イタリアの東洋文学・美術の識者であるバルバラ・ワシンプスさんの考察です

羽生結弦の最新創作プロジェクト鑑賞直後の感想

バルバラ・ワシンプス(2026年4月13日)

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換羽の時期がやってきたのに、私達は気付かなかった。

今年のNotte Stellataで、坂本龍一の『Happy End』に乗せて披露されたプログラムは、羽生結弦の表現形式の転機を予感させるものだったが、彼が私達のために用意していた新たな革命を、私達は想像することさえ出来なかった。この公演の第一部は弦楽器とフィギュアスケートの神々が全てそのブレードに封じ込められているかのように、非常に精巧で見事な滑りを見せてくれたが、それでも私達がこの後に辿り着く着く場所を暗示するものではなかった。

羽生結弦の競技選手時代とプロ転向後のキャリアを振り返り、表現の極致とも言える6つの濃厚なプログラムが披露された公演前半、REALIVE – an Ice story project の終了時、2度のオリンピックチャンピオンは過去に別れを告げ、感動と誇りに満ちた眼差しで観客の目をじっと見つめながら、四方に手を振った。観客はその眼差しを知っていた。2021年全日本選手権で『天と地と』の演技後に、同じ眼差しを目にしていたからだ。今日、アリーナに詰めかけた観客も、自宅で観戦した観客も、彼と共に、かつての自分自身に別れを告げる手助けをしたのである。

まるで脱皮した動物のように、休憩を挟んで登場した新しい結弦は、全く異なる別のスペクタクルを披露した。タイトルはPrequel – Before the WHITEと判明した。比類なき美しさに満ちた30分間。これを見るだけで、羽生はすでに現代アートインスタレーションの領域に足を踏み入れていることが分かる。最終的に、Before the Whiteは独立したプロジェクトであると同時に、Ice Story 4thのプロローグ(彼のキャリアにおいて2作目となる)であり、やがてやって来るIce Story 4thのタイトルは他の全ての色を内包する色、すなわち「白」、WHITEから始まることが明らかになる。

このプロジェクトの仲間、そして共同制作者は、ICE STORYの演出家で振付師のMikikoと、作曲家の原摩利彦だ。そして、この作品における羽生の相棒は間違いなく音楽であり、それは物語を彩る役割を見事に果たし、冒頭から終盤まで休むことなく観客を魅了し続けている。

一つ目の新たな点は羽生が この公演のための特別に作曲されたサウンドトラックを望んだことだ。正確には、当初は1曲だけでも、というつもりが、原氏がこのストーリーに魅了され、羽生が指で描くラインを眺めながら、彼が楽譜の草案に乗せて演じた時、氷上でどのような効果を生むかを想像し、最終的に全10パート(羽生の演技+映像パート)を全て作曲することになった。こうして実質的に一種の組曲が完成した。こうし織り上げられた音の生地の上に、羽生自身が奏でる物語が、ビデオインスタレーション、アニメーション、プロジェクションマッピング、そしてスケートに紡がれる複雑かつ力強い融合として展開される。前述のように、この作品はエンターテインメントの世界というよりは、むしろ芸術の世界に位置づけられるものだ。

公演終了直後に開設されたオフィシャルサイトで、MIKIKOは次のように語っている。

「羽生くんは音楽を聴き、頭の中で表現を深める時、耳で色を聴いているような、目で音色を見ているような、不思議な表情をします」。

羽生自身もこの解釈を裏付けるようにこう語っている。

「世界にはいろんな色があって、私たちは生きていく中で知っていく。それを成長と呼んだりもするのかなと、思っています。私たちが持つ、色を認識する細胞たちは、皆それぞれ違っていて、誰一人として同じ色を見ることができないのかもしれません。だからこそ世界はとても綺麗で、いろんな感情に溢れていて、それを知る喜びと、それらを共有し、分かり合える幸せもあるのではないかと思っています」

また、一問一答のセッションで次のように付け加えている。

「主人公がモノクロの世界から、徐々に徐々にその外の世界の色を知っていく。色んな出会いや、色んな旅路の中で、だんだんとその外の世界を知っていって、いろんな感情が芽生えてくる、みたいなストーリーにしたつもりです」

色という比喩が、人によって現実の認識が異なることを表しているという概念は、神経科学に関心を持つ羽生が以前から繰り返し明言し、単独公演GIFTにも取り入れていた:

