パンダ4頭 “全頭返還” の衝撃 パンダのまち白浜の今後は?



「本当に…白浜からパンダいなくなってしまうのか」

ファンの深いため息が続いています。

4月24日、和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド」が飼育している4頭すべてを中国に返還すると突然発表。

町は今、返還前にパンダをひと目見ようという観光客でにぎわっています。

その一方で、観光の柱としてきたパンダがいなくなる事態に衝撃が広がっています。

「パンダに会える観光地 白浜」はこの先どうなるのか。

そして再びパンダはやってくるのか。

(和歌山放送局 ディレクター 吉田伊織 記者 伊藤敬一郎 / 大阪放送局 ディレクター 木村光佑)



返還間近の4頭はいま

現在、和歌山県白浜町で飼育されているジャイアントパンダは4頭。

母パンダの「良浜」

その子どもの「結浜」、「彩浜」、「楓浜」


中国への出発を前にした「検疫期間」として、屋内の展示施設に隔離されています。

パンダに接触できるのは保健所の許可を得た限られた飼育スタッフのみ。

健康状態の確認が慎重に行われています。

飼育スタッフ陣内郁佳さん
「外と中で服を着替えて、病気を持ち込まないように消毒は徹底して行っています」

来場者もこれまでのように屋外の展示場でのびのびと過ごすパンダの様子は見ることができなくなりました。

駆け込みパンダでにぎわう

「白浜からパンダがいなくなる」

返還の発表以降、パンダに会いたいという人たちが白浜に駆けつけています。


大阪方面からの特急「くろしお」がとまる白浜町の玄関口、JR白浜駅。

目立つのはパンダのグッズを身につけた人たちです。


JR西日本は、パンダ需要に応えようと特急の一部の列車を、通常の6両編成から9両編成に増やしました。

また、東京・羽田空港と南紀白浜空港を結ぶ定期便は、乗客が急増。

和歌山県によりますと、定期便の乗客数は4月と5月は過去最多だったということです。

パンダのまち白浜

パンダは飼育しているテーマパークだけでなく、白浜町や和歌山県全体に人を呼び込む大切な観光資源として大きな役割を果たしてきました。


白浜にパンダが来たのは今から31年前の1994年。

それから2000年代に入ると、ほぼ2年おきに赤ちゃんパンダが生まれ、白浜は「パンダに会える観光地」として知られるようになりました。


赤ちゃんパンダの相次ぐ誕生を可能にしたのは、このテーマパークが培ってきた高い飼育技術です。

これまでに楓浜を含めて17頭の子どもが生まれています。

中国以外の動物園での実績としては世界一です。


子どもたちはの名前には「浜」がつけられたことから、いつしか「浜家」と呼ばれるようになりました。

動物の保全活動に詳しい旭山動物園の元園長、小菅正夫さんはこの高い飼育技術を絶やすべきではないと指摘しています。

旭山動物園 元園長 小菅正夫さん
「白浜のテーマパークの飼育技術は地球規模のレベルで、ジャイアントパンダを保全していくという観点で非常に大きな意味があると思います」

こうした中、和歌山県も2011年に観光PRのキャラクターとしてパンダをイメージした「わかぱん」を誕生させるなど、パンダブームを後押ししてきました。

当時の和歌山県知事 仁坂吉伸さん
「パンダのしぐさやかわいさは、世界中から人を呼び込む力がありました。和歌山県には数々の観光資源があるが、パンダはとても有力な観光資源のひとつ。活用しない手はないと思いました」

全国からパンダファンが…
たびたび遠方から白浜に訪れるリピーター客も多くいます。

東京都在住のパンダファン、松田和之さんです。


17年前から白浜に通い続け、これまで撮りためてきた写真は50万枚以上。

白浜で生まれた赤ちゃんパンダの一頭ずつの成長記録をまとめたフォトブックも20冊以上制作してきました。

松田和之さん
「赤ちゃんパンダの魅力にとりこになりました。特に双子のパンダが遊ぶ姿が本当にかわいかったです。何度も行くことで、赤ちゃんの時代から大きくなっていく、成長を追っていくことができるのが通い続ける原動力でした」


行きつけの白浜の旅館では、パンダの写真展を開くまでになりました。

しかし、松田さんはパンダが全頭返還されたら「習慣」になっていた白浜通いは…。

松田和之さん
「パンダがきっかけで白浜に何度も足を運ぶようになり、白浜を第二のふるさとのように思っていますが、パンダがいなくなってしまうと、足は遠のくだろうなと感じています」

返還でパンダグッズは?

