「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。長井好弘の演芸おもしろ帖 GW前半の東京。上方落語の重鎮が全6公演の18演目を観客のリクエストで決めるという、やる気満々の落語会「桂文珍大東京独演会」が幕を開けた。新型コロナ禍を乗り切り、16年目を迎えた今年、ホームグラウンドだった国立劇場小劇場が改装で長期閉場となったため、よみうり大手町ホールへと拠点を移した。大きな転換点を迎えた「大東京独演会」だが、芸歴55周年、75歳の文珍は変わらぬパワーと貫禄の笑顔で、新会場での3昼夜公演を駆け抜けた。3日間にわたる熱気と熟練の高座をお伝えしよう。
16年目の今年は国立劇場小劇場から大手町に高座を移しての開催。見よ、この圧倒的な演出
4/27(土)
★初日・昼の部
・文珍+楽珍「リクエストコーナー」
・楽珍「半分垢」
・文珍「デジナン」
・ゲスト=タブレット純「ムード歌謡漫談」
・文珍「老婆の休日」
・仲入
・文珍「
地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)
」
開演前に楽屋を訪ねた。出演者の邪魔にならぬよう、かなり早めに伺ったのだが、すでに文珍御大以下、内海英華(三味線)、林家うさぎ(太鼓)、桂福矢(笛)という上方お
囃子(はやし)
部隊、一門の桂楽珍、桂文五郎、吉本興業のスタッフら、いつもの顔が全員
揃(そろ)
っている。初めての会場となるよみうり大手町ホールの諸設備や舞台裏の動線などを入念にチェックしていたらしい。
舞台袖に、六代目三遊亭円楽の弟子で、円楽の没後、三遊亭萬橘門下に移った楽太がいた。いや、楽太ではない、今春に二ツ目に昇進したから、楽太改め三遊亭萬次郎である。円楽は生前、文珍と一緒の落語会に出演することが多く、前座時代の萬次郎も楽屋でキビキビと前座仕事をして、文珍にもかわいがられていた。少しばかりだが昇進のお祝いを渡し、作りたての手拭いをいただいた。前座時代から物おじしない高座で注目された萬次郎。自由に羽ばたく時来たりである。巨人軍の特製ユニホーム贈呈、背番号「55」の意味は? 大東京独演会のオープニングは「リクエストコーナー」と決まっている。文珍と、一番弟子の楽珍が軽妙かつ爆笑のやりとりを繰り広げながら、客席から演目のリクエストを募るのだ。
文珍が舞台に上がる直前、僕に「このホールの正式名称は?」と尋ねてきた。「よみうり
大手町(おおてまち)
ホールです」と言ったのに、高座では「よみうり大手チョウホール」と言っている。ギャグなのか本当のボケなのか、区別がつかない。
文珍は芸歴55周年、会場となる読売新聞は今年、創刊150周年を迎える。というわけで、読売グループから文珍に記念の巨人軍の特製ユニホームが贈られた。真新しい包装紙の中から文珍が取り出したユニホームの背中には「BUNCHIN」の文字と「55」の背番号が入っている。 「巨人軍で55というと、どうしても松井秀喜さんを思い出すけれど、今回は文珍55周年にかけて、ということです。本当にうれしい。でも一つ困ったことが……。私、阪神ファンなんですよ(場内爆笑)」 そんな話をしているので、なかなかリクエストタイムが始まらない。観客は場内でのリクエスト以外に、開演前、ロビーに用意された箱に「聴きたいネタ」を書いて投票することもできる。何年やっても上位はたいてい同じだ。第1位が「老婆の休日」で、次が「憧れの養老院」と「地獄八景亡者戯」と来て、それを見た文珍が「老婆、養老院、地獄と、コースが決まってますな」と穏やかならぬ結論に至るのである。
今回は、そうした「不変の上位陣」に変動があった。文珍の超鉄板ネタ「老婆の休日」を押しのけ、最新作の「デジナン(デジタル難民)」が第1位に躍り出たのである
(注1)
。
ということで、文珍師弟が採用したリクエストは、新旧のヒット新作「デジナン」と「老婆の休日」、トリの高座は毎回リクエストが多い上方落語の大ネタ「地獄八景亡者戯」に決まった。