彼はさらに、自分自身が人によって異なる知覚の鏡のような存在だと感じているとまで述べた。

「物を見る時、反射した光の波長が目に届き、脳がそれを処理して色として認識します。同様に、自分の演技や言葉から人が感じ取るものは、その人だけが目にすることができるものです。まるでその人自身の光が、僕という鏡や媒体を通して反射し、やがてその人が再び自分自身を見つめ直せるようになるように」
(引用:『孤高の原動力』フォトセッション|AERA、 2023年) 

日曜日の公演の終わりに、羽生は観客に向けて、主人公がシアン、マゼンタ、イエロー(CMYモデル)など、様々な色を発見していくと語った。原摩利彦は、彼のために強烈な音響効果を持つ楽曲を書き下ろし、それらを原色に基づいて展開させ、舞台効果と融合させている。 ソーシャルメディア上では、すぐに楽曲Magenta Paradoxに関連するある概念を考察する者が現れた:マゼンタは、単一の波長の光として存在しているわけではないが、私達はそれをはっきりと認識している。このパラドックスは、色が単なる物理現象ではなく、知覚であることを示している」

CMYKモデル、出典:Wikimedia

公演の感想

利府のセキスイハイムスーパーアリーナの暗闇の中、灰色の旅人の衣装をまとった羽生が荒涼とした世界に佇んでいる。一方、8面から成るジャンボトロンには、亀裂の走る惑星のようなものが映し出され、そこから登場した人物が徐々に形を成し、色を帯びていく。最初はマゼンタ色の滴から、青、赤、黄の光が次々と放たれていく。青、赤、黄色の光が交互に点滅する。これらの色は、最初にマゼンタ色の光が滴下されることで生成される。

羽生は、主人公である自身のアニメ版分身の感情を氷上で表現しており、この演目の2つ目の新しい点は、彼がナレーターではなくなったということだ。GIFT 以降の特徴であったナレーションは、エンドロールが終わるまで聞こえてこない。今回、その役を担っているのは音楽だ。一方、羽生は、一見視界から消えてしまったように見えても、決してリンクから離れることがない。これもまた新しかった点だ。全編を通して彼はストーリーに参加している。

青い髪の少年は、世界とその色彩を探求する旅の途中で、水晶のような姿をした存在と出会い、その存在は彼の相棒となる。 メディアが報じたあらすじによると、「少年はその水晶から『温かい光』を受け取る。やがて、水が荒涼とした荒れ地を流れ、草木や木々が芽吹く。少年が暮らしていた世界は、色鮮やかになっていく。

(・・・)二人は楽しそうに水中の世界やその他の場所を探索する。階段を一段一段登っていく。一歩一歩は小さいが、彼らは確かな足取りで、着実に登っていく。これは成長の階段だ。二人は水中にいるように見えるが、その階段は宇宙へと通じている。「宇宙空間でも、水晶のような存在は少年の前を歩いていた。」しかし、ある時、その小さな水晶は粉々に飛び散り、主人公は絶望しながらその破片を拾い集めようとした。

執筆時点では、登場人物の名前は不明であり、羽生自身がXに投稿した主なクレジットにも、アニメーションを担当した特定のアーティスト名は記載されていない。エンドロールによれば、Lunadigi(デザイン)、DotINK(モデリング)、CafeGroup(アニメーション)の作品であり、他の単独公演と同様、映像制作全般はGEEKPICTURESが担当している。

振付(これについては間違いなくアレッサンドラ・モントルッキオが記事を書くだろう)は、羽生×MIKIKOの共作である。Perfume が活動休止中である今、結弦とのコラボレーションがより重要な位置を占めるようになった可能性が高い。現時点ではまだ詳細は明らかになっていない。羽生はこのプロジェクトに関する情報を一切明かそうとせず、詳細は今後の出版物で適宜明らかにされるものと思われる。しかし、Still in Motionのクライマックスとなる場面で、彼はあることを明らかにした。これはリンクを舞台空間のように最大限に活用した唯一のセグメントであり、羽生は、上空から降り注ぐ巨大な布の帯(それらは「風」という要素を象徴している)を駆使した緻密な振付を披露する。羽生は、それらに立ち向かい、かわし、そして耐え抜こうとしているかのようだ。また、彼は全ての準備が整う直前までこのシーンのリハーサルが出来なかったため、とても緊張していたとも語っているまた、結弦とIce Storyで採用されてきたテクノロジーとの関係性は、更に精度が上がっている。それらは単に補完的または対照的な存在に留まらない。このダンス表現のジャンルによって、それらとの相互作用がますます深まっている。これは、Echoes of Lifeの第2部でも見られたことで、仮想映像や物体、さらにはドローンまでもを振り付けることに慣れているMIKIKOの特訓の成果である。

