京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

春から初夏にかけ、京都の街が写真であふれる国際的なフェスティバル「キョウトグラフィー(KYOTOGRAPHIE)」が開催中だ。8つの国・地域から参加する14組のアーティストが、キュレーター、セノグラファー(空間デザイナー)、そして地元の職人やスタッフらとコラボレーション。普段非公開の歴史的建造物から現代建築のランドマークまでが、会期中のみ展覧会の場となる。

2013年にスタートした同フェスティバルは、1970年創設の南仏アルル国際写真祭にインスパイアされた。総来場者数は210万人を超え、昨年だけで約30万人が楽しんでいる。14回目を迎える2026年のテーマは「EDGE」。ものごとや社会の境界に存在する曖昧な領域に光を当て、社会的・歴史的な周縁や、写真というメディアが持つ「記録と表現」や「真実と虚構」のあいだに広がる可能性、実験的な視覚表現を探る。画像生成AIというテクノロジーの進化も手伝ってイメージが氾濫する現代、写真が立つ“臨界点”をも見つめ直す試みといえるだろう。

12会場14プログラムの全てに足を運んでみると、作品が放つメッセージの多様さと、そこから広がる問いと思考に何度も心揺さぶられた。できれば全てを詳細に薦めたいが、本記事では特に読者に訪れてほしいプログラムを厳選して紹介する。鑑賞チケットは、各会場・プログラムごとに現地またはオンラインで購入できる。

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

本展のキュレーションを担当した、チアゴ・ノゲイラ

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

半世紀を超えるキャリアを総覧できる機会
森山大道、リンダ・スターリング、アントン・コービン
森山大道「A Retrospective」
京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階

森山大道は60年以上のキャリアを誇り、世界的な評価を得ている。これまでにサンパウロやベルリン、ロンドン、ウィーンなどを巡回してきた大回顧展が「キョウトグラフィー」に合わせ、京都市京セラ美術館で実現した。チアゴ・ノゲイラ(Thyago Nogueira)のキュレーション、森山大道写真財団のサポートのもと、神林豊や町口覚、木村一也による協力などを得て、新たな構成で展開されている。

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階で開かれている森山大道「A Retrospective」から

展示室では、刊行されてきた写真集の数々を実際に手に取って読むことができる

森山はキャリアの初期から「写真とは何か」という根源的な問いに向き合い続けてきた。時代を代表するストリート・フォトグラファーとして国際的に高く評価されながら、カメラを手に日本社会を問い直し、画像が氾濫し消費されていくあり方について思索を重ねてきた。写真雑誌に掲載した作品にはじまり、次第に深まるフォトジャーナリズムへの不信、写真家の中平卓馬らプロヴォーク世代との関わり、そして写真集「写真よさようなら」(1972年)に象徴されるラディカルなアプローチにも取り組んだ。制作およびプライベートの危機を迎えた80年代を経て、カラーやデジタルでの表現へ。そして米寿を迎える現在も自費出版の雑誌「記録」の刊行を続けている。森山の圧倒的で圧巻の生きざまを強烈に体感できる空間だ。

京都文化博物館 別館で行われているリンダー・スターリングの「Linder: Goddess of the Mind」
から

京都文化博物館 別館で行われているリンダー・スターリングの「Linder: Goddess of the Mind」
から

京都文化博物館 別館で行われているリンダー・スターリングの「Linder: Goddess of the Mind」
から

「今の写真はありきたりなものであふれている。もっとおもしろい作品は作れる。」とリンダー

京都文化博物館 別館で行われているリンダー・スターリングの「Linder: Goddess of the Mind」
から

京都文化博物館 別館で行われているリンダー・スターリングの「Linder: Goddess of the Mind」
から

リンダー・スターリング
「Linder: Goddess of the Mind」
京都文化博物館 別館

リンダー・スターリング(Linder Sterling)は、50年以上にわたってパンクの精神を体現し、英国アートシーンにおけるフェミニズムの先駆者としても独自の地位を築いてきた。54年にリバプールに生まれ、70年代後半のパンクシーンから頭角を現し、現在はロンドンを拠点に活動。イギリスで最も影響力のある現代アーティストの一人だ。国の重要文化財に指定された趣きある空間で展開される本展は、2025年ロンドンのヘイワード・ギャラリーで開催された大規模回顧展「Linder: Danger Came Smiling」に続く日本初個展。フォトモンタージュやコラージュを大胆に駆使し、「切る」という行為を通して欲望や人体に対する概念に挑み再構築してきたシリーズの数々が紹介されている。