観客からリクエストを募る。当日その場で演目が決まる、文珍の覚悟とやる気がうかがえる 1番手は、一番弟子の楽珍だ。前座代わりの高座とはいえ、今年で入門43年目のベテランだという。 「芸歴は柳家喬太郎の7年上。楽屋では立川志の輔からは『兄さん』と呼ばれています」 続く文珍の1席目は「デジナン」だった。 タブレットのコールセンターと、デジタル難民のおじさんとのかみ合わない会話が延々繰り返される。 「お手元に端末ありますか?」「足先が痛風で痛いんです」「それは末端ですね。機器のことです」「キキ……(樹木希林さんは)亡くなりました」「機種ですよ」「和歌山(紀州)?」 珍妙なやりとりの中に、さりげなく今回のゲストの名前も混じっている。 「タブレットがわからないんですよ」「純さんですか?」 お次はその注目のゲスト、タブレット純の出番だ。この人、楽屋ではいるんだか、いないんだかというぐらいにおとなしい。 「どうお呼びすればいいのですか? タブレット先生? 師匠?」「みなさん『タブ純さん』と呼んでくれますゥ~」 楽屋で関係者に問われ、「タブ純さん」は消え入るような声で答えていた。トシちゃんにイチローも登場!お笑い界の異端児は夜の街では「死神」 高座でもローテンションのトークが続く。 「武田鉄矢さんがご自分の番組で『タブロイド純』と紹介してくださいました。堀内孝雄さんは『キャンドルジュン』と言ってました」 「新宿ゴールデン街では死神と呼ばれています。常連になる店が潰れるんです」 「歌にしましょう。トシちゃんの歌、いいですか? 近江俊郎の『湯の町エレジー』」 「次は世界のイチロー、藤山一郎の『丘を越えて』です。手拍子よろしく。(ここでいきなりテンションが上がり)桂文珍サイコー! 読売新聞サイコー!」 こういうのをなんと言えばいいのだろう。メリハリが強すぎる歌謡漫談? 客席はやんやの喝采だった。 文珍の2席目は、今や新作の古典となった感もある「老婆の休日」だった。 「103歳のお婆さんが困ってます。『大変じゃ、主治医が死んだ』『主治医?』『そう、これで2人目じゃ」 第一声から高齢者ギャグがさく裂。全編こんな感じだから、どこまでがまくらかわからない。 「おばあちゃん、いつ死ぬの?」「それはお前一人の考えか?」 これはもう「老婆の休日」に入っているのだろうか? ここで仲入休憩。楽屋では、終演後に貼り出す演目表を書いていた楽珍が首をひねっている。
タブレット純は、若かった一時期に「和田弘とマヒナスターズ」のメンバーだった。古本屋のバイトや土日のティッシュ配りを経てムード歌謡に行き着いたという
モノマネをする人物のフリップは自筆。黒目を入れると本人に似なかったことがあるため、いずれも白目だ 「タブ純さんのネタは、どう書けばいいの?」
助っ人前座(本当は二ツ目)の萬次郎が素早く本人に確かめに行くと、先ほどの
音吐朗々(おんとろうろう)
たる「丘を越えて」と打って変わって、ささやくような声で「ムード歌謡漫談でお願いします」と答えた。
文珍の3席目、トリの高座はご存じ「地獄八景亡者戯」である。 「芸歴55周年は、箱根駅伝でいうなら往路が終わったところでしょうか。桂歌丸師匠が60周年の時、『これで折り返し』と言って拍手喝采だったのに、その7年後に亡くなってしまいました。人生、何があるか分かりませんな」
本編は、ご臨終から
三途(さんず)
の川、
閻魔(えんま)
の庁、六道の
辻(つじ)
、さらには血の池地獄や針の山と、フルサイズで演じれば優に1時間はかかる大物だ。文珍は、亡者たちが三途の川を渡るまでの前半部分を30分弱にまとめて「エピソード1」として演じた。
リクエストコーナーでは、このネタを注文した観客に「ここで聴かんでも、もうすぐ(あの世へ?)行けるのにね。私もですけど」と皮肉なギャグを飛ばしていた文珍。それでも彼が語る地獄ツアーは魅力的だ。ちょっとだけなら、行ってみたくなる?
