房総の山間地でトンネルを掘って用水路を通し、米を作れるようにした「
二五穴(にごあな)
」が、千葉県立現代産業科学館の「伝えたい千葉の産業技術100選」に登録されたことを記念し、君津市役所で「二五穴」のミニ展示が開かれている。江戸時代後期に作られ始めたトンネルが、今も地域の人々の手で維持され、水田を潤していることに驚く人が多い。(丸山雅樹)
千葉県君津市松丘・亀山地区に多く残るトンネル状の用水路「二五穴」(君津市提供)千葉県君津市松丘・亀山地区に多く残るトンネル状の用水路「二五穴」(君津市提供) 「二五穴」は、トンネルのサイズがおおむね幅二尺(約60センチ)、高さ五尺(約150センチ)であることからついた呼び方。市立久留里城址資料館によると、市内には天保7年(1836年)に完成した総延長約10キロの平山用水をはじめとして、明治時代までに作られた二五穴のうち、6か所が今もほぼ全て使われ、3か所は一部が利用されている。

 同資料館学芸員の布施慶子さんは「二五穴が多く残る松丘・亀山地区は耕地が川よりかなり高く、水田を作れなかった。江戸時代の終わり頃、さらに標高の高い場所の細い川から取水するために傾斜したトンネルを掘り、谷は
掛樋(かけひ)
で渡すなどして水を引いて米作りが可能になった」と説明する。
 二五穴は隣接する大多喜町で先に作られ、平山用水などの工事には同町の穴掘り職人が活躍したという。このため、今回登録された「房総の二五穴群」の所在地は両市町となっている。トンネル状の用水路「二五穴」の説明を聞く人たち(10日、千葉県君津市役所で)トンネル状の用水路「二五穴」の説明を聞く人たち(10日、千葉県君津市役所で) 市役所の展示会場には、二五穴の写真や構造の説明図など約30点の資料パネルのほか、二五穴と同じサイズのセットを設置。内部にもパネルがあり、備え付けの懐中電灯を手に1人ずつ入って狭さを体感できる。 10日には解説会が開かれ、現役の二五穴「草川原用水」(1876年完成)を管理する草川原水利組合の元組合長榎本良和さん(69)が、二五穴の内部にたまった泥などを排出する「溝払い」の際に使うヘッドランプや防水服などフル装備で登場。体を斜めに向けて後ずさりしながら作業する様子を再現してみせた。 1 2

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