オリジナル楽曲 

数ある候補の中から原摩利彦を選んだ羽生結弦の慧眼に敬服する。原摩利彦は今まさに世界へと羽ばたこうとしており、イタリアの人々も間もなくその名を知るようになるだろう。4月30日に歌舞伎の世界を描いた李相日監督の映画「国宝 」がイタリアの映画館で公開されるからだ。「国宝」は日本の歴代最高興行収入の記録を塗り替え、原が作曲した音楽は、日本アカデミー賞で最優秀音楽賞および最優秀歌曲賞を受賞した。しかし、彼には、興味深い点が他にもある。原の従来とは異なる異色の経歴を持つ音楽家である。母校である京都大学のウェブサイトに掲載されたインタビューで、彼は中学生の頃に坂本龍一の音楽を聴いたことをきっかけに、音楽家になるという夢を抱くようになったと語っている。しかしその後、事情が変わり、別の分野を学んだ。それからずっと後になって、ようやく実験的な形で音と向き合い始め、電子音楽に取り組むようになった。2014年には、まさにその「教授」が彼を即興セッションに招待し、その後、2人は2022年のヴェネツィア・ビエンナーレで日本を代表するグループ「ダムタイプ 」のメンバーとして再び共演することになる。わずか1ヶ月前、羽生結弦と東北ユースオーケストラがNotte Stellata 2026で坂本龍一の楽曲を共演したばかりなので、これ以上説明する必要はないだろう。より実験的な楽曲で演じたいという想いは、この長いリハビリ期間を通じて羽生の中に育まれてきたものであり、坂本龍一の影響が彼の感性に深く根付いていることは明らかだ。

原摩利彦は、ポストモダン・クラシックからエレクトロニック・ミュージックに至るまで多岐に渡る音楽的経験を活かし、Prequel において、滑らかに連なり合う様々な情景と感情の層を創り出している。現代的な要素と印象派や交響曲的なモチーフ(Still in MotionとChroma)の交錯は、若き音楽家達の中に息づく教授のレガシーを物語っている。原はノイズ音楽を多用しつつ、それをより丸みを帯びた音と組み合わせることで、強い感情的なインパクトを与え、振付を引き立てる絶え間ない対位法を創り出している。 

一人のアーティストによって一から作曲された組曲の完成度と一体感により、作者である羽生は説明的な表現を必要としなくなり(前述の通り、彼のナレーションはもはや聞こえない)、同時に、より有機的な表現が可能となる。もはや新しいプログラムと過去のプログラムを組み合わせた物語を構築する必要はなく、彼自身が物語となり、彼に現れる色彩の反射によって生き生きと表現された主人公像を創り出すのである。一方で、物語をゼロから作り上げることができるという自由は、表現者である羽生にとって、自身の表現の可能性をさらに追求することを可能にしている。

Prequel のセットリストは以下の通りである:

映像 1:A Quiet Chaos
M1:Before the WHITE
M2:Magenta Paradox
映像 2: Realive Interlude
M3: Tiny Yellow
映像 3: Awaking
M4:Still in Motion
M5:Chroma
Ending:Hiss Coda
M6: Curtain Call

.To be continued

Prequel は、自分にとって最も大切なものを失った絶望を体現する羽生結弦の姿で幕を閉じる(これが、羽生が「水晶」というキャラクターの意味について明かした唯一の説明である)。その後、エンドロールが流れる。そして、エンドロールの最後には、次作Ice Storyへの伏線が示される。主人公は、冒頭で目にした世界と同様の崩壊する世界に飲み込まれ、やがて広大な白い空間に聳える美術館の前に立っている。To be continued. 