★初日・夜の部
・文珍+楽珍「リクエストコーナー」
・文五郎「のめる」
・文珍「落語記念日」
・ゲスト=タブレット純「ムード歌謡漫談」
・文珍「くっしゃみ講釈」
・仲入休憩
・文珍「猫の忠信」
昼の部と夜の部の間の時間が短い。楽屋で弁当を食べながら雑談をしていたら、もう開演のベルが鳴っている。 舞台袖でスタンバイしている上方お囃子隊のリーダー役、内海英華が何だかうれしそうだ。 「私、タブ純さん大好きなのよ。同じ楽屋にいるというだけでドキドキしちゃって、今日はまだ目を合わせられない~。ゲストに呼んでくれた文珍師匠に感謝してます」 高座では、文珍、楽珍師弟の「リクエストコーナー」が始まっている。 文珍もまた、タブレット純がお気に入りだ。 「彼の芸、好き嫌いはあるでしょう。僕はものすごく面白いと思います。いい声してるし、サブカルチャーにも音楽にも詳しいでしょ。昼の部は彼が盛り上げてくれました。中には引いてる人もいましたけど」異色の新作落語は、まだ「進化の途中」
客席からのリクエストは、「
口入屋(くちいれや)
」「地獄八景亡者戯」「
商社殺油地獄(しょうしゃごろしあぶらのじごく)
」「くっしゃみ講釈」「七度狐」「崇徳院」「帯久」「猫の忠信」に「ヘイ!マスター」。これだけの演目が出た後に、「それでは本日のおすすめを」と別メニューが登場する。「花見酒」「落語記念日」もあった。
結局、最新作の「落語記念日」、久々に演じる「くっしゃみ講釈」、上方らしい
噺(はなし)
として「猫の忠信」の3席が選ばれた。
まずは四番弟子、文五郎の「のめる」から。 「すぐに終わって、すぐ帰ります。『こんにちは』、あっ、もう始まってますから」 本当にあっという間に終わった。 文珍の1席目「落語記念日」は出来立てホヤホヤの新作だ。 「この噺もね、好き嫌いが分かれるんですよ。私は好きですけどね」 そう遠くない未来、「落語」という芸能が滅びて、郷土資料館の収蔵物の中で眠っている時代のお話。「そもそも落語とは何か」「何で滅びたのか」という根本的な問題を、笑いの中で考える異色作。これがこのネタの最終形ではなく、まだ進化の途中という感じだ。 話題のゲスト、タブレット純は、昼の部とは構成を変えている。 「よせばいいのに」を歌いながら失敗のエピソードを並べるネタ。「豆腐にソースかけた。よせばいいのに~。『桔梗信玄餅』だと思って食べた」 タブ純はモノマネもうまい。大沢悠里のゆうゆうワイド。相づちしか打たない森本毅郎。藤田まことの安浦刑事。美輪明宏の「ヨイトマケの唄」。「文珍のためならエンヤーコラ!」 最後は無理やりのアンコール。真っ赤なドレスに早変わりして「愛の讃歌」を熱唱する。最前列の観客に背中のファスナーを上げてもらうセクシー(?)パフォーマンスも大ウケだった。 「タブ純さんの後に普通の古典はやりにくいなあ」と楽屋でぼやいていた文珍だが、本日の2席目は上方落語の定番「くっしゃみ講釈」である。 本来の落語に加え、のぞきからくりの口上や、講談を朗々と読む場面もあるという「厄介なネタ」だという。文珍版は、のぞきからくりをサラリとやって、後半の講談(講釈)をみっちり聴かせる構成だった。 上方講談の代表作「難波戦記」の大坂城内の場面が長い長い。さては器用な文珍御大、「ワシは講談もうまいんやで」と自慢したかったのかもしれない。 仲入を挟んで、トリネタの「猫の忠信」も上方色が濃厚なネタだ。 「元の歌舞伎(義経千本桜・狐忠信)を知らなくても面白くできていると思います。できているでしょう。できているかも。ウフッ」
