ティックトックではフェイク動画が3週間で1万本、9,300万回再生され、ロシアが「空前の介入」とモルドバ大統領――。

9月28日に投開票があった東欧・モルドバの議会選挙。EU加盟を巡り、影響工作を含むロシアからの攻勢にさらされてきた同国の緊張は、選挙本番に向けて急上昇した。

1億ユーロ規模という資金投入、国外からの情報操作、選挙インフラへのサイバー攻撃などの「ハイブリッド介入」――これらの選挙介入に対して、親欧米路線の大統領、マイア・サンドゥ氏は国民に警戒を呼びかけてきた。

モルドバを舞台に展開された、生成AIによるソーシャルメディア氾濫戦略などの「偽情報キャンペーンの革命」とは?

●「175億円の資金投入」

9月1日から23日にかけて、モルドバ共和国で調査対象となったネットワークは、ティックトックのプラットフォーム上で9,882本の動画を生成し、累計9,310万回の再生回数を記録した。これは膨大な量のコンテンツの氾濫を意味する:シェアは20万4,000件超、「いいね」は150万件超に上る。人口わずか230万人の国で、これらの数字はプロパガンダ組織がフル稼働し、モルドバ国民のデジタル空間を24時間体制で埋め尽くしていることを示す。

モルドバの隣国、ルーマニアの検証NPO「エキスパート・フォーラム(EFOR)」が9月26日付で公表したレポートは、そう指摘している。

九州ほどの国土に福岡県の半分以下の人口を擁する東欧の小国、モルドバは、西はEU加盟国のルーマニア、東は同じ旧ソ連のウクライナに挟まれ、ウクライナとの国境沿いには親ロシア派が実効支配する地域「沿ドニエストル共和国」を抱える。2022年にはウクライナとともにEU加盟候補国となり、加盟交渉を進めている。

モルドバは、戦争が続くウクライナ、選挙介入の混乱があったルーマニアと同様、ロシアからの影響工作に揺れ続けてきた。

2024年11月のモルドバ大統領選でも、ルーマニアと同様のロシアの選挙介入が指摘されたが、現大統領のサンドゥ氏が再選を果たした。

※参照:「TikTokで14億回閲覧」大統領選無効の「ルーマニアのトランプ」、SNS拡散の影響とは?(12/16/2024 新聞紙学的)

サンドゥ大統領は7月末には、9月の議会選へのロシアによる「空前の介入」に対して、国民に警戒を呼びかけた。

その中で、ソーシャルメディアなどを舞台とした影響工作、過激主義やヘイトの助長、選挙を含む重要インフラへのサイバー攻撃、などとともに「暗号資産を通じた約1億ユーロ(約175億円)の(選挙介入のための)資金投入」を挙げていた。

この金額は、欧州の最貧国とされるモルドバの2025年度国家予算、854億レイ(約7,600億円)の2%超に相当する。

影響工作やサイバー攻撃を組み合わせた「ハイブリッド介入」は、現実の脅威となっている。

モルドバのドリン・レチャン首相は投開票日当日の9月28日、「昨日と本日、(中央選挙管理委員会〈CEC〉や在外の投票所などの)選挙関連施設がサイバー攻撃の対象となった」と表明。選挙に支障はなかったが、攻撃の影響で約4,000の政府関連サイトが一時停止した、という。

モルドバ外務省も同日、ベルギー、イタリア、ルーマニアなどの在外の投票所に対する爆破予告があったが、投票に支障はなかった、とした。

モルドバの警察当局は9月22日には、ロシア支援による議会選を巡る「大規模暴動」計画への捜査だとして、250カ所を一斉捜索、74人を逮捕している。

●AIによる「偽情報キャンペーン」

前述の「エキスパート・フォーラム」の調査では、不正が疑われる700件以上のティックトックのアカウントを追跡。このうち498アカウントが9,883件の選挙関連動画を投稿していたという。

共通していたのは、サンドゥ氏と与党「行動と連帯(PAS)」、さらにEU加盟を攻撃対象とするメッセージだったという。

また、不正が疑われる1万7件のコメントを分析したところ、このうち3,442件が完全に重複していたという。その発信元のうち、93件のアカウントは生成AIを使ったコンテンツ発信に特化されていたという。

「エキスパート・フォーラム」は、偽・誤情報対策に取り組む「EUデジタルメディア観測所(EDMO)」傘下のプロジェクト「陰謀論・トロールとの闘い(FACT)」のメンバーとして、モルドバ議会選の調査をしてきた。

