こうちeye 2部の特集は、高知で輝く人を応援するキラッ人。
今回は高知で、そして国内外で人々の命を守ろうと奮闘する高知市出身の女性です。

■高橋茉莉子さん
「午前中の訓練のあとに他団体も入ってがんばっていますねとほめられたと思ったので人数増やしてみました」

国内外で数々の被災地支援に入り周囲を明るく引っ張る高知市出身の女性がいます。

■高橋さん
「自分だったらどうしてほしいかと、 自分の親が被災していたらどういう支援に入ってほしいかみたいなのはすごく考える」

被災地で多くの経験を積んだ彼女は、南海トラフ地震が必ず来ると言われるふるさと高知を守りたいと動き始めました。

■高橋さん
「後悔したくない。いろんな形でいろんな人に届けていけるように自分も成長していくことが今の私のミッション」

そこには「大切な人たちを守りたい」「共感できる仲間と働きたい」という強い思いがありました。

今回のキラッ人は、国際医療NGO「ジャパンハート」の災害支援・対策セクション部長・高橋茉莉子さんです。

2025年11月に行われた高知県の地震訓練。

■国際医療NGO「ジャパンハート」災害支援・対策セクション部長・高橋茉莉子さん
「これ自体が対応できていないから、どうなっているのかという問いに返答していないので」

保健、医療、福祉の支援調整の連携を検証するもので、DMATや協定締結団体など2日間に延べ200人あまりが参加しました。

スタッフにメモの書き方を指導していたのは高橋茉莉子さん。国際医療NGO「ジャパンハート」で災害支援・対策セクション部長をつとめています。

■高橋さん
「外部支援団体で大混乱している本部の運営を手伝うこともあると思うので、正しくない情報を伝えないように話をしていた」

高知市出身の高橋さんは2019年にジャパンハートに入り、能登半島地震や2025年3月に発生したミャンマー地震など数々の被災地で人や物資の調整員を担ってきました。

そして2025年3月、ジャパンハートは高知県との災害支援協定を締結。南海トラフ地震などの災害時に医師や看護師、調整員を派遣し医療活動や公衆衛生の支援活動などを行います。

県の担当者は今回の協定の締結には高橋さんの人柄も影響したと話します。

●高知県担当者
「通常でいけば1年とかゆっくり時間をかけてお互いの条件とかを詰めて協定って結ぶもの。2つ返事で話が進んで、あっという間に協定が結べた。高橋さんの人柄のおかげで結べたと思っている」

団体の中では管理職であり、被災地支援ではリーダーになる高橋さんに同僚たちも信頼を寄せています。

■高橋さんの同僚
「非常に災害医療に対して熱い人。一緒に働く側としてもこういう風にしていこうというところが見えやすくアクションにつながりやすい。1つ1つ目標達成していくのがとても有意義」

そして周囲を明るく引っ張るのも高橋さんの特徴です。その姿勢はこれまでの被災地支援の経験が影響しています。

■高橋さん
「極めて辛い状況のなかで、どういう人と一緒にやりたいかとか、そこにすごく主観が入る。自分だったらどうしてほしいかとか、自分の親が被災していたらどういう支援に入ってほしいかみたいなのはすごく考える。暗くなりがちな現場なので、できるだけそうしないようにとか意識しているかもしれない」

高知市出身の高橋さんは高知学芸中高を卒業後、一橋大学社会学部に入学。
2011年4月にジャパンハートのインターンに入り、東日本大震災の支援やミャンマーの事務局で政府の途上国支援を担当するなど2年間働きました。

■高橋さん
「(途上国の人々は)貧しいのに楽しそう。いまあるもの、ここにあるものでどう幸せになるかと生きる人たちの様子を見て、自分のまわりにモノを増やす方法以外にも幸せになれる考え方があるんじゃないかと気づかせてもらった」

大学卒業後は金融会社に就職したものの2019年8月にジャパンハートに再就職。給与は3分の1になりましたが、お金では買えないものを手に入れたと感じています。

■高橋さん
「自分が感じている社会課題に対してそれを解決することを他人任せにしたくない。そこをこう解決したい、という点に対して共感して一緒にやってくれるメンバーはお金で買えない存在」