昨年暮れに75歳になった文珍だが、精力的な活動で変わらぬパワーを見せつけた 余裕しゃくしゃく、いかにも楽しげに「千本桜」のパロディーを演じる文珍。義太夫も小唄も、さっき披露した講談もなかなかの腕前だ。和の芸能のエッセンスが、意外にがっしりした文珍の体に染み込んでいるようだ。 サゲのセリフを言った後、「本当はこれでおしまいなんだけど、タブ純さんをまねてアンコールを」と、自身の55周年と、会場が変わったことのあいさつをしたのが初日のフィナーレになった。 見送りの曲は、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」だった。
4/28(日)
★中日・昼の部
・文珍+楽珍「リクエストコーナー」
・文五郎「普請ほめ」
・文珍「ヘイ!マスター」
・ゲスト=柳亭市馬「芋俵」
・文珍「花見酒」
・仲入休憩
・文珍「デジナン」
一夜明けた2日目、よみうり大手町ホールの楽屋では、まだ前日のタブレット純の残り香があった。話の中心にいるのは三味線の内海英華だ。 「昨日はタブ純さんとちゃんと話ができたし、ツーショットも撮らせてもらいました。ホテルに帰ってから、タブ純さんのラジオも追っかけで聞いちゃった。昨日の舞台、藤田まことさんのモノマネで『てなもんや三度笠』の主題歌を歌った時は、舞台袖で文珍師匠と大笑いしたわ」 今日の舞台も「リクエストコーナー」から始まった。 文珍が最初に取り出したのが、昨日プレゼントされた巨人軍のユニホームだ。 「55だから松井秀喜さんのかと思ったら、裏に『BUNCHIN』の字があった。私、阪神ファンやけど、この3日間は巨人ファンになりますわ。今日、宿からここに来るまで、これを来て本社の玄関まで来たら『ハイどうぞ』と入れてくれました」小学生からのリクエストで…ヘイ!マスター
さてさて本日のリクエストは……。「老婆の休日」「今日も、そういう方がいっぱいお越しです」、「高津の富」「あっはっは、いい噺ですね」、「
粗忽(そこつ)
長屋」「長いことやってないなー」、「帯久」「ほー、難しいネタ」、「(小学生と思しき少年が)『ヘイ!マスター』、お願いします」「やりましょう! 6年生ですか。こういうお客さんは大切にしないとね」、「師匠、『らくだ』はどうですか?」「あのね楽珍、そんな疲れるネタを。師匠の体調管理を考えたらどうなの?」
客席と文珍、楽珍と文珍の和やかなやりとりでネタが決まっていく。
55周年にかけて、背番号は55。「うれしいんですけど、ワタシ、阪神ファンなんです」 「では私が一度引っ込んで、(次の高座は)楽珍、いや、文五郎にやらせましょう」 楽屋で「うわあ」と頭を抱える文五郎。「やる気満々やったのに、はぐらかされたわ」と舞台袖に戻った楽珍とすれ違い、すでに額に汗を浮かべた文五郎が高座に上がった。 ネタは「牛ほめ」の前半部分である「普請ほめ」。期待していた祝儀が少ないとゴネるアホのキレ具合がおかしいと笑いが起こった。 続く文珍の1席目は、小学生のリクエストに応えての「ヘイ! マスター」。ほとんど全編英語で語られる新作落語。まくらも英語ネタだった。 「海外便の機中、CAさんが『コーヒーorティー?』と聞いてくる。ここは英語で答えなければと、とっさに出たのが『アイアムコーヒー』。向こうがプッと噴き出して、ロスへ着くまで『ミスターコーヒー』と呼ばれました」 「CAが、かつての大学の教え子だった。『先生、何もできませんが』とアメを三つもらった。その時、なめられたもんだと思った」 本編は、空港内での「noodle shop(うどん屋)での、客とマスターのやりとりだ。 