「エキスパート・フォーラム」は9月8日付のレポートで、選挙の介入が「従来の偽情報キャンペーンとは根本的に異なる」とし、急速なAIの広がりについて、こう指摘している。

AIと様々な大規模言語モデル(LLM)との連携は、ソーシャルメディア上で大規模キャンペーンをつくり出す能力に革命をもたらし、多様なユーザー、プロフィール画像、生成コンテンツの自動化を実現させた。チャットGPTのような技術は、人間の行動を模倣する人工的なコンテンツによって、フィードの汚染を劇的に加速させている。

介入の舞台はティックトックだけではない。

●対ウクライナ工作アカウントの活動

アカウントの4分の3(462のうち347)は、@prigozhin_2023_tg、@bye_biden、@apwagner、@oko_ua、@glavcomuaなど、ロシアとウクライナのテレグラムチャンネルでも活動していた。そこでは、ボロディミル・ゼレンスキー大統領を批判し、「キーウ政権」に言及し、モルドバの政治や選挙とは無関係な話題であるロシアの交渉要求に同調するコンテンツを投稿した。

米国の認知防衛テック企業「オープンマインズ」は、9月24日付のレポートで、そう指摘している。

「オープンマインズ」が調べたのは、ロシア発祥のメッセージサービス、テレグラムだ。モルドバで人気のテレグラムのチャンネル88件を分析。ボットと見られる462アカウントを調べた結果、7月からの2カ月半で6万2,000件のコメントを投稿し、1万4,000件を超す反応を集めていた、という。

しかも、その大半が対ウクライナ工作から、いわば”転戦”してきたものだという。主な内容は、サンドゥ大統領と与党「行動と連帯」への攻撃と、選挙の信頼性毀損だった。

英BBCは、テレグラムを舞台に、ロシアが資金提供する秘密ネットワークが、「モルドバの親EU与党を弱体化させる親ロシア派のプロパガンダやフェイクニュースを投稿した場合、参加者に報酬を支払うと約束していた」と調査報道で明らかにしている。

「陰謀論・トロールとの闘い」にも参加するモルドバの監視団体「ウオッチドッグ」は8月に公表した調査結果で、ロシアによる910アカウントからなるネットワークを特定した、としている。

その内訳は、ティックトック(392件)、YouTube(51件)、インスタグラム(137件)、フェイスブック(290件、フェイスブックページ10件)、スレッズ(ページ30件)。

●偽装ニュース、アフリカからの介入

新たに立ち上がったメディア「レスト(REST)」は、モルドバと東欧に関する調査報道を提供すると主張しているが、その運営元は「ライバー(Rybar)」を運営する同一ネットワークに遡ることが判明した。ライバーは100万人以上のフォロワーを持つ親クレムリンのプロパガンダチャンネルであり、ロシアの偽情報を拡散したとしてEUと米国双方から制裁を受けている。

スロバキアの国際安全保障専門のNGO「グロブセック」と米シンクタンク「大西洋協議会(アトランティック・カウンシル)」デジタルフォレンジック研究所(DFRLab)は9月21日付のレポートで、そう指摘している。

この調査は、EU対外行動庁(EEAS)の「外国による情報操作と干渉(FIMI)」に関する官民協働プロジェクト「情報共有・分析センター(FIMI-ISAC)」の一環として行われたものだという。

ロシアのメディア企業「ライバー」は2024年米大統領選介入に関連し、米国務省から情報提供の報奨金1,000万ドルが提示されている。

そのロシア企業につながる”調査報道”を掲げるモルドバ向けメディアサイトが、モルドバ議会選の3カ月前の6月に立ち上がっていたのだという。

また、9月23日付のAP通信によると、英人権擁護NPO「リセット・テック」の調査では、この「レスト」は、X上でのコンテンツの拡散のために、アフリカの「エンゲージメントファーム」への支払いを行っていた、と指摘している。

●SNSとAIのインパクト

影響工作の主要な舞台とされたティックトックは、8月21日付で対策を表明。2025年だけで、欧州とモルドバのユーザーを標的とした400以上のアカウントからなる3つのネットワークを削除した、としている。

しかし、選挙介入の勢いは、それを上回っていたようだ。

ソーシャルメディアの浸透とAIの高度化は、民主主義を揺るがせている。

(※2025年9月29日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

Share.