言うまでもなく、将来的にはIce Story 4th の拡張現実版が、坂本龍一がティン・ドラムやトッド・エッカートと共同で手がけ、2024年から世界中の美術館を巡回しているKAGAMIプロジェクトのように、どこでも容易に上演されるようになるだろう。無論、現段階では、あらゆる憶測が受け入れられると同時に間違いでもあるが、MIKIKO指揮による「Perfume」の最新インスタレーションを見れば、通常の写真展(しかもそれらは日本国内でのみ開催されている)とは異なり、羽生の偉大さに相応しい公的施設において、羽生結弦の三次元映像を実現するためのあらゆるノウハウが揃っていることが分かる。

羽生結弦は、これまでの道を捨て、新たな道へと進む。当然、それは彼が恐れていた挑戦だった。しかし、フィナーレの周回で観客が示した熱狂的な反応が、あらゆる懸念を払拭した。いつものように彼は正しかった。表舞台から離れて過ごしたこの長い期間、ダンスや彼が愛する分野、そして音楽を学びながら培われた彼の芸術的感性が、それを証明していた。羽生結弦はわずか数ヶ月で飛躍的な成長を遂げ、スケーターが芸術家としてもアスリートとしても認識されにくい日本のエンタメ(エンターテイメント)という表層的な世界に留まることを拒んだ。彼は束縛を振り払い、再びレベルを引き上げることで自らの地位を確固たるものにした。彼は己の感性に対する自信を改めて固め、他の日本の偉大な芸術家達が独自の輝きを放つ、より高尚な世界へと身を投じることを選んだ。一言で言えば、圧倒的だ。

換羽の時期がやってきたのに、私達は気付かなかった。でも今はそれが分かる。

GOATの第三章へようこそ!

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イタリアファンは少し前にグループブログを開設して、アレッサンドラさんのバレエ視点解析など、インテレクチュアルで学術的な記事の宝庫になっています。

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バルバラさんがこの記事を投稿したのは4月13日ですから、12日に世界配信の翌日ということになります。たった1日足らずでこれだけ咀嚼して解説出来ることに驚愕します。

私は公演を見た後、特に第2部は身体表現とスケーティングの美しさにただ恍惚としていて、内容を理解して解釈するには全く至っていませんでした。ディレイでもう一度見て、ようやく脳ではなく、心が、彼が伝えたかったことの輪郭を理解したという感じでした。実際、ディレイでは胸を締め付けられるような感情が湧き上がってきて、涙が溢れてきました。

GIFTの時、羽生君は提案された演出家の中から迷わずMIKIKOさんを選んだそうですが、彼の選択は(いつもの事ですが)これ以上ないほど大正解だったと言えます。羽生結弦×MIKIKOの総合芸術は回を重ねるごとに進化・深化しており、今後、パフォーミングアートの歴史を塗り替えていくのでしょう。GIFTの世界配信を観た時、文字通り圧倒されて唖然としましたが、MIKIKOさんの才能は凄まじく、アイデアの泉は底なしに見えます。

今回、チームに加わった原摩利彦氏もこれ以上ない人選でした。

彼の特徴である、旋律が曖昧で、重なり合う音の連続によって構成されていく音楽が演出と羽生君の身体表現と見事に融合しており、独特な世界観を作り上げていました。

4月末からイタリアの映画館で「国宝」が上映されていますので、先週イタリア人の友人と観に行ったのですが(建築家であるこの友人はこの映画がいたく気に入ってもう一度観たいいというので、今晩、再び観に行きます)、映画ももう一度見に行くぐらいですから勿論素晴らしかったのですが、音楽の生み出す効果が最高でした。特にクライマックスである、喜久雄と俊介が共演する「曽根崎心中」のシーンは、バックの長唄が途中から原さんの雄大なオーケストラ楽曲に変わり、2人の迫真の演技と音楽の持つ力に圧倒されました。

PREQUELでは一切のナレーションが排除されましたが、原氏の「雄弁な」音楽と羽生君の身体表現の化学反応によって、一言も言葉が発せられないにも拘らず、全編を通して強いメッセージ性がありました。

因みに、「国宝」で歌舞伎や能楽といった日本の伝統芸能にすっかり魅せられた友人の誘いで昨日、能面作家の能面師の宇髙景子さんの講演を聴きに行ったのですが、そこで語られた内容が、羽生君のスケートと共通するところがあったので、後日、気が向いたら書きたいと思います。

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