高い国際競争力を誇る日本の製造業BtoB領域。工作機械や半導体製造装置、産業用ロボット、ファクトリーオートメーション、素材など、製造業のバリューチェーンを支える数多くの企業や世界シェア上位を占める製品群が、日本経済にとって非常に重要な存在であることは疑いない。一方で、マーケターが同じ分野の海外トップ企業による最新の取り組みや発信をスピーディー・包括的に知る機会はそう多くない。
本連載はそんなマーケターや企業のヒントになればと、海外のビジネスカンファレンスを10年以上にわたりウォッチしてきた電通の森直樹氏が、世界最大級の産業技術見本市「Hannover Messe 2026」を現地取材。Siemens(シーメンス)CEOのRoland Busch 氏とメルツ首相というドイツ経済界・政界トップによる基調講演を紹介した第一弾に続き、第二弾となる本稿は欧州産業テクノロジーを代表する「ビッグ3」の発信から、新フェーズに突入する産業AIの最前線をレポートする。
欧州ビッグ3が示す産業AIの「実装・拡大フェーズ」
ドイツ・ハノーバーで2026年4月20日から24日にかけて開催された世界最大規模の製造業カンファレンス「Hannover Messe (ハノーバー・メッセ)2026」。現地レポート第2弾は、前回CEOによる基調講演を紹介したSiemens(シーメンス:ドイツにある世界的な製造業であり製造テクノロジー企業)にSchneider Electronic(シュナイダーエレクトロニック:フランスにある世界的な産業機器企業)、Dassault Systèmes(ダッソー・システムズ:フランスにある世界的な産業用ソフトウェア企業)の2社を加えた「欧州ビック3」を掘り下げたい。
Siemensのプレスカンファレンスとブースツアー、Schneiderのブースツアー、Dassaultの基調講演とブースツアーを取材し、共通して感じたのは「AI、特に生成AIの取り組みをパイロットで終わらせない」という強い意志だった。産業AIが「戦略や構想」から「実装とスケール(規模拡大)」へと移行する分水嶺に立っていることを、欧州ビッグ3が示したのがHannover Messe2026だったと言える。以下、詳しく紹介しよう。
Hannover messe2026でひときわ目立つSiemensの大規模なブース。
Siemensは「AIを物理世界につなげる」と宣言
初日夜のプレスカンファレンスに登壇したのは、Member of the Managing Board/CEO, Digital Industries, Siemens AG のCedrik Neike氏である。Neike氏は、「AIを現実のものに。汎用から産業用途へ」を宣言し、AIに対するSiemens の立場を端的に示した。続いて、現在のAIを「瓶の中の脳 (Brain in a Jar)」と表現し、「賢いけれど物理世界に触れられないことが問題」であるとした上で、Siemensの役割は「その瓶を割り、AIを現場に接続すること」だと指摘。次の4つのステップによる戦略を提示した。
第一に、150を超えるAI搭載製品をSiemens Xceleratorに投入する。Neile氏はGPU内蔵産業用PC「IPC BX-54A」の実物を掲げ、Audiの溶接検査や、NVIDIA・Samsungのチップ設計を加速するEDA AIエージェント「Fuse」を例示した。
第二に、自社工場を「Customer Zero(カスタマーゼロ:自社を最初の顧客と定義)」として活用。ドイツ・エルランゲン工場で取り組む、これまで自動化が難しかった「プラスチック袋の箱詰め(硬い部品ではなく柔らかいもの)」をPhysical AIが判断しロボットアームが実行するデモを披露した。こうしたPhysical AIによる新しいロボットアームの拡張的利用は、「労働力不足に直面する顧客70%への現実解」になるという。
第三は、「Eigen Engineering Agent(設計・開発・製造プロセスを自律的に支援・実行するAIエージェント)」の取り組み。既に100社・90ヵ国で先行導入され、これまでの人力作業から2~3倍速・品質80%向上を実現しているという。
そして第四が、AI需要そのものを電力で支える戦略。新発表のSemiconductor Circuit Switch Breakerは、1GW級(原子力発電所1基分)のAIファクトリーで年間2600万ユーロの電力コスト削減を見込むという。「作り、使い、広げ、電力で支える」というSiemensの「垂直統合」の考え方を披露した。
