「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。長井好弘の演芸おもしろ帖 2014年から現在まで、よみうり大手町ホールで催されている「落語一之輔」シリーズは、一人の落語家の定期的な独演会としては画期的かつご機嫌な試みである。 2014年にちょいと気の利いた居酒屋の座敷で、 「一之輔師匠、こんな会を考えていますが、いかがでしょう?」「うーん、よくわかんないけど、やってみますか」 そんなやりとりを始めた時にその場にいて、いまだにずっと関わり続けている僕は「画期的かつご機嫌な会だ」と固く信じているが、主役の一之輔自身は上記の会話でもわかるように表情や口調から真意を汲み取ることが難しいタイプの人だ。本当のところはどう考えているかわからない。だが、彼が遠い将来に「我が落語家人生」を振り返る機会があった時には、それまで無数にやってきた落語会の中でも最上位に来るべきものであると思うに違いないと、これもまた、僕は頑なに信じている。よみうり大手町ホールでの独演会は11年目に突入した。毎回のネタおろしが聴けるのは一之輔ファンにとって大きな楽しみとなっている(4月19日、初日の高座)よみうり大手町ホールでの独演会は11年目に突入した。毎回のネタおろしが聴けるのは一之輔ファンにとって大きな楽しみとなっている(4月19日、初日の高座)

 「落語一之輔」は2014年にスタートした。第1期の1年目は1日だけ、2年目は2夜連続、3年目が3夜連続というスタイルで、5年間で独演会を15夜、その中で15席のネタおろしをするという、壮大とも無謀ともいえるプロジェクトだった。題して「落語一之輔十五夜」だ。初めは確かに「とりあえず」な雰囲気もあったが、3年目あたりからエンジンがかかりだし、当初の目標通り、独演会もネタおろしも、一夜も欠けることなくやり切った。その成果はDVD BOXにもなった。 第2期は、「一之輔三昼夜」だ。年に一度、三昼夜にかけて集中的に独演会を開くというもの。ここでも毎回必ずネタおろしをやるというのが暗黙の了解となり、2020年から2022年まで続いた。 そして昨年から第3期の「春秋三夜」シリーズが始まった。これは「三昼夜」を二つに分け、まずは秋に三夜、次の年の春に三夜を行うというもので、ここでもまた、「毎夜一席ネタおろし」が話題になっている。ネタおろしは今や同シリーズの売り物だが、これだけ毎回やっていると、演者の一之輔のネタ選びが難しくなってくる。一之輔がまだ演じたことのないネタはたくさんあるが、その全部が全部「どうしてもやりたい」というわけではないらしい。現時点での一之輔の胸中は「やりたい噺はあらかたネタおろししてしまい、残っているのは、面倒臭い、面白くなさそう、自分に合わないのではないか等々、何かしらの理由があって後回しにしてきたものである」ということになるのではないか。もちろんこれは僕の勝手な推測だが、当たらずとも遠からずという感じがする。初の春三夜は弟子の高座に「ステテコ乱入」で始まった! そして今年4月19日から21日までの3夜で、「落語一之輔」では初めての「春の三夜」が幕を開けたのである。
 ★初日(4月19日)

 ・㐂いち  風呂敷

 ・一之輔  松山鏡

 ・一之輔  おせつ徳三郎・花見小僧

 ・仲入休憩(15分)

