
訪れたのは、南九州市。鮮やかな緑が広がる茶畑で作業するのは、農家になって25年の永山 和博さんです。
(永山 和博さん)
「お茶王国・静岡。断然に日本一だったので、それに届くなんて思っていなかった。まさかこういうときが来るなんて思っていなかった」
24年発表された県内のお茶の生産量は、2万7千トン。統計が始まって以来、トップを走り続けてきた”お茶王国・静岡”を抑え、鹿児島が初めて1位に輝きました。更に、25年、初めて摘み取られた一番茶の生産量でもトップになり、快進撃が続いています。鹿児島は、なぜ大躍進を遂げたのか?そのワケに迫ります。
■平坦な茶畑は戦略だった──機械に合わせた畑づくりの徹底
鹿児島で本格的にお茶の栽培が広がったのは、高度経済成長期。静岡や京都に比べ、かなり遅いスタートでした。更に静岡の栽培面積は、鹿児島の1.5倍以上。条件的には不利だったはずの鹿児島がなぜ日本一になれたのか。

そのカギを握るのが、こちらの真っ赤な機械です。
(永山 和博さん)
「乗用型摘採機といって、お茶を収穫する機械。人が手で摘む400人に相当するぐらいの収穫ができる機械」

県内の導入率は98%!今や、ほぼ全ての茶畑で使われています。見渡す限り平坦な茶畑が整然と並ぶのは、実は、この機械の幅に合わせて整備されてきたため。農家とメーカー、そして行政が一体となって「機械化ありき」の茶畑づくりを進めてきたのです。

実はこの摘採機…。
(永山 和博さん)
「メイドイン鹿児島です。鹿児島の面積、生産量を含めて拡大した一番の要因は、松元機工さんが生産者と共に頑張ってきてくれた結果」

永山さんの畑から、ほど近い場所にある「松元機工」。長年、摘採機の製造を担ってきた西牟田 昭人さんです。

(松元機工・西牟田昭人工場長)
「おそらく鹿児島の行政が良かったんだと思います。機械もない時代に効率化しないといけない。それには機械化だ。県の茶業試験場というのがあるので、そこが音頭をとって機械化にするには平坦な所じゃないといけないからと言って。(客に)機械をあなたの畑に合わすんじゃなくて、機械にあなたの畑を合わせてよ、と一貫していた。だから、みんな植える幅は一緒」
