日本を代表するジャズサックス奏者、渡辺貞夫が7年ぶりとなる新作スタジオ盤「PEACE」(ビクター)を出した。スタンダード曲とこれまで出した自作曲で構成したバラード曲集。その意図などを聞いた。 (編集委員 西田浩)「このサックスでいかにいい音を出すか。最近、そんなことばっかり考えています」と話す「このサックスでいかにいい音を出すか。最近、そんなことばっかり考えています」と話す 「60年以上前の新婚の頃、フランク・シナトラの『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』というバラード作品集を愛聴していて、いつの日かこんなアルバムを作りたいなと思っていました。積年の思いをようやく実現させたわけです」

 以前は、作曲家でもある自分のあるべき姿として、アルバムもコンサートも、すべて自作曲で固めることを原則としていた。しかし10年ほど前から、「世の中には素晴らしい曲がたくさんある。自作にこだわらず好きな曲を演奏したいという気持ちが徐々に膨らんできた」という。さらにロシアのウクライナ侵略など戦乱が絶えない世界情勢に触れ、「愛や平和への願いを込めたバラード集を出す機会」と考えた。
 ホレス・シルヴァー作の表題曲やJ・J・ジョンソンの「ラメント」などスタンダード曲は、「好きというだけでなく、過去の演奏例がさほど多くない、
手垢(てあか)
のついていない曲を選んだ」という。またシナトラらが愛唱した「ディープ・イン・ア・ドリーム」については、「何度も共演し、僕が最も影響を受けたサックス奏者、チャーリー・マリアーノが晩年にこの曲を吹き込んでいるが、素晴らしい演奏をしている。彼に対する敬意も込めた」と語る。
 一方、過去の自作曲は、「スタンダード曲に通じる普遍性のある魅力的な旋律を持つこと。そして原曲と異なる解釈で演奏することで、発表した時とは違った輝きを与えられるような曲」という基準で選曲した。例えばパティ・オースティンがボーカルを担当し、都会的なフュージョン・スタイルだった「オンリー・イン・マイ・マインド」(1989年)は、ふくよかなサックスの音色を生かし包容力を感じさせる曲調に仕立てた。 60年代にボサノバ旋風を巻き起こし、70年代にはフュージョンブームの立役者となった。世界的に高く評価される巨匠は、91歳になった今も精力的にステージをこなす。 目下、新作に伴うツアーに取り組んでいる。5月1日の東京・すみだトリフォニーホールでの公演には、新日本フィルが参加した。さらに「夏頃には70~80年代のフュージョン時代の曲を特集したコンサートを企画している」と、やりたいことは尽きないようだ。特別な場所で、特別な音楽体験 91歳にして各地でライブを繰り広げる渡辺貞夫。4月20日は「日本一、音がいいジャズ喫茶」と呼ばれる岩手県一関市の「ベイシー」=写真=でその音色を響かせた。同店は2020年のコロナ禍以降休業しており、特別な場所で、特別な音楽を体験する久々の機会となった。渡辺貞夫が公演したジャズ喫茶「ベイシー」(岩手県一関市)渡辺貞夫が公演したジャズ喫茶「ベイシー」(岩手県一関市) 開場少し前から、すでに店内は100人ほどがひしめいていた。ステージとなるわずかな空間がこじ開けられ、渡辺らバンドが登場。狭さゆえ、どこにいても楽器の生音が聞こえるぜいたくな環境だった。 奏でる音は「自然体」という言葉がぴったり。酸いも甘いも受け入れた音色が耳を捉えて離さない。往年のパワフルな演奏もいいが、今の姿をそのまま伝えるのがジャズなのだろう。 コロナ禍前、渡辺はこの店で頻繁に公演し、07年にはライブ盤「ベイシーズ・アット・ナイト」も出している。今回のライブは、店主の菅原正二に久々に店を開かせる機会となった。 菅原は休業中もレコードを回し、店に“火を入れて”いるそうで、演奏の合間には「日本一のオーディオ」からビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」のレコードも奏でられた。ジャズファンにとっては二重の意味で貴重な夜となった。(鶴田裕介)