「(メニューを見て)AGE? エイジではなくアゲ」 「Hey master , No. 1BEER please」「NO.1?」「Oh toriaezu (トリアエズ) beer!」 これならリクエストの小学生くんもわかるだろう。 今日のゲストは、柳亭市馬だ。 「歌専門(!)の市馬です。文珍師匠の55周年を祝って相撲甚句を」と、いきなりの美声がホールに響いた。 「ここは名におう大手町 よみうりホールの高座に見事に咲いた芸の花~ 日本津々浦々笑わせ続ける桂文珍師匠 これからますますご活躍~ (中略)はあ、どすこい~どすこい」 「リクエスト寄席」は噺家の究極の夢だと羨ましがる市馬。 「『赤いランプの終列車』を筆頭に、昭和歌謡をずらりと並べ、お客様のリクエストで端から端まで歌うという……」 そんなマニアックな独演会に誰が行くのか。僕は絶対行くけれど。
「市馬師匠の『芋俵』、いい時代の良くできた噺ですよ、それなら私も」と、文珍は寄席ネタの定番「花見酒」を持ってきた。金に困った長屋の2人組が、懇意の酒屋で酒をひと
樽(たる)
借り受けて、花見の場所で良い値で売ろうともくろむという寄席の定番ネタだが、文珍がこれを素直に演じるわけがない。
酒を担いで行く道中に三味線が入る。酒の誘惑に負けた二人が途中で樽を下ろし、代わりばんこに飲み始める。 「これ、花見酒というてね、資本のやり取りをしているうちに実態がなくなっていくという『花見酒の経済』という本が出ました。(ここから解説調になって)ピケティの『21世紀の資本』を読んでも、経済の仕組みがよくわからない。鳥取の喫茶店でシフォンケーキを食べたら、それが梨でできていた。わかった、二十世紀のシホンだ。でも向こうは二十一世紀だ――」
そこでまた噺に戻る。観客は
翻弄(ほんろう)
されながら、“文珍教授”による今時の経済学講義をかじることができるという不思議な構成のネタだった。
仲入の後の3席目は、話題の新作「デジナン」だった。 「年をとるとね、新聞の死亡欄を見るようになる。楽しく老いをエンジョイしたいなあ。95歳で歯を治しに来たおばあちゃん。『お久しぶりです』『死んだ、思てたやろ?』。 どう返せばいいのかわからない」 「こないだ映画見たんですよ、ええとね……オッペンハイマー。今、忘れかけたでしょ、アルツハイマーなんです」 老人ネタから次第にネタが新しくなり、タブレット端末の操作法をめぐる珍妙なやりとりに入っていく。 「高齢者は意外にITネタに興味を持ってくれる。使い方はわからなくても、とりあえずスマホやら何から、いろんな機器を持っているからね」 高齢者向けIT落語。新しいジャンルが生まれている。
★中日・夜の部
・文珍+楽珍「リクエストコーナー」
・楽珍「
手水廻(ちょうずまわ)
し」
・文珍「デジナン」
・ゲスト=市馬「七段目」
・文珍「粗忽長屋」
・仲入休憩
・文珍「胴乱の幸助」
オールリクエストの独演会も半分が過ぎ、楽屋では「どのネタが残っているか」「師匠は何をやりたいのか」がもっぱらの話題だ。 「師匠、昼の部の楽珍さんも言っていたけど、『らくだ』はいつやるのですか?」「あれはな、疲れるから2日目にやるのはしんどい。最終日へ余力を残したいんや」 文珍十八番の「らくだ」は最終日のお楽しみのようだ。義太夫がさえた「胴乱の幸助」 「リクエストコーナー」では、今日も客席からどしどし注文が来る。「ぴー」「星野屋」「船弁慶」「デジナン」「不動坊」「愛宕山」「粗忽長屋」に「胴乱の幸助」――。 「『胴乱の幸助』、今日のトリはこれやないか? 師匠、『胴乱の幸助』好きやねん」 太鼓担当の林家うさぎが自信満々で予想する。 舞台袖で文珍が「コンパクトにな。余計なことは言うな」と念を押したので、楽珍の「手水廻し」は、まくらなし。すぐに本編に入ったが、なるほどいつもよりテンポがいい。 文珍の1席目は「デジナン」。今回の独演会シリーズでは圧倒的に口演回数が多い。それだけリクエストも来ているし、文珍自身もやりたいネタなのだろう。
