240編収録 「自由詩 言葉の音楽」
本の作りにも存在感がある全詩集 詩人で作家、仏文学者の松浦寿輝さん(70)が、1976年からおよそ47年にわたって書いた詩を収めた大著を刊行した。1000ページの本はその名も、『松浦寿輝全詩集』(中央公論新社)。数多くの著作を発表してきた人が、「この一冊だけが残ればいい」と語る。(待田晋哉)
『県警の守護神 警務部監察課訟務係』水村舟著
水という文字の
美しさとむごさを
馴らすことができない
ふかまるばかりの
風の私語
ぶらんこのように
秋をはずれる
(「播種」より)
散文より内的
「僕は評論も、小説も書いてきた。散文は基本的に人に送り届けるものに対し、詩はもっと内的で
密(ひそ)
やかな秘技のようなもの。書いて読まれるスパンが違う気がする。時間の厚みの中に放置してみたいんです」
全詩集には、1982年の第1詩集『ウサギのダンス』から、完成に20年余りをかけ、2009年に萩原朔太郎賞を受けた『吃水都市』など、9冊の詩集の240編を収めた。水と光、美と醜、心と性など様々なイメージがあふれ出し、行分け詩や散文詩、言葉の息の長い詩や短い詩など、あらゆる技法が用いられている。 「萩原朔太郎がいて、吉岡実や田村隆一がいた詩の世界を追求したい。言葉で美しいものを作り出したかった」。日本には、五音や七音の定型を生かす短歌や俳句の伝統がある。だが定型のない詩を書いてきた。
「五七とは違うリズムやメロディーで、日本語の音楽の美をどう作り出すか。かつては定型に対する
敵愾心(てきがいしん)
のような気負いがありました。自由詩は書くたび、言葉の音楽を作る。技量が段々と上達するものではなく、美しいリズムができたと思えば、自己
欺瞞(ぎまん)
かもしれない。不安がつきまとう」
屈折した自分が
「第1詩集は、自分にとってリハビリのようなところもありました」。若き日を穏やかに振り返る=安川純撮影 詩の中には、短歌のように<われ>と向き合い、自らの生老病死を詠む系譜もある。これに対し、松浦さんの詩は自分を語らない。 「現実から自立した言葉の構造体を作りたかった。でも小説は完全に想像の世界だけど、詩には逆説的に、実人生の色んな体験が間接的に入ってきている。屈折した形で自分が反映されているのかもしれません」
実を言えば
きみにあげたかった
ほんとうの冬の
本を
(「冬の本」より)
それは、「自分が言葉で人とうまくつながれない感覚だったと思う」と語る。国語の教科書などで詩が好きになり、東京大に進学し、仏文学を学んだ。その一方で、他人との関係に欠損を覚えていたという。
大学時代だった70年代はアングラ文化が栄え、
混沌(こんとん)
とした文学や演劇のうねりがあり、その中で現代詩が書かれていた。第1詩集を出した80年代は、その熱が急速に冷え込み、「何かが終わった」気がした。ポストモダンと呼ばれる空気が広がる中で、自身の詩の営みは、「もう書くことがなくなったところから始め、『書くことがないゆえに書く』ものだった」と話す。
違う脳を刺激
やがて小説を執筆するようになり、芥川賞を受けた。本紙連載の『川の光』や長編『名誉と
恍惚(こうこつ)
』など、厚みのある作品も発表した。今年3月には沼野充義、田中純さんらとの共著『徹底討議 二〇世紀の思想・文学・芸術』(講談社)を刊行し、この時代を縦横無尽に論じた。それでも、詩は手放さなかった。
「小説とは違う脳の分野を詩は刺激し、自分の言語が活性化される良さもあった。それもまた、自分の中で反復になり、ルーチン化してきたのではないか。書こうと思えば気のきいた言葉は並べられる。……でも、『全詩集』を出しましたから、もう詩は書きません」 穏やかに、きっぱりと語る。書かないことも、著者には詩の表現なのかもしれない。
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