「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営・組織の悩みをもとに、坂田氏に話を聞きながら、同書の思想を現在進行形の課題へと引き寄せていく。
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日本企業は本当に
「従業員を大切にしている」のか?
――日本企業は終身雇用や手厚い福利厚生など、「従業員を大切にしてきた」と言われます。一方で、従業員エンゲージメントは世界的に見て非常に低い。このギャップをどう見ていますか?
まず疑うべきは、「大切にしている」という言葉の中身です。日本企業は確かに従業員を守ってきましたが、それは必ずしも、対等な関係を築いてきたという意味ではありません。
エンゲージメントの低さを「日本人の気質」や「文化の違い」で片づけるのは簡単です。
しかし、それでは何も変わりません。本質的な問題は、会社と従業員の関係性そのものが、長い間アップデートされてこなかったことにあります。
――ではエンゲージメントの低さは、どこから来ているのでしょうか?
経済産業研究所(RIETI)の調査では、人の幸福に影響を与える要因として、健康や人間関係に続き、「自己決定」が挙げられています。これは、所得や学歴よりも高い順位です。
そしてこの自己決定は、企業活動と最も深く結びつく要素の一つです。
ところが日本企業では、配属や異動、転勤といった重要な意思決定が、本人への十分な説明や選択肢の提示なしに行われることが、いまだに珍しくありません。キャリアは「会社が考えるもの」とされ、職種や働き方を自分で選べない状態が続いています。
自分で決められない状態が長く続けば、どれだけ安定していても、どれだけ待遇が良くても、エンゲージメントは下がります。
日本企業のエンゲージメントが低い理由を、個々の意識や姿勢に求めるのは適切ではありません。自己決定できない構造の中で働かされ続けていることが、大きな要因になっています。
日米の差は「厳しさ」ではなく
「対等さ」にある
――米国は解雇も多く、厳しい社会だという印象もあります。それでもエンゲージメントが高いのはなぜでしょうか?
米国企業が特別に従業員思いなわけではありません。むしろ、会社と従業員の関係は非常にドライです。
ただし、決定的に違うのは、会社と従業員が対等な契約関係にあるという点です。合わなければ契約を解消する。その前提があるからこそ、企業は常に「選ばれ続ける存在」であろうとし、従業員も自分の価値を発揮しようとします。
日本企業は、辞めさせないことで関係を維持してきました。
一方で米国企業は、選ばれ続けることで関係を維持してきた。この違いが、エンゲージメントの差となって表れています。
――とはいえ、日本企業にも簡単に変えられない事情がありますね。
最大の要因は「経路依存性」です。高度成長期に設計された、長期雇用前提の人事制度、年功的な評価、配置と育成が強く結びついた仕組み。これらは当時としては合理的で、日本企業の競争力を長く支えてきました。
問題は、それら制度の良しあしではありません。前提条件が大きく変わったにもかかわらず、関係性の設計だけが当時のまま残っていることです。
制度の部分的な見直しをいくら重ねても、会社と従業員の関係そのものを問い直さない限り、エンゲージメントは今後も上がらないでしょう。
これからのHRに求められるのは
「場づくり」
――対策として、多くの企業がエンゲージメントサーベイや施策に取り組んでいますよね。
行動を起こすこと自体は、良いことだと思います。
ただし、ここに大きな落とし穴があります。エンゲージメントを「測って改善する対象」として扱っている限り、本質には届きません。
問うべきは、「誰が」「何を」決めているのか。その意思決定の構造です。どれほど立派な理念や制度を掲げても、現場で自己決定できない状態が続けば、構想は空回りします。
エンゲージメントとは、施策の成果ではなく、関係性の積み重ねによって生まれる結果なのです。
――では、HR・人事担当者は何から始めるべきでしょうか?