 ・一之輔  おせつ徳三郎・刀屋
高座の後ろにはぽっかりと月が浮かぶ。これも一之輔三夜ならではの風流な演出だ高座の後ろにはぽっかりと月が浮かぶ。これも一之輔三夜ならではの風流な演出だ 東京・大手町。よみうり大手町ホールの楽屋におなじみの顔が集まってきた。前座は一之輔門下の貫いちと、らいちの2人だ。高座の出番はないけれど、楽屋仕事は彼らがいないと回らない。このホールの楽屋は独特の構造で、舞台袖を出て楽屋に戻ろうとすると、自分達の楽屋が上の階にあるのか、下の階なのかがわからなくなる。ホールができてから10年、何度となく使っている僕も毎回のように迷うのだから、たまにくる出演者も悩みは同じだろう。だが、当会の代々の前座たちはこの複雑な楽屋を自分達の仕事場として熟知しており、クルクルと自在に動き回っている。 一之輔の盟友であり、毎回カメラマンを務めてもらっているキッチンミノルは、かつてのようなクリクリ頭はもうやらないのだろうか。さわやかで可愛かったのに(今がダメというわけではないが)。キッチン先生は出版社を立ち上げ、写真集を出版するなど、活躍の幅がどんどん広がっており、それと比例して髪の毛もかなり伸びてきた。大人のカメラマンとして成長が止まらないのである。 一之輔のプライベートはよくわからないが、今春、長男坊が某有名私立大学理系に進学したそうな。「両親がN大なのにねえ」と一之輔本人は首をひねっているが、今のN大は優秀である。ただちょっと一部の評判が悪いだけだ。 初日のトップバッターは、総領弟子の㐂いちだった。まくらで前日の自分の会に触れ、打ち上げの席に泥酔状態の一之輔が電話をかけてきて無茶な要求をしたと報告。その最中に、一之輔が高座に乱入して大笑いとなった。記念すべき「春の三夜」で初めて観客の前に姿を現した一之輔が、ステテコに肌着という粋な(?)姿であったのはいかにも彼らしい。
 その一之輔の一席目の登場は、先ほどのステテコ姿とは大違いの荘厳かつさわやかな空気に包まれていた。何かが違うと思ったら、
出囃子(でばやし)
がいつものとは違って、ビバルディの「四季・春」なのである。
 「ビバルディはもっと軽快な感じだと思っていたが、意外と荘厳なので驚いた。ビバルディさんも、そういうこと(自分の楽曲が落語の独演会で使われる!)を考えて作ってくれなきゃ」 まくらは「毎日欠かさず、日に何度も見ている」というNHKの朝のテレビ小説「虎に翼」の手放しの礼賛である。前回の「秋の三夜」ではひとつ前の朝ドラ「ブギウギ」を1時間近くも褒めちぎっていたような……。 「『ブギウギ』はBS、地上波、再放送、録画と1日に4回見た。去年の暮れに『来年3月で終わるんだ』と気がついて、まだ放送してるのに『ブギウギロス』になった。そして今春、本当に終わってしまい、その後番組が『虎に翼』だ。『何それ?』という感じで見てみたら、『虎に翼』、最高!(爆笑)伊藤沙莉、いいです。男装の山田さんもいい」 「虎に翼」を一度も見ていない僕は、途中から話についていけなくなった。 「『私は見ていないぞ』という人がいても構わない。俺はしゃべりたいんだ!」 ドラマはともかく、一之輔のただならぬ情熱だけはよくわかった。これだけの熱量で一つのことを語り続けることができるというのが、羨ましくさえ思えた。「松山鏡」は、生まれて初めて鏡を見た村人たちが巻き起こす珍騒動をほのぼのと描いたお話(写真は記事とは関係ありません)「松山鏡」は、生まれて初めて鏡を見た村人たちが巻き起こす珍騒動をほのぼのと描いたお話(写真は記事とは関係ありません) 長いまくらの後の「松山鏡」はあっという間に終わった気がする。実はこれが本日のネタおろしなのである。最後の場面で、不毛の夫婦げんかの仲裁に入る尼さんが90歳超のトンデモ婆さん。言動がすべてヨボヨボで、面白過ぎ。小品であっても、何か仕掛けがあるのが一之輔らしい。大ネタにドラマチックな演出が
 二席目の出囃子は、懐かしい小学唱歌の「
朧月夜(おぼろづきよ)
」だった。和洋のまるで趣が異なる春の歌が、この日のメインである春落語の大ネタ「おせつ徳三郎」を彩っている。
 二席目が「上」の「花見小僧」で、仲入休憩を挟んでトリが「下」の「刀屋」という通しの上演だ。「花見小僧」の掻き回し役、小僧の定吉が次々とベタなギャグを繰り出し、怒る旦那の横で、お店のかみさんが笑い転げている。喜んだカミさんが定吉に座布団を持ってきたり祝儀を切ったりする辺りは、一之輔も出演しているテレビ番組「笑点」の大喜利を思わせる。
 「刀屋」は、独特の演出だった。終盤、おせつと徳三郎が隅田川へ身を投げるが、ちょうど橋下を通りかかった船の甲板に落ちて命拾い。それを見て、ようやく追いついた父親が二人の結婚を許す。わけのわからないまま人助けをした若い船頭は、実は刀屋の失踪した息子であり、旦那が間に入って、刀屋親子も和解する。そしておせつと徳の婚礼の日、祝いを述べる刀屋に、大旦那が「刀屋さんのおかげで、二人は元の
鞘(さや)
に収まった」と返してサゲになる。終演後に一之輔に聞いたら、柳家
花緑(かろく)
のやり方だという。皆がやる「お材木(題目)で助かった」のサゲよりもよほど、ドラマチックではないか。

