「30年前の本を掘り出して、
金襴緞子(きんらんどんす)
の帯をつけていただく。作家
冥利(みょうり)
に尽きる」
 10日に行われた2024年本屋大賞の贈賞式で、「超発掘本」に選ばれた作家の井上夢人さんはしみじみと語った。『プラスティック』(講談社文庫)の単行本は、1994年の刊行だ。良書を埋没させまいとする書店員の熱い思いが、この賞の本質だと改めて感じた場面だった。
 文字にすることで、忘却や風化に
抗(あらが)
う。小説の役割の一つだ。社会派ミステリーである葉真中顕『鼓動』(光文社)から、その思いが伝わってきた。公園でホームレスの女性が殺され、遺体が燃やされる事件が起こる。逮捕された男・草鹿は引きこもりで、高齢の父親を殺したことも自供した。女性刑事の奥貫は、女性の身元を調べる中で、社会のゆがみと
対峙(たいじ)
する。

 学校でオタクとからかわれ、就職でつまずいたことで人生が徐々に暗転していく。捜査と並行してつづられるのは、草鹿の暗い過去だ。一方で、女性の身元もなかなか判明しない。この2人の境遇と、自らが抱える後悔や
鬱屈(うっくつ)
を重ねていく奥貫の心情が、痛いほど響く。
 奥貫や草鹿、そして著者は、バブル崩壊後の不況の影響を受けた就職氷河期世代だ。この世代の苦悩と絶望がにじむのは、奥貫が登場する『絶叫』や『Blue』(いずれも光文社文庫)にも通じる。 ゆとり世代やZ世代に光が当たり、「ロスジェネ」という言葉は影が薄くなった。バブルや昭和末期の回顧がはやるのを見ると、平成中期もいつか、美化して語られる時が来るかもしれない。この時代の暗い影の部分を、エンターテインメントとして書き残す意義は大きい。気鋭の短編集
 今回は、気鋭の短編集に良作が目立った。坂崎かおる『
嘘(うそ)
つき姫』(河出書房新社)もその一つ。第2次世界大戦下のフランスを舞台に、戦禍を生き抜く少女たちを描いた表題作が白眉だ。そのほか、19世紀末アメリカでの“魔女狩り”をテーマにした「ニューヨークの魔女」、拡張現実を利用した育児体験キットを巡る「私のつまと、私のはは」など、幻想小説からSF作品まで粒がそろっている。
 著者の単行本デビュー作だが、極めて完成度が高く、何度もうなった。ぜひ今度は、長編を読みたい。
 神戸を舞台にした短編集である宇野
碧(あおい)
『繭の中の街』(双葉社)も印象深い佳品だ。異人館街周辺から物語が動く「エデンの102号室」から、港湾労働者が翼のある異種族とめぐりあう「プロフィール」まで様々な出会いと別れを、詩情豊かに、繊細に紡いでいく。
 「エデン――」で、波止場のシーンが印象的に挿入される。海に面して、異国情緒と文化が薫るこの都市は、震災という重い過去も背負う。地元出身の著者は、その多面的な顔を鮮やかな物語として描き出した。やみつきになるか? 最後に、ダン・マクドーマン『ポケミス読者よ信ずるなかれ』(早川書房、田村義進訳)は、まさにタイトル通りの怪作だ。私立探偵の登場や、外部から閉ざされた「クローズドサークル」、連続殺人など、おなじみの道具立てはそろっている。だが、物語はのっけから、ミステリーファンの思惑を外す。伏せ字付きの登場人物表や、ミステリーについてのエッセーも挿入され、予想外の方向へと読者を放り投げていく。
 料理で言うならば、珍味にして魔味。生真面目な読者には決してオススメできないが、癖が強い小説を好む人にはたまらない魅力があるだろう。万人受けしないことを承知の上で薦めたくなるのは、ひねくれ者の
性(さが)
だろうか。(文化部 川村律文)

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