また友人である23歳のプロサッカー選手ミゲル・アゼース(Miguel Azeez)とのコラボレーションの様子や、これまでのキャリアについてリンダー自身が語る映像も会場で楽しめる。なお本展は、東京・銀座の「シャネル・ネクサス・ホール」へも巡回予定だ(6月25日~8月16日、出展作品は一部変更の予定)。

嶋䑓ギャラリーで開かれているアントン・コービンの「Presence」から

嶋䑓ギャラリーで開かれているアントン・コービンの「Presence」から

フォトグラファーのアントン・コービン

嶋䑓ギャラリーで開かれているアントン・コービンの「Presence」から

嶋䑓ギャラリーで開かれているアントン・コービンの「Presence」から

アントン・コービン
「Presence」
嶋䑓ギャラリー

稀代の写真家であり映画監督、映像作家のアントン・コービン(Anton Corbijn)は、1955年オランダ・ロッテルダム生まれ。半世紀以上におよぶキャリアを通じて、ミュージシャンやアーティスト、デザイナー、モデル、画家や文化人らのポートレートを撮影してきた。本展では、初期のポートレートから、イギリスの音楽雑誌「NME (New Mu-sical Express)」の専属フォトグラファーとして手がけた、錚々たるミュージシャンのポートレート、80年代にヨーロッパ各地の墓地で撮影した“セメトリー・シリーズ”まで、100点近い作品を展示。写真を通じて人間の深層心理や、存在のありかを明らかにしようと常に試み続けた、彼のまなざしと軌跡をたどることができる。

取材中、「写真は不完全であるからこそ人間らしさが宿るもの。だからデジタルではなく、フィルムで撮るのだ」と語っていたコービン。80年代後半から正方形で撮影できるフィルムカメラを使用しはじめ、現在もフィルムでの撮影を続けている。また、被写体を自らのスタジオに招くのではなく、自ら会いに行き、その空間で撮影することも大切にしているそうだ。表情やポージング、撮影されたシチュエーションをじっくり観察すると、被写体とコービンとの間に存在した、一瞬の空気までもが感じ取れるだろう。

大判カメラから生成AIのプロンプトまで
ドキュメンタリーとフィクションから写真表現を考察

重信会館で開かれているイヴ・マルシャン& ロマ・メェッフェルの「残されるもののかたち」から

重信会館で開かれているイヴ・マルシャン& ロマ・メェッフェルの「残されるもののかたち」から

重信会館で開かれているイヴ・マルシャン& ロマ・メェッフェルの「残されるもののかたち」から

重信会館で開かれているイヴ・マルシャン& ロマ・メェッフェルの「残されるもののかたち」から

イヴ・マルシャン & ロマ・メェッフェル
「残されるもののかたち」
重信会館

独学で写真を学んだフランス人写真家のユニット、イヴ・マルシャン(Yves Marchand)&ロマ・メェッフェル(Romain Meffre)は、20年以上前から廃墟や立ち入り禁止となっている景観、建築物群などを探し、撮影し続けてきた。米デトロイトや日本の軍艦島など、世界各国を訪れ撮影してきたが、直近では、記録写真や収集写真などに画像生成AIのプロンプトを組み合わせた手法の作品群を発表している。今回、膨大な手間と時間をかけ、現実のように見える廃墟と実際の風景とを重ね合わせることで、彼らが暮らすパリ、そして京都の街を“廃墟化”。ヤニック・パジェ(Yannick Paget)によるサウンドデザインが、作品世界への没入感を盛り上げている。

会場の重信会館は、昭和初期に建てられた東本願寺の関連施設。かつては学生寮などとしても使われていたが、現在は非公開。蔦に覆われた外壁や屋上、階段で行き来する各フロアと薄暗い地下はどこも雑然とし、無数の落ち葉や雑草、クロスがはがれ落書きされた壁、きしむ床の音まで、演出と思わずにはいられないほど作品にマッチしていた。

