【コヒマ(インド北東部)=浅野友美】第2次世界大戦中に約3万人が犠牲になったとされる旧日本軍のインパール作戦が始まってから今年で80年となった。作戦の激戦地となったインド北東部コヒマで8日、旧日本軍兵士を弔う慰霊碑の落成式が行われ、地元ナガランド州や在印日本大使館の関係者らが花を手向けた。 作戦は1944年3月に始まった。ビルマ(現ミャンマー)から険しい山を越え、連合軍の拠点だった英領インド北東部インパールを目指した。インパールの北約100キロに位置するコヒマは、インパールに向けた連合軍の補給拠点でもあり、旧日本軍が一時占領した。

8日、インド北東部コヒマで完成した旧日本軍兵士の慰霊碑=浅野友美撮影8日、インド北東部コヒマで完成した旧日本軍兵士の慰霊碑=浅野友美撮影 しかし、弾薬や食料の補給を軽視したため、連合軍の反撃が強まり、同年7月に作戦中止に追い込まれた。敗走した道には多数の遺体が残され、「白骨街道」と呼ばれた。 コヒマには犠牲になった連合軍兵士の遺骨が眠る墓地がある一方、日本人兵士の追悼施設がなかった。数年前に広島市の原爆死没者慰霊碑を訪れたネイフィウ・リオ州首相が「日本人を悼む碑をコヒマにもつくりたい」と提案し、大使館も協力して実現した。慰霊碑には「鎮魂」の文字が刻まれ、リオ氏は式典で「我々は平和を築く取り組みを続ける」と決意を述べた。 式典には、インド在住の会社員鈴木誠一さん(53)が参列した。祖母の兄・塚田善四郎さんがコヒマで戦ったが、2010年に90歳で亡くなるまで戦時中の体験をほとんど話さなかったという。鈴木さんは今回初めてコヒマを訪れ、式典前夜に暗闇の町を歩きながら命がけで戦った塚田さんへの思いをはせた。 式典後、「苦しい思いをした人々の気持ちを語り継ぐのが我々の務めだと思う。慰霊碑はそのきっかけを与えてくれた」と語った。

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