アメリカのハーバード大学、ジュリアード音楽院をそれぞれ首席で卒業し、バイオリニストとして活躍する
廣津留(ひろつる)
すみれさん(30)。華々しい経歴を誇る彼女の原点は、幼少期の「英才教育」にあった。(読売中高生新聞編集室 隅谷真)

千葉明徳中・高の屋上にそびえる「ドーム型施設」、「わくわく止まらない」学校の目玉とは

4歳で「英検3級」バイオリニストでタレントの廣津留すみれさんバイオリニストでタレントの廣津留すみれさん
 「英語の指導者をしていた母の影響で、0歳から英語に触れてました。今でも記憶にあるのは、家の階段に一段ずつ英語の穴埋め問題が出されていたこと。そこに4枚の選択肢のカードが置かれていて、一段ずつ何が当てはまるか考えて、解いていくんです。2階に上がると、おやつやおもちゃがあって。ご
褒美(ほうび)
につられるかたちで、ゲーム感覚で英語を身につけていきました。

 だから、英語に苦手意識のようなものを感じたことはありません。母に英語の絵本の読み聞かせをしてもらい、それを覚えたら、今度は私の方が母に読んで聞かせました。そうやって英文を丸ごと覚えていたから、4歳のときには英検3級にも合格しました。母親に面接官役をしてもらって、部屋の入退室まで何度もシミュレーションしていたので、本番は全く緊張なし。楽しく試験を受けたことを覚えています」
 
バイオリンとの運命的な出会いも、母のひらめきがきっかけだった。 「2歳でバイオリンを始めているのですが、実は最初に弾いたときの記憶はありません。大人になって母に聞いたところ、私はハイハイを始めるのが早かったみたいなんです。それを見て、『リズム感がいい』と思って、バイオリンを習わせてみようということになったみたいです。小学校に入学したばかりの廣津留さん(本人提供)小学校に入学したばかりの廣津留さん(本人提供)
 子どもの頃、両親が友人を招いて自宅でホームパーティーをよく開いていました。外国人の方もたくさん来ていて、食事が終わると『バイオリン弾いてよ』と頼まれるんです。それに応えて演奏すると、みんなが『うまい、うまい』と
褒(ほ)
めちぎってくれる。それがとにかくうれしかった。人前でバイオリンを弾くことが楽しくて楽しくて、本格的にのめり込んでいきました」
多忙でも「勉強の手を抜きたくない」
 
バイオリン漬けの日々の中でも、生来の負けず嫌いな性格で、学業も一切、妥協はしなかったという。「小学生の頃から、放課後はすぐに帰宅してバイオリンを練習してました。週1回は地元・大分でレッスンを受け、月に1~2回は高速バスで福岡まで通って指導を受けました。バイオリンの練習で忙しいとはいえ、学校の勉強も手を抜きたくありません。当時、同級生にそろばんを習っている子がいて、とても計算が速かったんです。その子にかなわないのが、すごく悔しくて、家で百ます計算をひたすら繰り返していたのを覚えています。 テストなんかも、常に誰よりも早く解き終えたいと思ってました。『廣津留すみれ』という名前が長いので、いかに適当に書くかとか、0.1秒でも短縮する工夫を常日頃から考えてましたね(笑)。とにかく負けず嫌いで、ムダなことが大嫌いな性格は当時から全く変わってません」
 
中学に進んだ後も、バイオリンと学業の両立に全力を注いだ。中学生のときには、地元で開かれた「別府アルゲリッチ音楽祭」に最年少で出演した(本人提供)中学生のときには、地元で開かれた「別府アルゲリッチ音楽祭」に最年少で出演した(本人提供) 「中学生になっても、勉強とバイオリンに全力を注ぎました。時間をムダにしたくなかったので、授業の予習や復習はできるだけ効率よく済ませることを心がけてました。授業中は先生の目を見て、しっかり聞いて、その時間内に全部覚えてしまうぐらいのつもりでした。バイオリンの練習は毎日2~3時間、コンクール前になると5時間は弾いていたと思います。 バイオリンでは一つの区切りとなる出来事もありました。中学2年のときに出場した全国コンクールで、『聴衆賞』に選ばれたんです。演奏を聴きに来ていた人たちによって選ばれる賞で、『演奏を通して人を楽しませたい』という自分の思いが伝わったことを実感しました。これを機に、海外のコンクールに目を向けるようになりました」(つづく。次は「ハーバード大受験を決意」編です)

Share.