ゲストの市馬は見事な相撲甚句を会場に響かせた。この人がリクエスト寄席をやったら、昭和歌謡のオンパレード……落語をやる時間がなくなるかも(2013年撮影)
ゲストの市馬はお得意の「七段目」。上方お囃子陣がいるせいか、お
馴染(なじ)
みの鳴り物がいつも以上に軽快かつ腹に響く。
文珍2席目の「粗忽長屋」は、息つく暇もなくギャグの連発だ。 「何があったのか“人山の黒だかり”ですな」
「紺足袋は白足袋でご
馳走(ちそう)
様」「なんですか、それ」「お前は言葉を知らんからお弔いに行ったら、何も考えないでこう言いなさいと、おっかさんに言われて」
「こいつは天涯孤独で。あっ、初めて四字熟語言った。焼肉定食、柳亭市馬」 変なことばかり言ってる男が「行き倒れの本人を連れてくる」という。町役は「そんなことはあり得ない」と否定したものの、周りの人が「連れてきてもらいましょうよ」「それが一番いいです」と変な男に同調するので、次第に自信をなくしていく。「えええ、もしかして、わしの方が間違っとるの?」 この一言で、物語の様相が変わる。定番ネタでも文珍のお手にかかると油断がならない。 そして中日のトリは、うさぎの予想通り、「胴乱の幸助」だった。
前半の
喧嘩(けんか)
と仲直りの件はあっさりと。中盤の稽古所での義太夫はたっぷり、しっかりと聴かせる。しかも文珍の義太夫がうまい。そうか、この場面があるから、文珍は「胴乱の幸助」がお気に入りなのか。さらに後半、京都の帯屋に乗り込むクライマックスは、セリフといい、京の人たちの造形といい、品の良い上方歌舞伎を見ているような柔らかさだった。
(注2) 2日目を無事終えた文珍は、例の巨人軍のユニホームを引っ掛け、お囃子隊の面々を引き連れて夜の街へ消えていく。大手町は東京屈指のオフィス街だ。日曜の夜に夜遅くまで開いている店が少ないのは文珍も承知の上だとは思うが、幸運を祈るしかない。 ※次回コラム「下」に続く(注1)「デジナン」は注目の新作だ。「下」でしっかり解説したい。
(注2)ちなみに「胴乱の幸助」に引用されている世話物「お半長右衛門(お半長)=
桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)
」の舞台となった「柳の馬場押小路、虎石町の西側」は今では駐車場になっていると楽屋見舞いに来ていた文珍ファンに教えてもらった。
長井好弘 演芸おもしろ帖一覧は
こちら
!
プロフィル
長井 好弘(
Nagai Yoshihiro
)
1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。
![[長井好弘 演芸おもしろ帖] [演芸おもしろ帖]巻の四十五 文珍が「よみうり」にやって来た~桂文珍大東京独演会・三昼夜6公演完全レポート「上」 [長井好弘 演芸おもしろ帖] [演芸おもしろ帖]巻の四十五 文珍が「よみうり」にやって来た~桂文珍大東京独演会・三昼夜6公演完全レポート「上」](https://www.walknews.com/wp-content/uploads/2024/05/1716524670_20240523-OYT8I50013-1-1024x576.jpg)