広島県は、DXの推進と地域の課題解決に取り組むため、県内の15市町とスタートアップをマッチングする「The Meet 広島オープンアクセラレーター Gov-Tech-Challenge」を開催している。広島県呉市も、商店街の遊休不動産の増加による街の賑わいの損失や後継者不在といった課題を解決すべく2023年度のプログラムに参加。スタートアップとの協業によって楽器店の事業承継に成功した。具体的にどのような取り組みをしたのか。呉市役所産業部 商工振興課課長の久保善裕氏に話を伺った。

商店街の名店を未来に残すべく、事業承継に挑む
呉市の商店街が抱える後継者不在という課題
――今回「The Meet広島オープンアクセラレーター」に参加した背景として、呉市にはどのような課題があったのかを教えてください。
呉市には、地域に密着した個人店が集まって商店街を構成しているという特徴があります。たとえば、呉市の中央にある中通 商店街は、一階の路面店約80店鋪のうち、全国チェーン店は3店舗しかないんですね。地域に根差した個人店が多いことは呉市の強みや特徴である一方、後継者不在によって地域の名店や名物店主のお店が次々と廃業するのは大きな課題でした。
日本製鉄の設備休止がもたらした街への影響
加えて、2023年に呉市の地域経済を支えてきた日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区の全設備が休止し、街全体に暗いニュースが駆け巡りました。この状況下で地域の名店がなくなってしまうと、地域にあまりにも大きなインパクトを与えてしまいます。そこで、事業承継で商店街を守れないだろうかと考え、The Meet 広島オープンアクセラレーター2023に参加しました。
2023年9月に開催された『The Meet 広島オープンアクセラレーター 2023』
官民連携による課題解決の布石としてのオープンアクセラレーター
――なぜ、事業継承をスタートアップとのオープンイノベーションで実現させたいと考えたのでしょうか。
商店街の店舗の事業承継は手数料を考えると通常のルートではほぼ不可能で、我々の持つリソースだけでは解決できないからです。
もともと呉市の商工振興課は、官民連携による「リノベーションまちづくり」に取り組んできたこともあり、民間企業とのオープンイノベーションに対するハードルが低かったため、スタートアップの技術やアイデア、サービスと協業することで、課題を解決したいと考えました。
また、The Meetの制度設計が行政にはとてもマッチしていたというのも参加背景にあります。行政は年度予算が決まっているため、年度が始まってから新しい事業を思い立っても予算がなく実現できません。その点、The Meetは活動資金をスタートアップに提供する仕組みのため、行政の年度という概念外ですぐに取り掛かれることが魅力的でした。
オープンネームの事業承継に共感。ライトライトとの協業をスタート
relayと呉市のコラボサイト
「relay(リレイ)」が実現するオープンな事業承継とは
――プログラムでは何社からの応募がありましたか?
20社を超えるスタートアップからの応募がありました。そこから書類等で6社に絞り、最終的には3社にプレゼンをしてもらい、宮崎県を拠点に全国の地域に光を当てる事業承継マッチングプラットフォーム『relay(リレイ)』を運営する株式会社ライトライトを採択しました。
決め手となったのは、オープンネームの事業承継を実現されていることです。
ライトライトを選んだ理由と共創への期待
事業承継業界では基本的に情報を非公開のまま売り手と買い手をマッチングさせますが、ライトライトはオープンで公正な事業承継を文化として広めたいという熱い思いがありました。地域の個人店や家族経営のお店など事業承継市場には上がらない領域に挑戦し、ちゃんと事業者の思いを伝えた上でマッチングしたい、と。
サイトを軸に事業を受け渡したい人と引き継ぎたい人をマッチング
単なる引き継ぎで終わらせない、価値のリノベーション
さらに、単に事業を承継するのではなく、承継のタイミングでリノベーションし、承継した人が既存の土台を生かして新たな価値を生み出そうという取り組みにも共感し、ライトライトとの協業を決めました。
市内在住の40代に呉楽器店を継承。街の風景を守り育てる

呉楽器店の持つ地域的な役割と重要性
――今回の協業は、ライトライトのプラットフォーム「リレイ」を導入して、事業承継の実績を作ることを目指して始めたのでしょうか?