私は、これからの人事の本質は「場づくり」だと考えています。
雇う側と雇われる側という上下関係ではなく、パートナーとして関係を再定義すること。そのために、どこまでを会社が決め、どこからを個人に委ねるのかを曖昧にしないことが重要です。
さらに言えば、これからは従業員同士の関係性だけで事業を完結させる時代ではありません。
社外のプロフェッショナルや外部パートナーと、どのような関係性を築くのか。その「場」の設計が、社内の関係性にも直結します。
――最後に、HR・人事担当者に伝えたいことは何でしょうか?
制度改革に着手する前に、一度立ち止まって考えてほしいのです。
自社は、従業員から「選ばれ続ける」関係性を本当に築けているのか。守っているつもりで、決める権利を奪ってはいないか。安定を与える代わりに、自己決定を手放させていないか。
『戦略のデザイン』で繰り返し問いかけているのは、構想と実行を切り離すのではなく、現実に即した一歩から関係性や「場」をつくり直していくという姿勢です。
エンゲージメントとは、数値で管理するものではありません。それは、会社と従業員の関係性が生み出す「結果」です。その関係性を更新できるかどうか。それこそが、これからのHRに問われている戦略なのだと思います。
――ありがとうございました。
坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。
【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】

『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』
◎バリューチェーン、SWOT分析などのフレームワークを覚えても、「価値ある戦略」は立てられない。では、どうするか?
◎「構想力・イノベーション講座」で人気の戦略コンサルが「場づくり」の時代に必要となる新しい戦略の立て方を初公開。
◎これからの戦略立案に必要なのは、「変化を見極め、柔軟に刷新し、ゴールへの道筋を動的に描き直す力」=「戦略デザイン力」だ。
◎あなたのビジネス戦闘力を飛躍的に高める「戦略デザイン力」を身につけよう。
◎コンサルタントはもちろん、経営者&取締役、経営企画、新規事業開発担当から現場マネジャーまで、すべてのビジネスパーソン必読の1冊!
戦略は経営陣や経営企画室だけが考えるものではない。現場の一人ひとりが主体的に考え、創り上げる時代。企業と消費者が価値を共創する「場づくり」が重視される現在、どうすれば課題を解決する戦略を描けるのか? 第一線で活躍する戦略コンサルタントで「構想力・イノベーション講座」人気講師の坂田幸樹氏が、「場づくり」の時代を生き抜く新しい戦略の立て方=「戦略デザイン力」についてわかりやすく解説する。
【目次】
はじめに すべてのビジネスパーソンに「戦略をデザインする力」が求められる時代
序章 なぜ、戦略をデザインするのか?
【Part1】視点のデザイン
レッスン1 ユーザの本質的なニーズを把握する
【問1】この戦略の先に、誰の笑顔がありますか?
レッスン2 未来から現在を逆算する
【問2】この戦略が実現することで、10年後の世の中はどう変わりますか?
【Part2】価値のデザイン
レッスン3 創造的統合で新しい価値を生む
【問3】この戦略によって提供される新たな価値は何ですか?
レッスン4 戦略の起点を問い直す
【問4】この戦略をあなたの会社がやるべき理由は何ですか?
レッスン5 ターゲットを設定する
【問5】この戦略はどの顧客層や市場セグメントをターゲットにしていますか?
レッスン6 価値の実現可能性を高める
【問6】この戦略を実現するための具体的な道筋は整っていますか?
【Part3】仕組みのデザイン
レッスン7 価値創出のビジネスモデルを設計する
【問7】この戦略には、どのような価値を生み出す仕組みが備わっていますか?
レッスン8 必要なリソースと能力を確保する
【問8】この戦略をやり遂げるために永続的に人材を確保する仕組みはできていますか?
レッスン9 ヨコの関係でエコシステムを築く
【問9】この戦略を実現するために誰と、どのような仕組みで実行していきますか?
レッスン10 失敗から学ぶための仕組みづくり
【問10】この戦略が失敗した場合、組織として何を学び、どのように次につなげますか?
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