パリ五輪・パラリンピックでの活躍を誓う九州、山口、沖縄ゆかりのアスリートを紹介する。佐賀県を拠点に活動する車いすテニス選手で、2大会連続のパラリンピック出場を目指す大谷桃子選手(28)(かんぽ生命保険)に東京パラに続くメダル獲得への思いを語ってもらった。(聞き手・崎田良介)

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「パリパラリンピックでは、やりきったと思えるプレーをしたい」と語る大谷桃子選手(8日、佐賀市で)=佐伯文人撮影「パリパラリンピックでは、やりきったと思えるプレーをしたい」と語る大谷桃子選手(8日、佐賀市で)=佐伯文人撮影 ――パリ五輪・パラリンピックの開幕が近づいてきた。今の心境は。

 「もう少し時間が欲しいのが正直なところ。腰を痛めてここ半年ぐらい、まともに練習できていなかったので、その期間が惜しかった。大会に向けて無理をせず、体を作ることが重要になってくる」 ――関東から佐賀県の西九州大へ進学した。 「高校を卒業後、スポーツトレーナーになりたくて専門学校に行っていた。入学して数か月の時に病気で右脚の震えが止まらなくなり、動かない範囲が広くなって車いす生活になった。バリアフリーで、車で通学でき、何かスポーツもしたいと大学を探し、条件に合った西九州大に決めた」 ――車いすテニスとの出会いは。 「小学3年から硬式テニスをしていたので、大学に入る前に、父に勧められて車いすテニスの体験会に行ったことはあった。だけど、私の知っているテニスとは違うとすごく思って。最初はやろうとは思わなかった。大学にパラの陸上とアーチェリーの日本代表コーチがいらっしゃったので、どちらかをしようかなと思っていた」パリパラリンピックを見据えて練習に励む大谷桃子選手パリパラリンピックを見据えて練習に励む大谷桃子選手 ――その気持ちが変わったのは。 「ゼミの先生と車いすテニスのジャパンオープンを見に行く機会があった。体験会でお会いした選手も出場していて、もちろん『すごいな』というのはあったが、自分だったらこっちに打って、こうすれば決まるとか勝手に考えていて。そこでふっと、自分は車いすテニスをやりたいのかもしれないと気付いた」 ――テニス経験者とはいえ、やってみると難しい。 「テニスをしていなければ良かったとすごく思った。あと一歩で届くのにというのが多すぎて、健常の時と今の動けない自分を比べてしまうことが2年ぐらいずっとあった。手も障害が少しあるので同じ打ち方ができず、グリップの握り方を変えた。負けず嫌いの性格で頑張ってこられた」 1 2

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