チェコのプラハで開催された「Open Source Summit Europe」の基調講演において、ドイツのミュンヘン市の最高デジタル責任者を務めるLaura Dornheim博士は、同市が10年以上前に政治的な理由から「LiMux」と呼ばれる「Linux」デスクトップの導入を放棄して「Windows」に移行したものの、現在は再びオープンソースソフトウェア(OSS)への移行を進めていると語った。

 ただし、今回の移行はLinuxデスクトップへの回帰を意味しているわけではない。少なくとも現時点では見送られている。その代わり同市は、インフラ基盤のプログラムをプロプライエタリーなソフトウェアからOSSに切り替える。例えば、「VMware」から「Proxmox」への移行し、「Jira」と「Confluence」を「OpenProject」や「XWiki」への切り替え、そして「Oracle Database」の代替としてのPostgreSQL」を採用している。

 インフラ基盤とコラボレーションツールの移行だけでも、年間でおよそ150万ユーロ(約2億7000万円)以上のコスト削減が見込まれている。

 これらのプロジェクトを総合すると、ミュンヘン市が最初に取り組んだLinux移行の取り組みと、現在の取り組みとの違いが明確になる。同市はLinuxデスクトップの全面導入を中核に据えるのではなく、実用的なメリットが得られる範囲で、プロプライエタリーなインフラ基盤の各レイヤーを個別に置き換える戦略をとっている。

 したがって、今回の取り組みは2003~2013年にミュンヘン市を“Linuxデスクトップの象徴的”存在とした「Debian/Kubuntu」ベースのLinuxデスクトッププロジェクトであるLiMuxの全面的な復活ではない。Dornheim氏は誰もが抱く疑問に触れ、「もしLiMuxが成功していたなら、なぜ今は存在しないのか。それは技術的な問題が原因ではないからだ」と述べた。では、何が変わったのか。

 Dornheim氏は、全ての原因は政治にあったと説明した。「公共部門におけるオープンソースの失敗は、技術的な問題によるものではない。大半は政治的な思惑と合致しなかったことが原因だ」。同氏によると、新政権の誕生に伴い、Microsoftにドイツ法人の本社をミュンヘン市に置くよう提案したためだった。

 同氏は、LiMuxから得られた教訓が技術的な優位性だけでは不十分だと語る。OSSプロジェクトには永続的な政治的支援が不可欠であるということだ。

LinuxのパイオニアからWindowsに

 ミュンヘン市の最初の取り組みは、「Windows NT 4.0」のサポート終了が迫っていた20年以上前にさか上る。2003年5月、市議会は独自開発のLinuxディストリビューションであるLiMuxへの移行を可決した。

 本格的な導入は2006年に開始された。2013年12月までに1万4800台以上のデスクトップでLiMuxが稼働し、移行は完了した。欧州委員会の「Open Source Observatory」によるケーススタディによると、Windowsからの離脱により同市は約1100万ユーロ(約20億円)を削減したとされる。

 LiMuxは、大都市であってもLinuxデスクトップやオープンソースのオフィスソフトウェアを運用できることを証明する代表例となった。同時に、複雑に拡大した行政のIT環境を変更することの難しさも浮き彫りにした。特に「Microsoft Office」の文書、従来型の業務フロー、PDFの利用、ユーザーの意識などが依然としてプロプライエタリーなシステムに依存していたためである。

 2014年の市議会選挙の後、政治情勢は変化した。2017年11月には市議会で方針の撤回が可決され、2020年を目標に端末のWindowsへの再回帰が決定した。オフィススイートの移行にはさらに時間を要し、「LibreOffice」から「Microsoft Office」への移行が完了したのは2023年のことだった。

 そのため、世間で語られるような「Linuxが失敗した」という事例ではない。技術ではなく、純粋に政治的な理由によるものであった。

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