 ★中日(4月20日)

 ・朝枝   転失気

 ・一之輔  館林

 ・一之輔  馬の田楽

 ・仲入休憩(15分)

 ・一之輔  甲府い

 二夜目の開演前、僕は有楽町マリオンで開催中の「朝日名人会」に顔を出した。春風亭柳枝が「
愛宕山(あたごやま)
」を汗だくで熱演、満員の客席が大いに盛り上がった。次の出番の柳家三三が高座に座るなり、手拭いを出して周囲の床を拭き始めた。柳枝の汗が飛び散っているらしい。さっき盛り上がった会場が、今度は爆笑に包まれた。三三は「
質屋庫(しちやぐら)
」をみっちり語ったが、特にケレンを用いるわけでもなく、長い噺を普通に語って、観客を飽きさせない。

 プロデューサーの京須
偕充(ともみつ)
さんに挨拶するついでに楽屋をのぞくと、トリの出番の柳亭市馬がスタンバイしていた。その頃、落語協会の真打披露興行の真っ最中で、幹部が並ぶ披露口上の際、鈴々舎馬風が皆を巻き込んで行う名物ギャグ「馬風ドミノ」
(注1)
を、市馬がやっているらしいというので、本人に確かめてみた。
披露目の口上でおなじみのギャグ「馬風ドミノ」の後継者に名乗りを挙げた? 名前も「鈴々舎市馬風」にしようかな披露目の口上でおなじみのギャグ「馬風ドミノ」の後継者に名乗りを挙げた? 名前も「鈴々舎市馬風」にしようかな 「いや、あれは馬風師匠が出られない時に、場内を盛り上げようとしてやったんです。毎日じゃないですよ。それが新宿末広亭で、その後、浅草演芸ホールでの口上にも馬風師匠が出ないというんで、またやって。鈴々舎“市”馬風ですよ」 そんな話を聞いてるうちにも、「落語一之輔」の開演が迫ってきた。やむなくトリの高座を聞かずに、一之輔の会場へ(市馬師匠、申し訳ない!)。朝日から読売への移動である。ネタおろしは「馬の田楽」、田舎弁はお手のもの 二日目の開口一番は二番弟子の与いちのはずだが、春風亭朝枝が出てきた。何と代演である。この日の昼間、与いちと二人会をやったのだが、会の後に突然、与いちの声が出なくなった。ものすごいかすれ声で「アニさん、代わりに行ってくれますか?」と頼まれ、「(つられてかすれ声で)わかったよ」ということになったらしい。春風亭一朝門下の有望二ツ目だが、背中を丸め、上目使いで、まったく若さを感じさせない枯れた感じの「出」は、今時の人とは思えない。 一之輔の一席目のまくらは、NHKテレビ「鶴瓶の家族に乾杯」に出演したという話。 「実は初対面の人と話すのが苦手。僕には一番向かない仕事です」 そう聞くと、ちょっと放送を見てみたくなる。6月ごろのオンエアだと言っていたが……。 「館林」は、短くて中身がなくて何が言いたいのかわからないという、何とも不思議な話だ。当然ながら演者も少ない。「館林」という地名がタイトルになっているので、、地元から頼まれて演じることもあるようだが、実際に噺を聞いた地元の人は「……」という反応だそうな。味噌樽を引いてきた馬がいなくなった。馬方さんが探し回ると……「馬の田楽」はディープな田舎弁だけで話が進んでいく(写真は記事とは関係ありません)味噌樽を引いてきた馬がいなくなった。馬方さんが探し回ると……「馬の田楽」はディープな田舎弁だけで話が進んでいく(写真は記事とは関係ありません)
 この日は二席目の「馬の田楽」がネタおろしだった。これも演じ手が少ない噺。登場人物が全部田舎の人で、ディープな田舎弁だけで話が進んでいくし、テンポも独特なので、難しいのだろう。口演回数の多かった柳家小三治がいなくなり、これを得意ネタにしていた桂文生があまり寄席に出なくなると、あとは
桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)
ぐらいだろうか。しかし一之輔は満更でもないような顔だ。
 「実は田舎弁はやりやすいんですよ。年に一度、ラジオで架空の田舎の人になりきってMCをやるんです。架空の人だから言いたいこと言ってると、それを本気で信じて『何であんな人をMCに起用するんだ』とクレームが来たことがあります」
 トリは「甲府い」だった。最近流行り、というほどでもないが、若手がよくやっている。 さりげない人情噺とでもいうのか、登場人物が全員善人で嫌味がない。一之輔の演出では、豆腐屋が
颯爽(さっそう)
としている。ただ人情味があるだけではなく、口調もテキパキとしていて若々しく、見るからに江戸っ子なのだ。それが結婚騒動の時だけ「アホ」になるのが、また面白い。

