長崎県の対馬沖で繰り広げられた日露戦争・日本海海戦から来年で120年。今も対馬には激戦を物語る遺物が多く残る。27日の「開戦の日」を前に、各地を訪ね歩いた。(島居義人) 南北に長い対馬の中央部。東西の両海峡に通じる港がある対馬市美津島町竹敷の道路沿いに、「旧日本海軍要港部正門跡」と記された標柱(高さ約1・5メートル)が立つ。
「旧日本海軍要港部正門跡」の標柱を示す俵さん(対馬市美津島町で) 「当時は海軍のまちとして、人口も2000人を超えていた。周辺はにぎわっていたようです」。地元の歴史に詳しい市文化財保護審議会会長の俵次男さん(76)が語った。
要港部は、南下政策を進める旧ロシアとの戦いに備え、旧日本海軍が1896年4月、軍港に次ぐ重要な港として設置した。対馬は対ロシアの「前線基地」となり、一帯には官舎がびっしりと並んでいたという。 それから長い年月を経て、竹敷地区は過疎化が進んだ。風景はがらりと変わったが、地区の歴史を後世に伝えようと、地元の有志が数十年前に標柱を立てた。10年ほど前には海上自衛隊の隊員が色を塗り替え、文字を書き直したという。
沖合いに向けられた大砲。至る所に赤さびが見える(対馬市上対馬町で) 島北部に位置する上対馬・茂木浜を歩くと、沖合に向けられた大砲が目に飛び込んできた。砲身約5メートル。海底に沈むロシア軍艦の主砲で、民間会社が1980年に引き揚げ、旧上対馬町に寄贈した。 1 2
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