1. 発表のポイント

土星衛星エンセラダス※1 では凍った表面の下に地下海が存在し、生命にとって重要な多様な成分や生命を育みうる海底熱水環境※2 が存在していることから注目を集めている。本研究では、生命に必要な微量の金属元素の地下海での濃度や振る舞いを実験と計算から推定した。

水中の微量金属の濃度は海水と岩石の間での化学反応により決まり、特にコバルトや銅といった一部の金属の濃度は、エンセラダスの地下海で非常に低くなりうることが明らかになった。

エンセラダスの地下海では、生命に必要な他の成分が豊富であったとしても、一部の微量金属が不足するために生命の活動は制限されている可能性がある。今回、地球外の海における生命に必要な微量金属について初めて実験によって検証した。



図1

図1 土星衛星エンセラダス内部の想像図。表面の氷の層の下には地下海があり、海底は岩石で構成されている。表面には割れ目が存在し、地下海から海水が噴き出している。海底には海底熱水環境が存在していると思われる。海底の岩石からは様々な成分が溶け出しているが、生命に必要な金属は溶け出しにくく、不足している可能性があることがわかった。


※1

土星衛星エンセラダス

土星の第2衛星。エンケラドゥスまたはエンケラドスとも呼ばれる。氷に覆われた表面の下には、液体の水の地下海と岩石からなるコアがある。

※2

海底熱水環境

海底下で地熱により水が加熱され、海中へ噴出している環境。


2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)超先鋭研究開発部門の丹秀也 Young Research Fellow、渋谷岳造主任研究員らは、東京科学大学地球生命研究所 関根康人教授との共同研究により、土星衛星エンセラダスの地下海では、生命にとって重要な金属元素が不足している可能性を明らかにしました。


土星衛星エンセラダスは内部に液体の地下海をもち、生命存在可能な条件を満たす天体として注目を集めています。本研究では、エンセラダスの地下海での化学反応を再現した実験と計算により、生命に必要な微量の金属元素の挙動を調べました。その結果、生命に必要な成分のうちコバルトなどの一部の微量金属が不足することで生命活動が制限されている可能性が明らかになりました。本研究により、地球外の海での生命必須の微量金属の挙動を、初めて実験的に検証することに成功しました。


本成果は、「Journal Geophysical Research: Planets」に3月19日付け(日本時間)で掲載されました。本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:22K21344, 23H00144, 23K13158)の支援を受けて実施されました。


タイトル

Metal limiting habitability in Enceladus? Availability of trace metals for methanogenic life in hydrothermal fluids

著者


丹秀也1,2、
関根康人2、
渋谷岳造1

所属


海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
東京科学大学 地球生命研究所



3. 背景

エンセラダスは土星の衛星の一つで、液体の水、有機物、エネルギーという生命に必要な条件を満たすために注目を集めています。エンセラダスの地下海からは海水が宇宙空間に噴出しており、アメリカ航空宇宙局(NASA)の探査機はこれを採取して調べることで、二酸化炭素や水素、有機物などの様々な成分が海に含まれることを明らかにしてきました。2015年には、海底熱水環境が存在することも明らかとなりました(文献1-2)。海底熱水環境は、地球生命が誕生した可能性の高い場として注目されています。さらに2023年には、本成果の研究チームも含めた国際共同研究によって、海底の岩石から大量のリンが溶け出していることも明らかとなりました(文献3)。リンは生命活動に関わる様々な成分の材料であるため、地球のあらゆる生命にとって必須の栄養素です。地球では「メタン生成菌」という微生物の一種が水素と二酸化炭素をエネルギー源に生息しています。エンセラダスの地下海には水素と二酸化炭素が豊富に含まれるため、そのような生命であれば生息できると推測されています。


このようにエンセラダスは、地球外で最も生命のいる可能性が高い天体のひとつとして期待されています。しかし、豊富なエネルギー源やリンは、必ずしも生命がいる証拠とは限りません。地球上の生命はエネルギー源や栄養素を消費して生きていますが、エンセラダスでは、豊富なエネルギー源やリンが、実際に生命に消費されていることが確認されておらず、生命の活動そのものが活発ではない可能性も考えられます。その一方で、エネルギー源やリンの存在そのものは、生命が生息できる可能性を支持するため、本研究では、別の軸からエンセラダスにおける生命活動について検討してみました。



