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東日本大震災において、津波と原子力災害による甚大な被害を受けた福島県浜通り地域。来年で震災から15年を迎えますが、復興はいまだ途上にあります。しかし、街の再建や新たなコミュニティづくりといった取り組みによって、一歩ずつ着実ににぎわいを取り戻しつつあります。前編では、災害の惨状を伝える施設とともに、浪江町の取り組みをご紹介しました。後編では、若いパワーが光る大熊町、交流イベントが盛んな双葉町に迫ります。

(大熊)若いパワーで町を動かす

浜通り地域のなかでも、復興の進捗状況や方針は、自治体によって大きく異なります。今の大熊町の特徴は、若い世代の居住者が多いこと。町内人口約1000人のうち、およそ7割を移住者が占めているためです。

その大熊町で今年6月、新たに農業と食の複合施設「FUN EAT MAKERS in Okuma」がオープン。IT企業を親会社にもつ株式会社コネクトアラウンドが、IT技術を生かした新たな農業ビジネスを実現するための拠点です。施設では、リーフ野菜やトマトを栽培するほか、浜通り地域の食材を使用した加工品の製造や販売も行っています。施設長を務める菅原正平さんもまた、若い世代の移住者です。「震災当時は東京で暮らしていて、移住してくるまで、『沿岸地域はかわいそう』という一面的なイメージしかありませんでした」と明かします。しかし移住してみると、その印象は一変。「主体的に町を前へ進めようとするバイタリティにあふれた方が多く、驚きました。FUN EAT MAKERS in Okuma の事業にも、積極的に関心を寄せてくださいます」。提供する飲食メニューに対するフィードバックや、施設を会場にしたイベントの提案もたくさん寄せられるのだとか。

「福島第一原子力発電所がある地域での農業は、風評被害と常に隣り合わせです。ここで栽培する農作物の評価を高めることで、大熊町全体の風評被害払拭につなげたい」と、事業を通じた地域への思い、そして現在進める障がい者雇用にも意欲をみせます。

(左)大熊町大野駅西側に誕生した産業交流施設CREVAおおくま(右)FUN EAT MAKERS in Okumaの水耕栽培の様子

菅原さんと同じく若い世代の移住者である谷田川佐和さんも、この町のバイタリティにひかれた一人。「当時進めていた事業がコロナ禍で停滞したときに、ふと以前訪れた大熊町を思い出しました」。谷田川さんはそれまでに2度大熊町へ足を運び、「1度目と2度目のときの違いに目を見張った」と言います。「初めてのときと2度目のとき、街並みも雰囲気も人々の様子も全然違った。若い世代を巻き込みながら前進を続ける町の姿が、そのとき足踏みを余儀なくされていた谷田川さんの心を動かしました。

谷田川さんはその後大熊町に移り住み、現在は大学生を町に迎えて地域の産業を伝える取り組みを行っています。「SNSなどの影響なのか、今の学生には『こうあるべきだ』と生き方に正解があると思っているように感じられます。被災地には、地元を離れた人、帰ってきた人、移住してきた人、さまざまな選択をしてきた方がいます。大熊町に来てもらうことで、生き方の正解は人それぞれ違うと伝えたいですね」。

取り組みに参加した学生のなかには、大熊町に移住した方もいるのだとか。「すぐに移住を決めてほしいとは思っていません。ただ、移住先を考えるときに、選択肢として大熊町を思い浮かべる人が増えればうれしいですね」と語りました。

(左)菅原 正平(すがわら しょうへい)さん (右)谷田川 佐和(やたがわ さわ)さん

(双葉)交流イベントで町の賑わいを取り戻す

双葉町は、県内で最も長い間町内全域への避難指示が出されていた町です。2022年8月に一部避難指示が解除されようやく復興が本格化するなか、地域住民の交流の促進を目的に、イベントなどを企画・運営する「ちいさな一歩プロジェクト」が立ち上がりました。UR都市機構のほか、地元のまちづくり企業が参画しています。