 ★楽日(4月21日)

 ・いっ休 鰻屋

 ・一之輔 蜘蛛駕籠

 ・一之輔 花筏

 ・仲入休憩(15分)

 ・一之輔 百年目
 この日から一之輔は新宿末広亭昼の部のトリである。日曜日だから、早朝に長く続いているラジオの生本番もある(この日は寝坊して遅刻らしい)。それらをいつものように平然とこなして、いつものように疲れた顔でよみうり大手町ホールにやってきた。早朝の生ラジオ、末広亭トリ経由で千穐楽へ
 この日だけなら、僕も忙しさでは負けてはいない。朝の11時に新宿・京王プラザホテルで催された落語芸術協会の真打披露宴(主役は
雲龍亭雨花(うんりゅうていあめか)

山遊亭(さんゆうてい)
金太郎、三代目
松林伯知(しょうりんはくち)
)に出席。さまざまな関係者、芸人と挨拶を交わして途中退席。この時、フランス料理のフルコースは、まだメインのステーキが来ておらず、見事に食べ損ねた。それを知った同じテーブルの浅草木馬亭のおかみさんがくすくすと笑っている。実は先日の某パーティーでも途中退席をして、この時は肉も魚も食べ損ねており、おかみさんはその席にもいたのである。すべて僕のスケジュール管理の甘さが原因なのだが、最近はステーキに縁がない日々が続いている。

