで市場を席巻するという戦略だ。ジェフリーズのアナリストによれば、中国モデルの平均的なトークン単価はオープンAIやアンソロピックなど米国勢の6分の1程度という。実際、中国国内の1日当たりのトークン消費量は、政府の推計によると2025年末の100兆から今年3月時点で140兆へと急増した。海外需要も拡大しており、当局はいわゆる「トークン輸出」を成長の新たな源泉として売り込んでいる。
こうした動きを支えているのが、顧客がAIモデルを使用する「推論」段階における中国の圧倒的なコスト優位性だ。データセンター向けの安価で豊富な電力が、性能やエネルギー効率で劣る国産半導体の弱点を補っている。加えて、米国政府の技術規制によって制約を受ける中国のAI研究機関は、ソフトウェアとアルゴリズムの効率化を必然的に追求してきた。この二つの強みが組み合わさることで、強力な競争力の源泉が生まれている。
企業価値が400億ドル(約6兆3636億円)規模とされるミニマックスのような企業では、モデルの品質が向上し西側との差が縮まるのと並行して推論コストが低下し続けている。同社のイェン・ジュンジエ最高経営責任者(36)は昨年、トップモデルの推論コストが1ー2年以内にさらに1桁下がる可能性があると予測した。
中国企業がトークンに傾倒するのも当然だ。先月、アリババはAI事業をクラウドコンピューティング部門から切り離し、「トークンハブ事業部門」に改称した。サブスクリプション販売よりもトークン課金の方がビジネスモデルとしてはるかにシンプルだという点を考慮した判断とみられる。
ミニマックスは今年2月リリースのモデルについて、毎秒100トークンで1時間継続利用しても1ドルという低コストを実現し、「コストを気にせず使える初のフロンティアモデル」だと説明する。トークンを電力のような社会インフラとして位置づける発想だ。米国の半導体販売禁止措置に苦しみながらも競争力を維持するため、効率性と規模に注力し低コストの優位性を長期的な武器とするこのアプローチは、中国の伝統的な産業戦略の一面を反映している。
ただ、このアプローチには課題もある。一つは、AIが電力や水道のような汎用インフラと化し、破壊的な価格競争や過剰供給に陥るリスクだ。もう一つは、「安すぎて計量不要」なAIが通用する場面には限界があるという点だ。企業がより複雑で高付加価値な業務をデジタルエージェントに委ねるようになれば、コスト効率と同等かそれ以上にモデルの品質そのものが重要になる。
アリババ、ディープシーク、ムーンショット、ジプー(2513.HK), opens new tabなどの中国企業のAIモデルは、コーディング、推論、数学といったベンチマークで西側との性能差を縮めてきた。しかし、総合的な性能、汎用性、信頼性を幅広く測る最先端の性能の指標では依然として後れをとっている。アンソロピックの最新システム「クロード・ミトス・プレビュー(略称ミトス)」はその典型例だ。同社は、それがあまりに高性能なため、当初はJPモルガン(JPM.N), opens new tab、アマゾン・ドット・コム(AMZN.O), opens new tab、マイクロソフト(MSFT.O), opens new tabなど審査済みの企業に限定して提供すると表明した。同モデルの100万トークンは、性能の劣るモデルが処理した同数のトークンより価値が高い。つまり、トークンはどれも同じ価値を持つ均質な商品ではないのだ。
中国の研究所も、電子機器、自動車、太陽光パネルなどの分野で製造業が歩んできたように、いずれAIのバリューチェーン上位へ進出するとの見方もある。しかし、米国政府が高度なチップやその製造装置に規制を課している以上、AI分野での同様の躍進はかなり難しいだろう。
むしろ、エヌビディアの存在により、米国の研究所が最先端技術の総合力でリードをさらに広げる可能性が高い。同社の次世代AIデータセンター向けハードウェア「ベラ・ルービン」が今年後半に登場する予定で、前世代の「グレース・ブラックウェル」と比べてワット当たりの性能が10倍になるとされている。ただし、米国の輸出規制により、この最新チップも中国には届かない公算が大きい。
エヌビディアの急速な進歩に対し、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)のような中国の国内チップメーカーは、米国の輸出規制下で中国が合法的にモデル学習に使用できる最強チップである旧型H200プロセッサの性能に匹敵するのにすら苦労している。H200はベラ・ルービンの2世代前にあたる。
こうした格差は現場にも影を落としている。かつてアリババのオープンソースモデル部門を率いたジャスティン・リン氏は今年初め、「オープンAIの膨大な計算能力は次世代の研究に充てられている一方、われわれは人員不足に陥っており、納品需要を満たすだけでほとんどのリソースを消費している」と格差の深刻さを訴えた。
投資家の見方は悲観的だ。アリババの時価総額は約3150億ドルで、オープンAIの非公開評価額8520億ドルやアンソロピックの3800億ドルを大きく下回っている。
注目すべきは、アリババの事業には巨大な電子商取引プラットフォームも含まれている点だ。JPモルガンのアナリストは、このプラットフォームが27年に1960億元(約290億ドル)の収益を生み出すと予測している。この事業に保守的な10倍の株価収益倍率を適用すると、投資家はアリババのクラウド事業とAI事業にほとんど価値を見出していない計算になる。これらの事業は5年以内に年間合計1000億ドルの収益を目指している。
低コストのトークンは中国の産業競争力を高め、経済全体への新技術の普及を後押しするだろう。しかし、コンピューティング能力と最先端モデルの開発においては、米国が依然として圧倒的な優位を保っている。中国のトークンブームは、見た目ほど優位を決定づけるものではない。
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