河野知事(左)とポーズをとる永田選手(県庁で)河野知事(左)とポーズをとる永田選手(県庁で) 宮崎県川南町出身の東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)スーパーライト級(63・5キロ以下)王者、永田大士選手(34)が2月、世界ボクシング機構(WBO)アジア・パシフィック王者との「王座統一戦」に勝ち、2冠を達成した。異なる2団体でアジア・太平洋地区のチャンピオンとなった遅咲きのボクサーは「世界チャンピオンを目指す」と更なる飛躍を誓っている。(金堀雄樹)

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 永田選手は川南町立国光原中卒。日章学園高でボクシングを始め、卒業後はオリンピック出場を目指して、自衛隊体育学校に進み、2012年に全日本社会人選手権で優勝した。ただ、翌年、右肘のけがをきっかけに一線を退き、一般自衛官として駐屯地に配属された。 一方で、ボクシングへの思いはあきらめきれなかった。現在も所属する三迫ボクシングジム(東京)で練習を重ね、退官後の14年にプロデビュー。引っ越し業などのアルバイトをしながら早朝や深夜に練習した。 20年に日本王者となり、22年12月にはOPBF王者になった。WBOアジア・パシフィック王者、井上浩樹選手との王座統一戦は今年2月、後楽園ホール(東京)であり、判定勝ちした。 日章学園高ボクシング部元監督で、日本ボクシング連盟理事の菊池浩吉さん(60)は引退危機を乗り越えての躍進に目を細める。菊池さんによると、永田選手は高校時代、戦績で目立つ方ではなかったが、「際立つ才能があったというより、人の何倍もトレーニングし、自分を律することができる選手だった」と振り返る。現在のスタイルについて、菊池さんは「気持ちで戦う選手で、あきらめず努力した姿勢が今につながっている」という。 永田選手は6月、韓国・ソウルで、WBOアジア・パシフィック王者としての初防衛戦に挑む予定。将来は拠点をアメリカに移し、世界一挑戦を模索するという。 4月、帰郷して県庁を訪れ、河野知事に2冠達成を報告した永田選手は「(子どもの頃は)打ち込むものがなく、周りに迷惑をかけたが、ボクシングに出会い変われた。あきらめずに突き進めば、いつか何かを生み出せる。感謝を忘れず、突き進みたい」と力強く語った。

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