そうですね。採択後はすぐにリレイを実装し、事業承継の候補となる店舗を洗い出しました。結果、2024年から3店舗を掲載することができ、そのうち1店舗は2025年4月の事業承継が決まりました。
事業承継に至ったのは呉楽器店で、安定した売り上げがあるものの、社長が70代と高齢かつ後継者不在であることが大きな課題でした。
街から楽器店がなくなると、学校や地域のお祭りに影響が出ます。小学校の楽器や、中学・高校の吹奏楽部の楽器のメンテナンス、呉市のお祭りで使われている竹笛の販売やメンテナンスを担っているため、楽器店の廃業は地域にとって大きな損失となる可能性がありました。
後継者として選ばれた市内在住者の背景
そこで後継者を見つけるべくリレイに掲載したところ、複数の応募があり、その中から呉市在住の40代の方へ継承されることが決まりました。
――市内の方とマッチングできたのは素晴らしいですね。
応募は呉市在住の方、あるいは呉市出身で県外に出られている方がほとんどでした。今回承継されることに決まった方には、呉楽器店の安定した売り上げをベースに、音楽を起点とした新しいビジネスを生み出すことに期待したいです。
「ひろしま中央エリア事業承継プロジェクト」がスタート

――呉市がリレイを活用して後継者を募集していることを伝えるために、広報などで注力したことはありますか?
呉市が毎月発行している市政だよりに特集記事を載せたり、経済団体や支援機関、不動産管理事業者が集まった宅建協会、商店街も含めてアピールしたりと地道な活動をしました。
同時に、家族経営や個人店、数人の従業員がいる店舗などはオープンネームで後継者を探す方が見つけやすいので、後継者不在の店舗に心当たりがあれば紹介してくださいと、事業者探しも続けています。
周辺自治体を巻き込んだ地域連携型の仕組み
――手応えは感じていますか?
呉市内で事業を承継したい、呉市に戻って新しいチャレンジをしたいという需要があることを実感しています。それもあって、実は今年度から呉市を中心に4市4町の広島中央地域とライトライトが連携し、「ひろしま中央エリア事業承継プロジェクト」がスタートしました。
店舗発掘の課題と“市民参加型キャンペーン”の狙い
ここで課題になるのが、事業者の発掘です。家族経営のお店や個人店などが後継者を探している、もしくは廃業を考えているという情報を得るには、街の口コミに頼るほかありません。とはいえ人海戦術で街を歩き回って事業者を発掘するのは限界がありますよね。
そこで、広島中央エリアで「未来につなげたい店情報」を投稿してもらうキャンペーンも始めました。贔屓にしているお店の店主から「自分の代で終わりにしようと思っている」と聞いた常連さんが、「この店は無くなってほしくない」と思って投稿してくれたら、一つでも多くの事業を未来につなげることができるはずです。今後は、この輪を広めていきたいと思っています。
事業者のマインドを変えて、事業承継を街の文化に
呉の中心である中通、通称「れんがどおり」
――今回事業承継の成功事例ができたことで、今後は口コミや自ら声を挙げる店主なども増えそうですね。
そうですね。1年かけて1件の事例しか出なかったと思われるかもしれませんが、新しい取り組みは最初の1件の事例を生み出すところまでが一番時間がかかるんです。その後はどこかのタイミングで急カーブを描くように増えていく。だから最初の1年で1件の事例を作れたこと自体、大きな成果だと捉えています。
後継者不在問題はどの地域でも抱えている課題ですし、地域で暮らす人には無くなってほしくないお店が必ずあると思います。そういった、地域の名店を少しでも未来につなげていくために、オープンネームでの事業承継を文化にしていきたいですね。
自主的な承継を生み出した副次的な効果
