八ちゃん堂の味を作り上げた妻の勝代さん(右)と川邊さん(本人提供)八ちゃん堂の味を作り上げた妻の勝代さん(右)と川邊さん(本人提供)八ちゃん堂創業者 川邊義隆さん〈4〉

 創業の地として人口が多い福岡市や北九州市で拠点を探したが、賃料が高くて断念。ほかの地域を探す中で、福岡県南部の久留米、大牟田、大川、柳川、八女、筑後市の人口を計算すると70万人を超えた。コンパスを使って中心地を調べてみると、瀬高町(現・福岡県みやま市)だった。

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 現地に足を運ぶと田園風景が広がっていた。「田んぼだらけのこの場所が人口70万人の中心地と考えると面白い。ここで始めよう」。廃屋のガソリンスタンドを安く借りて1976年11月、単身で移り住んだ。 資金に余裕はなく、小さな事務所の床に段ボールを敷き詰め、山岳部時代に使っていた寝袋で寝起きした。相棒の移動販売車は、18万円で買った中古の軽バン。改造してたこ焼き器を取り付け、軽快で明るいイメージにしようと外装は鮮やかな黄色にした。 77年2月、満を持して「八ちゃん堂」のたこ焼き販売をスタートした。信頼できるブランドのイメージを打ち出すため、一般的な品の5倍にあたる250円に設定。周囲は「そんなに高かったら売れんよ」と冷ややかだったが、「カステラなどの高級品に比べると割安で、老若男女に受け入れられる」と勝算はあった。 集客策にも余念がなく、今ではおなじみの宣伝ソングを事前に用意した。「ほんわか ふんわか ほんわかほい♪」と、車のスピーカーから流し、住宅地を走ると狙い通り注目を集め、近寄ってきた主婦や子どもたちから注文が相次いだ。 1 2

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