「これでAIを瓶の外に出す」。Cedrik Neike氏がGPU搭載産業用PC「SIMATIC IPC BX-54A」を掲げ、Edge側へAIを実装するSiemensの「本気」を示した一幕。
Siemensの展示ブースで形状不定の布製品や靴をハンドリングする自律ロボット。
Schneider Electricは「工場を丸ごと『デジタルコア』化する」
Schneider Electricのブースツアーの内容を紹介したい。自らを世界80ヵ国・150の工場を持つ製造業として位置づける同社は、製造・物流改善システムSchneider Production System(SPS)の進化形としてグローバル・コンサルティングサービス「SE Advisory Services」を発表。自社工場を舞台に3年間で100のスマートファクトリーを立ち上げ、世界経済フォーラム(WEF)のLighthouse(製造業のDX・AI活用で世界トップレベルの工場を認定する制度)選定数で世界最多、Gartnerのサプライチェーンランキングで3年連続1位といった実績を武器に、コンサルティングとMES(Manufacturing Execution System:工場のラインをリアルタイムで管理・最適化するシステム)、OT(Operational Technology:工場やインフラの現場そのものを動かす技術・システム)のセキュリティ、SDA(Software Defined Automation:工場のラインや機器の制御を物理的な変更ではなくソフトウェアの更新で最適化する手法)をワンパッケージで提供する。メーカーとしてPLC(工場の機械や設備を自動で動かす制御用コンピューター)依存から脱却する方針を明らかにした。
Schneiderの展示は、200拠点でSDAを運用してきた自社ノウハウを基盤としたサービスや、Microsoftとの協業で進化したエージェント型「Automation Copilot」によって、欧州製造業の「標準プラットフォーマー」としてのプレゼンスを発揮していた。
Schneider Electronicのブース。
ブースツアーの様子。「センサーが油入変圧器の湿気侵入を検知し、現場の専門家へ即時アラート」。工場の電力ライフサイクル全体を示すSchneiderの世界観を凝縮した展示。
Dassault Systèmesは「『ちゃんとやれば』生成AIの成果は10倍に」と訴え
DassaultのEMEA Executive Vice Presidentである Florence Verzelen氏による基調講演のテーマは、ズバリ「Who will turn gen AI into industrial performance?」。生成AIを実際の産業の成果(生産性・利益)に変えられるのは誰か?と問いかけた。
Verzelen氏は、「88%の企業が生成 AIを導入するが、全社規模で成果を出せているのは5%未満、AIエージェントの実装は3%未満」と問題提起。その原因は「多くの場合においてパイロットテストの積み重ねで終わり、システム全体を俯瞰して捉える視点が欠けているから」と指摘した。
同氏によると、生成AI は バーチャルツイン(デジタルツインと同義に近い言葉)の中に埋め込まれて初めて、需要予測、規制対応、供給網の組み替え、ボトルネック解消といった業務価値に変わる。改善幅が10%では足りず、正しい場所で「ちゃんと」活用すれば、「10倍単位の成果を狙える」と主張した。Dassault Systèmes は講演全体を通して、AI がもはや効率化ツールではなく「次の産業基盤である」ことを強調した。
EMEA Executive Vice President, Dassault SystèmesのFlorence Verzelen氏。
Dassault展示ブースの様子。バーチャルツインを物理的に落とし込むのがAMR(自律走行搬送ロボット)とコボット(人間と同じ空間で作業できる次世代産業用ロボット)。Dassault Systèmesがオムロンと組み、システム全体像をフロアで再現していた。
システムとプラットフォームに「勝ち筋」見出す
アプローチは異なるが、3社に共通して浮かび上がるのは「System of Systems」という発想である。単体の賢いAIではなく、製品・工場・サプライチェーン・エネルギーまでを貫くシステム設計にAIを組み込むことが、生成AIを産業パフォーマンスに変える鍵だと力説していた。自社単体のプロダクトや要素技術を語るのではなく、全体のエコシステムに対して果たす役割を示す。テクノロジーを生業とする日本のBtoB企業の広報・ブランド発信のあり方としても、欧州の3社によるメッセージは示唆に富んだものであると言えよう。
(第三弾に続く)