実は今回、リレイでの事業承継には至らなかったものの、事業承継を前向きに捉えてくれた店主が自主的に別ルートで後継者を探した結果、事業承継に至った飲食店も生まれました。つまりこの事業は、店主や社長のマインドを変える役割も果たすと思うんです。
なぜなら、飲食店の中には「自分のお店が一つなくなったところで街に影響はないだろう」と考える方が少なくないから。開業した飲食店の10年生存率は5%程度なので、呉市で15年、20年と続いている飲食店は奇跡と言えます。
“自分の店に価値はある”と気づくことの意義
それだけ地域の人たちに支持されている事実を伝えると、少しずつマインドが変わり、事業承継を考えてくれるようになる。そうして街の風景が守られたら、これほど素晴らしいことはないと思っています。
それから、商店街は市民がチャレンジできる場でもあると考えています。個人が百貨店やショッピングモールに出店するのは難しいですし、ロードサイドに駐車場を構えて出店するのも大きな資金が必要になるので現実的ではありません。でも商店街の空き店舗を利用したら、低コストで自分のお店を持てるわけです。
後世に渡ってチャレンジの場である商店街というインフラは残すべきだと思うからこそ、事業承継を活性化させたいと思っています。
2025年度は人口減少の課題に挑戦するスタートアップを募集
――今回の取り組みに際して、役所内で壁になったことはありましたか?
呉市役所には新しいチャレンジを応援し、トライアンドエラーを許容する文化があるので、障害になるものはありませんでした。むしろ、関係する移住関連の部署などから「連携しましょう」という声が挙がっていますよ。
若者・女性が“住みたい・働きたい街”を実現するために
――今後の展開としては、ライトライトとの協業を進めつつ、他の課題解決にも取り組んでいくのでしょうか?
そうですね。スタートアップと協業することで、スタートアップの考え方やスピード感を学ぶことができ、世の中を変えていくんだという熱い思いに触れることになります。市役所が市民の生活を豊かにする、市民を幸せにするというミッションを実現するためにも、スタートアップのマインドを多くの職員に学んで欲しいので、今年度もThe Meetに参加することを決めました。
今回は人口減少という大きな課題への挑戦です。若者や女性にとって呉の街が住みにくい、働きにくい場所になっているのではないかという仮説のもと、若者や女性が働きやすく、成長や働きがいを感じるような取り組みができないかと考えています。
もう一つ、呉市内に優良な成長企業はたくさんありますが、なかなか気づいてもらえないという課題があります。それに気づいてもらえるような工夫やアイデアを募集したいと考えています。
「海上自衛隊・造船のまち」から次のステップへ
隠れたニッチトップ企業を可視化する工夫
――魅力的な企業を可視化して発信すれば、呉市に若者が残る可能性は十分ありますし、一度外に出た人が戻りたいと思ったときの受け皿にもなりますね。
そうなんです。呉市はニッチトップ企業が非常に多く、従業員数十人で日本の造船業、その他製造業を支えているといった企業が何社もあります。国内シェアだけでなく世界企業も複数あるのに可視化できていないのはもったいないですよね。
しかも、日本や世界にとってなくてはならない存在であるにも関わらず、組織が中小規模なので、やりがいや働きがいを得ながらいろんな挑戦ができるはず。成長機会は中小企業にこそあると思うので、呉市内で働きたい人が増えるような取り組みを実現できたらと思っています。今年度も、多様なスタートアップとの出会いに期待しています。
インタビュイー
久保 善裕氏 呉市役所産業部 商工振興課課長
1975年呉市倉橋町生まれ。県外の大学卒業後、民間企業勤務を経て、2002年旧倉橋町役場入庁。2005年市町村合併により呉市職員。議会事務局、商工振興課勤務(商店街・まちづくり・起業支援等)を経て2025年4月より現職。