 新宿を後にして向かったのが、荒川区町屋である。駅のすぐそば、ムーブ町屋での「桂やまと独演会」のトークゲストを引き受けていたのである。この日の主役であるやまとは「試し酒」ともう一席、三遊亭圓窓・作の「
五百羅漢(ごひゃくらかん)
」という珍しい噺を演じた。迷子の親探しをする夫婦の温かくてちょっと切ない人情物語をケレンなく演じて、後味がいい。トークでは、もっとやまととやりとりをするべきなのに、つい調子に乗って、己がなぜ落語評論のようなものを書き始めたか、なぜ皆さん(この日の観客)は寄席に来ないのかと自分の思っていることばかりをしゃべり続けてしまった。
 そういうわけで夕方、この日3本目の「春の三夜」にたどり着いた時にはすでに疲れのピークに達していた。 一番手は、今年二ツ目に昇進したばかりで張り切っている、いっ休である。 前日の与いちのハプニングに絡めた第一声「喉の調子はいいです!」が大ウケ。してみると、連日お越しのお客さんが結構いるということか。
 一之輔の一席目は「
蜘蛛駕籠(くもかご)
」。人がいいのか悪いのかわからない茶店のオヤジ、話がくどい酔っ払いと、濃い客に振り回される駕籠屋コンビをテンポ良く描いて、短いながらも確実に笑いを積み上げていく。噺の登場人物の描写は相変わらず巧みだが、この日はまくらで語る実在人物=先輩のベテラン落語家の逸話も楽しかった。
 「林家種平師匠は、2年ぐらい先輩のうちの師匠(春風亭一朝)に『祇園祭、いいですか?』と頼んできた。浅草演芸ホール2階の稽古部屋で、『録音してもいいよ』『いいです』『録音しなよ』『いや、このままで』。一朝が一席やると、『やっぱりアニさんの祇園祭は面白いわ。ありがとう』と帰って行った。『えーっ、稽古じゃないの?』普通、先輩にこんなことしないですよ。でも愛されている種平師匠」
 二席目の「
花筏(はないかだ)
」がネタおろしだった。国技館の砂かぶりで見た、照ノ富士と
翔猿(とびざる)
の一戦。「照ノ富士に突き出された翔猿の体が俺の方に! 怖かったよー」というまくらから。噺自体はコンパクトに仕上げていたが、大関花筏の偽物である提灯屋が終始いい加減で能天気。それでも憎めないキャラクターになっているのが、いかにも一之輔落語らしい。
今シーズン5回目の「百年目」でフィナーレ 「春の三夜」の最後のネタは「百年目」だった。今年は「落語協会百年」にちなんで、寄席で連日、いろいろな噺家が「百年目」を演じたことなどもあって、口演回数が多い。一之輔は「リレーで演じたのも含めて、今シーズン5回目ですよ」。「笑点」のレギュラーにもなってますます多忙を極める一之輔だが「夏の三夜も聴きたい」と言ったら叱られるかなあ「笑点」のレギュラーにもなってますます多忙を極める一之輔だが「夏の三夜も聴きたい」と言ったら叱られるかなあ 一之輔版は、お店の番頭と旦那、二人のキーパーソンが共に若々しい。若くていかにも仕事ができそうな番頭だから、動きの鈍い店の者に対する小言はけっこうきつくなる。この噺の最大の見せ場は、番頭に対する旦那の、さまざまな思いがこもった説教だが、一之輔版はこの中に、番頭の修業時代に仲の悪かった小僧仲間の松吉とのエピソードが挿入される。ちょっとした事件で互いの真意を知って仲直りし、急速に打ち解ける二人。そして家庭の事情で店を去る松吉との悲しい別れ。それで発奮して仕事に打ち込み、やがて番頭にまで出世するという、ちょっといい話だ。この逸話のおかげで、隠れ遊びの現場を見られて意気消沈している番頭の株がぐんと上がるのだ。 「三昼夜より三夜の方が、数が少ないから楽だと思ったのに、『春の三夜』が終わったら、すぐに次にやる『秋の三夜』のことを考えなきゃならない。何だかなあ」と終演後も首をかしげる一之輔。 僕ら観客の立場で言えば、今までのシリーズが秋から初冬の開催だったので、秋冬のネタ中心だった印象が強い。今回は春のネタを堪能できたし、ビバルディの「四季」や「朧月夜」などの出囃子でも春を感じることができた。
 それならいっそ春夏秋冬でそれぞれ「三夜」をやればと提案したら、一之輔は顔を
顰(しか)
めながら「あのねえ」と言うかもしれない。そんな愛すべきしかめ面を見てみたい気もする。
(注1)真打ち披露などの口上の最後はたいてい落語協会最高顧問の鈴々舎馬風の挨拶になる。その時に、「ここにいる新真打を、あ、隅から隅まで~!」と歌舞伎役者のような見得を切って、隣の落語家をドンと突くとひっくり返る。その勢いで、もう一つ隣の落語家が倒れるというドミノ現象が起こって、ついには口上に上がった全員が派手にドタンバタンと転倒するのである。これを市馬がやるので「市馬ドミノ」とSNSなどで呼ばれているようだ。
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プロフィル
長井 好弘(
Nagai Yoshihiro

 1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。

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