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2025.05.20


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英EU関係再構築の第一歩
~離脱協定の部分的な見直しで合意~



田中 理

◇ 英国がEUを離脱してから約5年。英国とEUは19日の首脳会談で、漁業アクセス、農産品輸出、防衛協力、人的交流、パスポート検査の簡素化、エネルギー市場などの分野で、離脱協定を部分的に見直すことで合意した。今回の合意による英国の輸出拡大などの経済効果は限定的だが、英EU間の関係改善に向けた第一歩となる。今後、両者は合意内容の具体化を進めるとともに、更なる関係改善や離脱協定の見直しに向けた検討を重ねる。

2020年1月31日に英国が欧州連合(EU)を離脱してから約5年4ヶ月、2021年1月1日の移行期間の終了から約4年5ヶ月が経過する。離脱に当たって英EU間で交わした離脱協定の部分的な見直しを協議していた英国とEUは18日の首脳会議で、漁業、農産物、防衛・安全保障、若者の交流、パスポート検査、脱炭素とエネルギーの分野で新たな取り決めで合意した。合意した内容は以下の通り。

【漁業】

離脱後にEU漁船に認められている英国海域への漁業アクセスを2038年まで12年間延長する。島国の英国は周辺に豊かな漁場を持ち、EUに加盟していた際には英国以外のEUの漁業者にも、EUの漁獲枠の一環で英国海域での漁業アクセスが認められていた。

英国はEU離脱時にEUに割り当てられていた25%の漁獲枠を取り戻したが、2026年にはこの取り決めが失効する予定だった。

英国は引き続きEUとノルウェーとの間で毎年の漁獲枠を定め、免許発行を通じて自国海域での漁業者を管理する。

合意とは別に、英国政府は漁業者を対象に、新たな技術や船舶の近代化に充てる3億6千万ポンドの基金を創設する。

【農産物】

英国がEU向けに農産物や加工食品を輸出する際、EUの食品安全基準の適合検査や検疫検査などが軽減される。

英国とEU間の動植物の出荷時に行われる国境検査の大半を廃止する。

新たな取り決めでは、英国は欧州司法裁判所が監督するEUの関連規則に従わなければならないが、同様の国内規則を整備・維持し、EUの貿易に損害を与えない場合には、この限りではない。

【防衛・安全保障】

英国とEU間の防衛・安全保障協定を締結する。

英国とEUの当局者は半年毎に定期会合を開催し、制裁措置の調整、情報共有、宇宙の安全保障などの分野で協力する。

英国を拠点とする防衛企業も、EUが防衛企業に融資を提供する総額1500億ユーロの欧州安全保障基金(SAFE)を利用可能にする。

【若者の交流】

具体策は今後さらに精査するが、英国とEU間の若者の交流を強化する。

対象人数や免除期間に一定の制限を設けるが、英国とEUの若者が双方で自由に仕事や旅行をできる制度を設ける。

EU内の大学などに最長1年間留学し、その資金をEUが援助する「エラスムス+」プログラムへの英国学生の参加を求めて協議している。

【パスポート検査】

EU加盟国が個別に判断するが、英国の旅行者はEU内のより多くの空港で、EU市民と同様に電子入国審査ゲートを利用可能となる。

英国の旅行者がペットを同伴する場合の獣医による証明書を免除する。

【脱炭素とエネルギー】

英国とEUは排出量取引制度を連携し、2026年から本格適用されるEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)による英国企業への打撃を軽減する。CBAMとはEU域外国との脱炭素対策の違いによる炭素リーケージを防止するため、生産過程における排出量に応じて課金する炭素税の一種。

EUの関連規則に従うことを条件に、英国企業がEUの共通電力市場での直接売買を可能にする協議を開始する。

英国でEUとの関係改善を目指す労働党政権が誕生し、ウクライナ情勢の混迷継続や米トランプ政権の誕生で英国とEU間の協力関係の再構築の必要性が生じるなか、両者は離脱協定の部分的な見直しで合意した。労働党政権はEUの単一市場や関税同盟への再加入に否定的な立場を崩しておらず、今回の合意内容は英国のEU市場へのアクセスを劇的に改善させるものではない。

英国とEUは離脱後も相互に関税ゼロを維持したが、通関手続きや動植物の検疫検査が必要となったほか、英国とEUの双方で関連規則に適合する必要が生じたこともあり、企業のコストや事務負担が増加し、円滑な輸出が困難となるケースも散見される。また、離脱後にEUルールが適用された北アイルランド(英国を構成する4つのカントリーの1つだが、EU加盟国のアイルランドと陸続きで国境を接しているため、EUルールが部分的に適用されている)と英国本土(イングランド、ウェールズ、スコットランドの残りのカントリー)との間で、一部で円滑な物流に障害も生じていた。

今回の合意では、主に英国側の懸案事項だった食品や動植物輸出のEU市場へのアクセス改善と引き換えに、EU側の懸案事項だった英国海域での漁業アクセス継続で合意した。離脱時に政権を率いていた保守党からは、市場アクセスと引き換えにEUルールを受け入れ、EUに対する降伏であるとの批判も出ている。また、英国の漁業者からは、EUの漁業者による英国海域での漁業アクセスが恒久化しかねないとの懸念も浮上している。農産品の市場アクセス改善やエラスムス+への参加などに伴い、英国がEUに対してどの程度の財政負担が発生するかは明らかとなっていない。

今回の合意による英国の輸出拡大などの経済効果は限定的だ。政府の試算によれば、今回の合意を通じて2040年までの英国経済を90億ポンド近く押し上げるとするが、これは英国のGDPの0.2%程度に過ぎない。短中期的な英国の景気判断を劇的に変えるものではないが、英EU間の関係改善に向けた第一歩となる。首脳会談後に英国のスターマー首相は、「今こそ前を向く時だ」、「陳腐な古い議論や政治的な争いから脱却し、英国国民にとって最善となる常識的で実践的な解決策を見出す」と発言し、合意のメリットを強調した。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長も「今回の合意が歴史的な瞬間である」、「英EU関係の新たな章を開く」と評した。今後、両者は合意内容の具体化を進めるとともに、年1回を予定する定期首脳会談の開催を通じて、更なる関係改善や離脱協定の見直しに向けた検討を重ねる。

以上



田中 理

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