3月6日、欧州連合(EU)特別首脳会議に参加するためブリュッセル本部に集まった欧州理事会のコスタ議長(左)、ウクライナのゼレンスキー大統領(中央)、欧州委員会のフォンデアライエン委員長(右)。3月6日、欧州連合(EU)特別首脳会議に参加するためブリュッセル本部に集まった欧州理事会のコスタ議長(左)、ウクライナのゼレンスキー大統領(中央)、欧州委員会のフォンデアライエン委員長(右)。REUTERS/Stephanie Lecocq

前回寄稿では、ドイツが防衛費(およびインフラ投資)を軸とする財政支出の増額に向け、憲法改正のための国内協議を進めていることについて、同国の政治経済における歴史的転換点と位置付けて詳解した。

ドイツで防衛費の大幅引き上げに憲法改正が必要な深い理由。メルケル時代が今終わる | Business Insider Japan

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憲法で定められた連邦政府の借り入れ上限(債務ブレーキ)の例外適用範囲を拡大してまで防衛費の積み増しを急ぐドイツの姿勢は同国特有のものではなく、実は欧州連合(EU)の他の加盟国と歩調を合わせた動きだ。

EU加盟国がこぞって防衛支出増に動く現状やその背景を掘り下げる前に、その前提となるここ1カ月ほどの動きをまずは振り返ってみたい。

2月12日にアメリカのトランプ大統領がロシアのプーチン大統領と電話で会談して以来、侵攻を受けた当事国であるウクライナやそれを支援する欧州の同盟国の頭越しに停戦協議が進む懸念が高まっていった。

同月28日にトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスで会談した際には大統領執務室内で記者団を前に異例の口論となり、その数日後にアメリカはウクライナへの軍事支援を一時停止する事態へと発展した。

トランプ政権はさらに(支援停止の一環として)ウクライナとの情報共有も停止し、対ロシア防衛の継続が早晩困難になる局面にまで至った。

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こうした情勢変化の中で、欧州諸国の自衛意識もにわかに高まっていく。

アメリカのヘグセス国防長官は上述の米ロ首脳電話会談の直後、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を「幻想的な目標」と表現してその可能性を否定し、同時にウクライナの安全保障のために米軍を派遣する考えがないことを明らかにした。

ブルームバーグ報道(2月13日付)によれば、同長官は欧州が「安全保障に対してより大きな責任を負うべき」と主張し、アメリカと欧州の同盟国の「不均衡な関係」をこれ以上容認しないと語った。

同長官はそうした不均衡を是正する具体策として、トランプ大統領が繰り返し主張してきたように、NATO同盟国の防衛支出目標を現在の名目国内総生産(GDP)比2%から同5%へと引き上げるよう求めた。

実際のところ、欧州を含めた大半のNATO加盟国にとって、5%はあまりに高すぎる目標だ【図表1】。

【図表1】NATO加盟国の国防費。2015年(橙)と2024年(青)の名目GDP比を並べた。2024年は推計値。【図表1】NATO加盟国の国防費。2015年(橙)と2024年(青)の名目GDP比を並べた。2024年は推計値。出所:北大西洋条約機構(NATO)資料より筆者作成

とは言え、トランプ大統領が第二次政権発足後に関税措置をはじめ選挙中の発言を相次いで実行に移している現状を踏まえれば、欧州の同盟国としては何らかの具体的なアクションが必要と考えざるを得ない。

こうした展開になることは事前にある程度予見されていたものの、想定より前倒しでその時がやって来たとの認識が、多くのNATO加盟国にあるように思われる。

3月7日付のロイター報道によれば、ポーランドではすでにドゥダ大統領が名目GDPの4%以上を国防費に充てることを憲法に明記する案を議会に提示している。

また、ポーランドに続いて国防支出割合の高いエストニアも国防相が日本経済新聞の取材(1月28日)に応じた際、「2026年にも名目GDP比5%に引き上げる」との考えを明らかにしている。

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欧州再軍備計画を全会一致で承認

前節で述べたような緊迫した状況の中で開催されたEU特別首脳会議は3月6日、フォンデアライエン欧州委員長が提案した「欧州再軍備計画(ReArm Europe)」を全会一致で承認した。

EU全体で軍拡を進める歴史的な決断と言っていいだろう。

今回の特別首脳会議は、EU加盟国の集団防衛の基盤が引き続きNATOにあることを強調しつつ、6月開催予定のNATO首脳会議に向けて、EU加盟国が今回の合意に沿う形でそれぞれ国内における「調整」を進めるよう要請している。

ここで言う調整とは、端的に言えば(ユーロ導入国に財政規律の維持と強化を義務づける「安定成長協定」に示される)EUの財政ルールを例外的に適用しないので、加盟国は防衛支出の増加に向けて早急に検討せよ、という意味だ。

今回の合意に関しては、欧州の防衛強化に向けて最大8000億ユーロ(約125兆円)の資金確保を目指すとしたことが特に注目されているようだが、全体としては以下のような主要項目から構成されている。

財政規律の一時的緩和:加盟国の防衛支出増加を促すため、EUの財政規律を一時的に緩和し、4年間で6500億ユーロの支出余地を生み出す 欧州全域防衛のための融資:防空システムなどによる共同防衛体制の強化に向けた加盟国への融資枠として1500億ユーロを設定 既存予算の再配分:EUの既存予算を再配分し、防衛投資を促進欧州投資銀行(EIB)の役割拡大:同行の融資制限を緩和し、安全保障・防衛産業への支援を強化民間資本の動員:防衛産業への民間投資を促進し、資金調達元を多様化

合意した再軍備計画に加えて、フランスのマクロン大統領は同国の保有する核兵器による抑止力をEU同盟国に拡大する意欲を示した。ドイツの次期首相に就任するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のメルツ党首からも要請があったという。

現実問題としてフランスがアメリカの役割を完全に代替できるかどうかは別として、フランスにおける核兵器運用の最終決定権者であるマクロン大統領が、同国が実際に保有する核兵器で欧州全域を守るという方向性が(一つの提案として)示されたことが持つ意味は小さくない。

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本当に必要な資金を確保できる?