双葉町に隣接する大熊町出身の小泉良空さんは、2021年に浜通り地域に戻り、ちいさな一歩プロジェクトの参画企業の一員として、イベントの企画などに携わっています。「一時は、何十年も人が住めないといわれていた町に、少しずつ人が集まり、明かりが灯りはじめています。帰ってきた当初は自分に何ができるか、正直自信がありませんでしたが、今は町にとって重要な局面であるからこそ、何でもチャレンジしたいと思っています」。力を入れている取り組みの一つが、キッチンカーが出店する食を通じた交流イベント「ふたば飲み」です。「双葉町では平日は仕事のために町内にとどまり、週末になると町外の自宅に帰るという方が多いです。あえて平日の夜に開催することで、多くの方にお越しいただいています」。これまでに9回以上開催し、最近では100~300人ほどの老若男女が集います。

来場者の増加に伴い、双葉駅前のほかに、複合施設「双葉町産業交流センター」も会場に加わりました。施設の指定管理責任者を務めるのが、高野雅夫さんです。「施設やイベントの様子を見ていると、人の流れが変わってきていると感じます。もともと復興事業に携わる就労者をサポートするのが目的で開設されたのですが、近年では小さいお子様をお連れの方や海外の方もみられるようになりました」。ちいさな一歩プロジェクトでも、施設で行うイベントの運営や企画に携わっています。直近では、施設の屋外でショートフィルムを上映する「ふたばシネマ」を企画。無事に多くの来場者を迎えることができました。「施設の管理でもプロジェクトでも、どうやって交流人口や関係人口を増やしていくか思い通りに進まず頭を悩ませることも多いです。でも双葉町には、ちいさな一歩プロジェクトに携わっているメンバーをはじめ、同じように町の活性化に向けてがんばっている人が大勢いる。そういう仲間が近くにいると私自身も身が引き締まります」。

(左)小泉 良空(こいずみ みく)さん (右)高野 雅夫(たかの まさお)さん

ちいさな一歩プロジェクトの展開について小泉さんは、「関係者をもっと増やしたい」と話します。「今後はふたば飲みの出店者の方にも、イベントに対する意見をいただきたいと考えています。誰かがではなく、みんなで双葉を盛り上げるという雰囲気を醸成したいです」と意気込みます。

コワーキングスペースなどが入っている駅前の地域活動交流拠点FUTAHOME

(UR都市機構)町の一員として、関係人口創出へ

UR都市機構は、東日本大震災の被災地において、道路や公園、住宅や施設の整備といったハード面と、地域コミュニティの再生といったソフト面で、岩手県、宮城県のほか、福島県浜通り地域のうち特に浪江町、大熊町、双葉町の3町を支援しています。地元の方々と直接向き合ってお話しするなかで、名前を覚えていただいたり、イベントで頼っていただけたりと、町の仲間として接してくださる方が多く、やりがいを感じます。

復興を進めるうえで今後重要なのは、定住や一時的な観光とは異なる形で、継続的に地域と関わる関係人口を創出することです。そのためには、震災から現在に至るまでの浜通り地域の歩みを、その背景や過程にある葛藤も含めて丁寧に発信し、多様な方々に「関わりたい」と思っていただくことが必要です。

まずは今一度地域の皆さまとも意見を共有しながら、ハードとソフトの両面からまちづくりを支援できる我々の強みを最大限に発揮し、地域の仲間として共に歩んでいきたいです。

(左) UR都市機構 河田 成夢(かわだ なるむ) (右)UR都市機構 原 楓里(はら ふうり)

キモチ、あつまるプロジェクトとは

 

UR都市機構が主催し、福島県浜通りの原子力災害被災地域で復興に携わる方々と出会い、フィールドワーク等を行う学生向けの現地ツアー。地域の方々との交流を通じて、復興に向けた自身の行動を考える機会となっています。

福島県浜通りって?

13の自治体からなる、福島県の東部地域。東は太平洋、西は阿武隈高地に囲まれ、1年を通して温暖な気候が特徴です。

 

福島県浜通り地域 それぞれが見つめる未来【前編】<PR>

 

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