4. 成果

本研究は、これまで検討されてこなかった、エンセラダスの地下海の微量の金属元素に注目しました。コバルトやニッケル、銅、亜鉛、モリブデンといった微量金属は、地球のメタン生成菌が生命活動をするためにもつ酵素の成分などに含まれています。これらの微量金属は人間などの大きな生命にとっても生きるうえで必要な成分であり、地球の海では海底熱水環境が供給源のひとつとなっています。メタン生成菌もこれらの元素が不足すると活発な活動をできなくなることが知られています。しかし、微量金属は文字通り量の少ない元素であるため、これまでエンセラダスの海水から検出されていません。またエンセラダスの他の地球外の海でも、重要な要素としてはこれまで注目されてきませんでした。


本研究では、エンセラダスの海水を模擬した二酸化炭素などを含む水溶液と、海底の岩石に似た組成と思われる炭素質隕石※3 の粉末を高温で反応させることで、エンセラダス海底での岩石からの成分の溶け出しを模擬する実験を行いました(図2)。


図2

図2 実験とその結果の模式図。エンセラダスの海水と海底の岩石をそれぞれ模擬した水溶液と岩石の粉末を使い、これらを高温で反応させる装置により実験を行った。岩石と反応した後の水溶液は、ニッケルなどの金属については比較的多く溶け出した一方で、コバルトと銅は非常に低い濃度となった。


その結果、微量金属のうちニッケルと亜鉛、モリブデンは岩石粉末から比較的多く溶け出して、地球のメタン生成菌が必要とする濃度まで溶けていました。一方で、コバルトと銅はメタン生成菌が必要とする濃度までは溶けないことがわかりました。


微量金属は、実験に使用した岩石中の硫化鉱物と呼ばれる成分に含まれており、海水中の濃度は硫化鉱物から溶け出す化学反応で決まります。さらに計算によって、ニッケルはエンセラダスの海底熱水環境の条件で海水中より濃度が高くなる可能性も示されましたが、コバルトについては海底熱水環境でもメタン生成菌に必要な濃度には達しないことがわかりました。これは、エンセラダスの海底熱水環境が地球の熱水環境と比べると低温のために溶けにくく、また水質がアルカリ性で水素を多く含んでいることもコバルトの濃度が低くなる理由と考えられました。


エンセラダスの生命が地球のメタン生成菌と同程度の量の微量金属を必要とすると仮定すると、コバルトや銅が海中で不足し、これらの微量金属の不足が生命活動を制限している可能性があります。その結果として、現在のエンセラダスに存在する豊富なエネルギー源やリンは生命にあまり消費されずに残っていると考えられます。


※3

炭素質隕石

炭素質コンドライトとも呼ばれる隕石の一種。太陽系が生まれた当時の物質を多く含んでおり、エンセラダスなどの太陽から離れた天体の岩石を構成していると考えられている。



5. 今後の展望

現在の地球では、メタン生成菌のような生命はしばしば厳しい環境下でエネルギー源や栄養素が不足するためにその活動を制限されています。中には、エネルギーを獲得する方法を変えることで適応した微生物も見つかっています(文献4-5)。一方でエンセラダスでは、生命にとってのエネルギー源と栄養素は十分にあるにも関わらず、一部の微量金属が不足するために、生命活動が制限されている可能性があります。もしもエンセラダスに生命がいる場合には、エネルギーの不足に対して適応する地球上の微生物とはまた異なる適応をしていることが予想されます。


世界では、エンセラダスを対象とした次世代の探査計画が検討されており、生命やその身体を作る成分を発見する方法が議論されています。エンセラダスの生命がもつ酵素などの成分は、含んでいる微量金属の種類などの点で、地球のメタン生成菌のものとは異なるかもしれません。本成果は地球外の海について、生命に関係する微量金属の濃度や挙動を初めて実験的に検証した研究であり、今後の宇宙生命研究に新たな軸を加えたと言えます。




本研究のお問い合わせ先


国立研究開発法人海洋研究開発機構

超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム

Young Research Fellow 丹 秀也

報道担当


海洋科学技術戦略部 報道室

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