EUが今後確保を目指す総額8000億ユーロのうち、6500億ユーロは各加盟国が防衛予算を増額することで賄われる。

予算措置を円滑に実現するため、前節でも触れたように、EUの財政ルールを象徴する「安定成長協定」は棚上げされる。ドイツはすでにその動きに沿う形で自国の財政規律緩和に向けた政党間の調整を進めている。

再軍備計画の合意文書にも、「国家レベルでの防衛予算増額を促すため、安定成長協定の免除条項を発動するよう勧告する欧州委員会の意図を歓迎」と明記された。

一方、残りの1500億ユーロは欧州委員会が加盟国に提供する「防衛融資」に充当される。合意文書にもそう書かれた。ミサイルやドローン、防空システムなど欧州全域の共同防衛プロジェクトが融資の対象となる。

問題は、この1500億ユーロの融資枠の資金源をどこに求めるかだ。

まずは下の【図表2】を見てほしい。実際に発行された(または発行中の)「EU共同債」2種類の詳細について、各種資料を使って整理してみた。

【図表2】EU発行の共同債「緊急時の失業リスク緩和のための一時的支援策(SURE)」債および「次世代EU(NGEU)」債の詳細。【図表2】EU発行の共同債「緊急時の失業リスク緩和のための一時的支援策(SURE)」債および「次世代EU(NGEU)」債の詳細。出所:欧州委員会資料などから筆者作成

今回の防衛融資の財源としては、上記のいずれかの共同債発行に倣(なら)う可能性が考えられる。

一つは、新型コロナウイルス感染拡大により収入や所得に打撃を受けた労働者や自営業者を支援するために理事会で採択された「緊急時の失業リスク緩和のための一時的支援策(SURE)」の資金調達方式。

加盟国が国民総所得(GNI)の割合に応じて拠出した総額250億ユーロを保証とし、EUの高い信用格付を背景に、国際金融市場から最大1000億ユーロを調達する仕組みで、財政支援を必要とする加盟国が自国で直接借り入れるより低金利で資金を調達できる。

EUが加盟国に危機対応のための短期的な資金を融通するシンプルな構図の二国間融資で、それ以上の政治的意味はない。

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もう一つは、新型コロナ感染拡大による打撃からの景気回復に加え、次世代に向けて持続可能な経済への転換を目指す復興基金「次世代(Next Generation)EU」のための資金調達方式だ。

こちらはEU予算を裏付けとし、2026年までに総額7500億ユーロの発行が予定されている。過半を占める3900億ユーロは返済不要の補助金として資金を必要とする加盟国に割り当てられ、残り3600億ユーロは要返済の融資に向けられる。

この「次世代EU」債を通じて市場から調達した資金の返済については、EUが独自財源(税金収入)で補てんすることとされ、復興基金が創設された当初は念願のEU財政統合の一里塚として注目された。

短期的な資金融通を目指した「SURE」債に比べると長期的な視点に立った共同債発行で、その政治的意味は大きい。とは言え、現時点で予定されているのは2026年までの発行なので、EUの財政統合に向けたトライアル的なものと捉えるべきかもしれない。

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トランプ政権が欧州統合の「触媒」に

今回の計画において、1500億ドルは防衛「融資」であることが強調されており、それゆえに返済不要の補助金を含まない短期資金融通の「SURE」債に倣う可能性は低くない。

しかし、欧州全域の再軍備という(大規模かつ長期的な)目的を考えると、EU全体の予算を裏付けとする「次世代EU」債の方が親和性が高いように筆者には思える。

その場合、基本的には融資を優先しつつも、個別の財政事情を勘案した時に十分な防衛予算を確保できない加盟国にのみ、補助金を割り当てる可能性もゼロではない。

いずれにしても、防衛融資の財源として今後ユーロ圏の共同債が検討されるとすれば、EUが(財政統合という)然るべき方向に舵を切ったという意味で、また、筆者の専門である金融市場に新たな「安全資産」クラスが生まれる意味でも、ポジティブな動きと理解したい。

歴史をひも解けば、EUが大きな政治決断に踏み込めたのは、欧州債務危機やパンデミックといった極めて緊急性の高い外圧が押し寄せた時だけだった。

今回もやはりロシア・ウクライナ戦争とその延長上にある脅威がEUを動かした。もっと言えば、第二次トランプ政権が欧州統合を一段と促す「触媒」として機能しているというのが筆者の解釈だ。

もっとも、上で詳説した「次世代EU」債の発行に漕ぎ着けるまでは、加盟国間の交渉が相当に難航した経緯がある。

合意に至った際、当時のミシェル欧州理事会議長は「欧州全体がかつてない困難に直面する中で」「27のEU加盟国、そして欧州市民がこの長い道のりを走り抜き、強く、何より正しい結論を導き出すことができた」と語っている。

今回、一応の(加盟各国内の調整)リミットと考えられている6月のNATO首脳会議までそれほど時間があるわけではない。

意思決定のスピードを重視して、「SURE」債と同じように短期融資のための資金調達を選択し、EU全体として防衛予算の体裁を整えることを優先せざるを得ない可能性もあるだろう。

内輪揉めなどしている場合ではなく、アメリカやロシアが独断専行する中でいかにウクライナと欧州を守り抜くか、限りなく即時に判断せねばならず、一方でそれだけ緊迫した状況であるがゆえに一致団結するインセンティブは大きいとも言える。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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