「なでしこ隊」の女子学生に関する展示品に見入る桑代さん(右)と照明さん(24日、鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館で)
太平洋戦争中、鹿児島県の知覧飛行場から出撃する特攻隊員らの身の回りの世話を担う「なでしこ隊」の一員だった同県南九州市の桑代チノさん(95)が、5月3日に同市の知覧特攻平和観音堂前で営まれる慰霊祭に今年も参列する。慰霊祭は70回を数え、なでしこ隊に動員された元女子学生の出席は2人だけとなる見通し。「特攻隊員を見送った人間として最期まで供養を続ける」との使命感を胸に、
冥福(めいふく)
を祈るつもりだ。(横峯昂)
「御母さんの御健康を祈ります」特攻19歳の遺書、敵艦へ突入も撃墜…北九州市で手紙など展示
24日、同市の知覧特攻平和会館。なでしこ隊の戦争体験を紹介する企画展が開かれており、桑代さんは女子学生が基地での出来事をつづった日記や、特攻隊員にお守り代わりに渡した人形の複製品をさみしそうな表情で見つめた。 平和学習で会館を訪れていた同県日置市立伊集院北中学校の生徒たちを見かけると、優しく話しかけた。「戦争はダメ。命は一人に一つしかないんだから。ここでしっかりと戦争について学んでね」 知覧飛行場は1941年に旧陸軍によって建設され、約600人のパイロットを養成。45年3月から特攻基地となり、同年6月までに計439人が沖縄に向けて出撃した。 桑代さんは当時、特攻機を護衛する兵隊の世話を担当し、特攻隊員と接する機会はほとんどなかった。だが、兵舎で膝に枕を載せ、その上にカバンを置いて真剣なまなざしで手紙を書いていた姿が、今でも目に焼き付いているという。 45年4月12日。特攻隊の出撃があると聞き、滑走路脇に駆け付けた。250キロ爆弾を抱えた機体が、十分に舗装されていない路面をガタガタと揺れながら走って飛び立つのを、八重桜の枝を手に見送った。女子学生に気づき、右手で敬礼する隊員。上空を旋回し、翼を3回振って別れのあいさつをする特攻機――。「日本を守る、生きた神様だと思った」と振り返る。◆ 終戦後に結婚して2男1女の母親になり、ある光景が脳裏によみがえった。特攻隊員の両親らしき夫婦が兵舎を訪ねてきた時のことだ。前日に出撃したと告げられ、2人はその場で泣き崩れた。 桑代さんはあれから80年近くたった今も当時を思い出し、「もし自分の息子を死ににやる状況になったら、『助けて』と叫び続けるだろう。とても耐えきれない」と涙をこぼす。 ただ、悲しい出来事を子や孫に知らせたくないと考え、戦時中のことはほとんど語ってこなかった。2017年、警視庁を退職した長男の照明さん(67)が、同会館の語り部に誘われたのが転機となった。自分たちのような経験を次世代の若者にさせてはいけないとの思いが膨らんだ。 「私に残された時間は少ない。全国から来る人たちに届けるためにも、私に聞きたいことは聞きなさい」と照明さんの背中を押した。 18年4月に語り部となった照明さんは、桑代さんの体験を織り交ぜながら来館者に平和の尊さを訴えている。「肉親だからこそ、母のことをより現実味を帯びて伝えられるはず。特攻隊員だけでなく、周りで支えた人たちの体験も知ってもらいたい」と力を込める。◆ 慰霊祭は1955年、特攻隊員を供養する観音堂を同飛行場跡地にまつったことを機に始まり、桑代さんは毎年のように参列している。年月の経過とともに、県外に嫁いだなでしこ隊の仲間も慰霊祭に合わせて里帰りするようになり、当時のことを語り合ってきた。 だが、その多くは鬼籍に入り、今年の参列は2人だけとなる見込み。亡くなった仲間からは「1人になっても出席を」と託されている。海外で今も戦争が続く中、「一日も早く平和な世界が訪れますように」と祈りをささげるつもりだ。平和会館で企画展 知覧特攻平和会館で開催中の企画展「女学生が見た戦争―知覧高女生と特攻隊員―」では、「なでしこ隊」の女子学生が隊員の食事の世話をしたり、出撃する特攻機を見送ったりする様子を捉えた写真や日記など25点を展示している。女子学生と交流のあった特攻隊員の遺書も公開されている。 同館の羽場恵理子学芸員(29)は「女子学生たちの証言から特攻隊員の様子を知り、戦争の悲惨さや平和の尊さを感じてほしい」と話す。 7月18日までで、午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)。年中無休。入館料は大人500円、小中学生300円。問い合わせは同館(0993・83・2525)へ。◆なでしこ隊
=太平洋戦争末期の1945年3~4月の23日間、知覧高等女学校の学生約100人が動員された。知覧飛行場から飛び立つ特攻隊員が生活していた兵舎の掃除や洗濯、食事の配膳など身の回りの世話にあたった。
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