地元の観光関係者からはパンダがいなくなったあとを心配する声が相次いでいます。


白浜町で土産物の企画や卸売りを営む山崎充博さんはパンダの姿をあしらったクッキーなど、パンダにちなんだお菓子や雑貨を販売しています。

以前は、和歌山が収穫量が日本一の梅に関する商品を多く扱っていましたが、パンダ人気の高まりとともに取り扱う商品も一変。

パンダ関連の商品が増えていき、今ではおよそ40種類にのぼります。

山崎充博さん
「かわいいパンダがパッケージに載っていると、商品を手に取ってもらいやすくなりました。商品を企画するときの「頼みの綱」のような感じで頼っていた側面があると思います」

パンダいなくなるという突然の事態。

パンダ関連の商品の販売は、今後も続けたいと考えていますが、先が見えないといいます。

山崎光博さん
「新たなパンダ商品も企画中だったのですが、返還の発表を受けていったんは見送ることになりました。全頭いなくなる、ゼロになるというのは考えもしなかったです。今後どうなるのかなという不安があります」

宿泊施設も危機感広がる

宿泊施設からも不安の声が上がっています。

パンダで飾った部屋を設けたり、宿泊とテーマーパークの入園券をセットにした商品を販売したりと、パンダを見にくる観光客を積極的に取り込んできたからです。

5月に開かれた旅館やホテルで作る組合の総会では「パンダが返還されたあと」を議題に、経営者などが意見を交わしました。

「『パンダのまち白浜』というのがすごい短くてインパクトがあって、それにあぐらをかいてたというようなところもあった」

「白浜は非常に危機感を持っているということを訴えたいと思います」

組合では、パンダ返還後の観光振興の具体案を話し合う委員会を立ち上げて、協議していくことにしています。

白浜温泉旅館協同組合 沼田久博 理事長
「パンダがいなくなった後の白浜というのをもういっぺん見直して、持続可能な観光地になっていけるようなことを考えていきたいなと思っています」

再びパンダが来る可能性は?
白浜のパンダ4頭の返還で、7月から関西にはパンダがいなくなります。

そして、白浜に再びパンダがやってくる日は来るのでしょうか。

中国の「パンダ外交」に詳しい東京女子大学の家永真幸教授は可能性はゼロではないと指摘します。

東京女子大学 家永真幸 教授
「中国側が白浜の繁殖実績を高く評価していることは間違いない。ただ、パンダの貸与は中国国内の政治的な案件でもあり、主導権はあくまで中国側にある。これまで全頭返還した国でも再び貸与されたケースはあるので、白浜の実績を考えれば、再びパンダがやってくる土壌はあると言える」


アドベンチャーワールドは、この30年間、パンダ担当の飼育スタッフが毎日細かく体調の記録をつけ、17頭の誕生に成功するなど、知識と技術を蓄積してきました。

「1994年にスタートしたジャイアントパンダの保護共同プロジェクトは、去年9月に30年という大きな節目を迎えた。プロジェクトの継続とさらなる貢献のため、中国側と協議を続けて参ります」と、引き続きパンダの貸与を求めていくとしています。

飼育スタッフの一人は「長年かけて積み上げてきた技術をここで絶やすことなく、今後につないでいきたい。再びパンダの飼育に携わりたい」と強い思いを語りました。

取材後記

白浜といえば、パンダ。

そのイメージが定着した背景には、パンダの飼育を支えるスタッフや、地元を盛り上げようと取り組んできた観光関係者の30年にわたる地道な積み重ねがあります。

しかし、冷静に見れば、パンダが白浜にいた根拠は「貸与」というあくまで「一時的な」もの。

多くの人に「かわいい」と言わせる圧倒的な魅力と、その存在基盤の不確かさとのギャップに、多くの人たちがとまどいを感じているように見えます。

今回の返還で「パンダのまち 白浜」は大きな節目を迎えます。

温泉や海水浴場など多くの観光資源に恵まれる白浜町。

新たなパンダがまた来るのかが見通せないなか、どう対応していくのか。

その歩みに注目していきたいと思います

(6月13日「かんさい熱視線」で放送予定)

和歌山放送局 ディレクター
吉田伊織
令和2年入局
お父さんパンダ「永明」の返還に続き、2度目のお見送り番組を制作

和歌山放送局 南紀田辺支局 記者
伊藤敬一郎
令和3年入局
おととし夏からパンダ担当
動き回る「楓浜」は撮りがいがあった

大阪放送局 ディレクター
木村光佑
令和3年入局
学生時代に上野動物園でシャンシャンを見たときからパンダのとりこに

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