くろちく万蔵ビルでは、インフォメーションやショップのほか、公募型のコンペティション「KG+SELECT」ファイナリストの展示を開催

今年のグランプリに決まった、スリダー・バラシュブラマニヤム「マナルスザル(砂の旅)」

インスタレーションとしての完成度も高かった、ミラ・レイ・サラバイ「窓 Mado」は、イギリスの写真雑誌「British Journal of Photography」によるスペシャル・メンションに選出。誌面で特集が組まれる予定だ

2019年「KG+SELECT」でグランプリを受賞した福島あつしも、翌20年の「キョウトグラフィー」で展示を行い写真集を刊行。今年は「キョウトグラフィー」のプログラム「灼熱の太陽の下で」をygionで開催している

2019年「KG+SELECT」でグランプリを受賞した福島あつしも、翌20年の「キョウトグラフィー」で展示を行い写真集を刊行。今年は「キョウトグラフィー」のプログラム「灼熱の太陽の下で」をygionで開催している

「KG+SPECIAL」プログラムの一つ、中川ももの個展「The Art of Color」。2025年に「Dior Photography and Visual Arts Award for Young Talent」にノミネートされ、HOSOO LOUNGEで開催中だ

「KG+SPECIAL」プログラムの一つ、中川ももの個展「The Art of Color」。2025年に「Dior Photography and Visual Arts Award for Young Talent」にノミネートされ、HOSOO LOUNGEで開催中だ

「KG+」参加展示の一つ、小山真由子「香煙静」。自身初の展覧会で、たちのぼる煙をとらえた作品群を発表。香木や薬草、樹脂、香辛料、鉱物などの自然物からオリジナルの線香を製造販売する、サンガインセンス本店で

「KG+」参加展示の一つ、小山真由子「香煙静」。自身初の展覧会で、たちのぼる煙をとらえた作品群を発表。香木や薬草、樹脂、香辛料、鉱物などの自然物からオリジナルの線香を製造販売する、サンガインセンス本店で

「KG+」参加展示の一つ、文筆家の伊藤亜和が祖父の写真に詩をつけた「聖なる君を置き去りにして。」。世界各国のツーリストが行き交う、PIECE HOSTEL SANJOのパブリックスペースで展示

「KG+」参加展示の一つ、文筆家の伊藤亜和が祖父の写真に詩をつけた「聖なる君を置き去りにして。」。世界各国のツーリストが行き交う、PIECE HOSTEL SANJOのパブリックスペースで展示

「KG+」参加展示の一つ、XEN Shimozato「絹の輝き ー 陰と陽 ー」。絹の輝きを「陰」モノクロームと「陽」カラーの二つのエリアで展示した。江戸後期から続く織物の老舗 株式会社三笠が運営するスペースZOU別邸で展示

「KG+」参加展示の一つ、XEN Shimozato「絹の輝き ー 陰と陽 ー」。絹の輝きを「陰」モノクロームと「陽」カラーの二つのエリアで展示した。江戸後期から続く織物の老舗 株式会社三笠が運営するスペースZOU別邸で展示

若手写真家やキュレーターを発掘・支援する
公募型フェス「KG+」や関連イベントにも注目

「キョウトグラフィー」と同時開催されている、公募型のアートフェスティバル「KG+」。その目的は、これから活躍が期待される写真家やキュレーターの発掘と支援だ。今年は過去最多、100以上の展覧会が京都市内各所で行われており、協賛企業やパートナー企業が主催・共催で行う「KG+SPECIAL」の展覧会も併せ、いずれも入場無料で楽しめるものが多い。また「KG+」のアワード部門として2019年に始まった公募型のコンペティション「KG+SELECT」では、国際的な審査を経て選ばれたアーティストの作品を紹介。グランプリに選出されたアーティストは奨励金を受け、翌年の「キョウトグラフィー」で展覧会を開催できる。

このほかにも、5月18日までの会期中は、子どもからプロフェッショナルまで、幅広い層に向けた多彩なプログラムが開催予定だ。日本国内外から40以上の出版社やアーティスト、ブックメーカーなどが出店する「キョウトグラフィー フォトブックフェア」(5月9、10日。ロームシアター京都 パークプラザ 3F・1F野外特設ブース)や、出展アーティストから直接写真について学ぶことができる「マスタークラス・プログラム」、親子でユニークな芸術体験ができる「キッズプログラム」などが予定されている。

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