仕事に邁進する茉莉子さんを高知から見守る2人がいます。
父の邦明さんと母の優香里さんです。

茉莉子さんは子どもの時から活発で、待つより動くリーダータイプだったといいます。

■高橋さん両親
「急に幼稚園から電話がかかってきて『(茉莉子さんが)いなくなりました』って探し回って。男の子2人連れて脱走していた」
「(お迎えを)待ちゆうよりも、おばあちゃんの家に行ってみんなで絵を描こうって遊びの提案だった。ずっと委員長みたいなのして リーダーシップというか姉御肌というか」

茉莉子さんが大学を休学して当時政情不安だったミャンマーに行くことを決めたときは大反対だったという2人。

今も少しの不安は抱えながらも娘を誇りに思っています。

■高橋さん両親
「小さい時から人の前に立つことが多かったから、この子は世界に羽ばたいてほしいと思って育てた。 でもまさかミャンマーとは思いせんでしたけど。普通に仕事をしても一生懸命日本でもがんばれる子やけど、人を助けるという大変な仕事を結構きついことも言いながらがんばっているのでそれは私にはとてもできないので、娘ながらすごいなと思っています」

そして高知のために動きはじめた茉莉子さんを頼もしくも感じています。

■高橋さん両親
「もし南海トラフ地震が来たら一番に助けに来てくれるやろうと信じています」

大切な人たちを守りたい。その想いから高橋さんは防災に力を入れるようになりました。

■高橋さん
「自分のテーマになってきているのが自助と共助の強化。支援者としていろんな被災地を経験させてもらった身としてどう伝えていけるのか考えていきたい」

■高橋さん
「こんにちは」
この日、高橋さんが訪れたのは黒潮町缶詰製作所。代表の友永さんに特別に工場を案内してもらいました。

黒潮町缶詰製作所は2014年に設立された防災備蓄用缶詰を製造販売する町の第3セクターです。商品は誰もが安心して食べられるように8大アレルゲンの不使用を徹底しています。

■黒潮町缶詰製作所 友永公生代表
「子どもたち、特にアレルギーをもつ子どもたちが『食べられない』では町の哲学に合わないので、アレルギー対策をした食品を作ろうと」

さらに平時でも食べたくなるおいしさとキッチンに飾りたくなるおしゃれなパッケージは、消費者に日頃から防災意識を高めてもらうことを狙っています。

■高橋さん
「いかに日頃から防災や備蓄を考えてもらうかっていう意識して設計されているのが感動した。ぜひいろんな人に広めていきたい」

次に高橋さんが訪れたのは、黒潮町の出口地区です。浸水エリアにあった消防団の屯所と地域の集会所を4年前に高台に移転しましたが、区長の吉福さんは備蓄品の整理に悩んでいました。

■黒潮町 出口地区 区長 吉福 猛さん
「どういう風な整理をしたらいいか」

■高橋さん
「どこに何がどれぐらいあるかがすぐ分かるようにできたらいい」

■吉福さん
「パソコンの中で整理はしゆうがやけんど。リストはちゃんと作っちゅう。パソコンに全部入っちょってきれいにカウントもしちゅうがやけんど。そのとき入ってきた人はそのリストがどこにあるかすら分からない」

高橋さんは自身の経験を交えながら丁寧にアドバイスを続けました。
そこには支援する側としての想いがありました。

■高橋さん
「支援者ってあくまでも被災地域の人がどういう風に復旧・復興していきたいかっていうことを支えるだけの存在でしかない。地域の人が熱い想いをもっていたり試行錯誤しながら防災をされているというのは支援者側にとってもすごく刺激になるし、絶対に支援を届けたいっていう決意にもつながる。気持ち新たにジャパンハートとしてもできることをますます考えていきたい」

そして両親の親心は感じながらもふるさと高知で、国内外で、多くの人の命を守るためもっと成長したいと高橋さんは話します。

■高橋さん
「(両親には)どれだけ心配をかけてもそこはすみませんっていう感じで。何か起きたときに父母が被災してということも十分考えられるときに後悔したくない。自分の背丈にあった活動と、それをいろんな形でいろんな人に届けていけるように自分も成長していくことが今の私のミッション」

高橋さんはこれからも周囲を明るく引っ張りながら仲間たちとともに誰かの命を守るため奮闘を続けていきます。

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