市川沙央さん
朝比奈秋さん
旗原理沙子さん 障害者の性を描いた「ハンチバック」で昨年芥川賞を受賞した市川沙央さん(44)が受賞第1作「オフィーリア23号」(文学界)を書いた。前作でもみられた密度の高い文体と、あえて挑発的に対象に迫る姿勢で小説の世界を広げた。
主人公はオーストリアの哲学者、オットー・ヴァイニンガーの生まれ変わりだと信じている女性だ。現代では男尊女卑的に映りかねないヴァイニンガーの性差論『性と性格』に心酔している。彼の言葉をネットに流して、女性を
蔑視(べっし)
する人々の「経典」にしようと画策している。
主人公の交際相手が三島由紀夫の小説「憂国」を映像化し、ポルノサイトに動画を公開する計画を立てることから物語が動き出す。「憂国」は日本軍中尉の自刃と妻との情交を劇的に描いた作品で、主人公は妻役として出演を持ちかけられ、承諾する。 市川さんは芥川賞受賞作「ハンチバック」で背骨が極度に湾曲して自由に動けず、ネット上で官能的な文章を発信して暮らす女性を描いた。「オフィーリア23号」では、三島の男性的な肉体や壮絶な最期への言及を織り交ぜながら、男女の性差について思索を深めていく。大仰な語りなど持ち前のユーモアも作家を特徴づける。 現代社会では表向きの男女平等が叫ばれているのではないか。ネット空間では匿名の人々の、男女に関する偏見や差別的な言葉があふれている。現代では差別的と取られかねないヴァイニンガーの主張をあえて露悪的に読者に投げかけることで、性差別が存在する日常の輪郭を捉えた。オフィーリアが水面に浮かぶ様子を描いたミレイの絵画は、作中で繰り返される「女は存在しない」という言葉を象徴的に浮かび上がらせる。 朝比奈秋さん(42)の「サンショウウオの四十九日」(新潮)は、結合双生児の姉妹を題材にした。医師でもある朝比奈さんの視点から生まれた意欲作だ。 主人公の杏と瞬は外から見れば一人の人間だが、体や頭が半々でくっついている状態で生まれた。2人は互いの思考を共有している。小説では神経質な杏の語りと、冷静な瞬の語りが入り交じり、物語に奥行きを生み出している。主人公の父親が、胎児だった伯父の体内に宿って後に摘出された「胎児内胎児」だったことも重層的に語られ、他者と体や意識を分かち合う感覚を掘り下げている。 朝比奈さんは「植物少女」で植物状態の母と、その娘を、「あなたの燃える左手で」で左手を切断し、他人の手を移植された男性を描いた。「人間が生きるとは何か」という主題に意識と身体感覚の両面で向き合う、作家の強固な意志をあらためて感じた。
文学界新人賞に輝いた旗原理沙子さん(36)の「私は無人島」(文学界)は日常が突如飛躍し、幻想的な民話の世界に迷い込んでいく作品だ。ともすれば深刻になる物語を、軽妙な語り口で一種の
寓話(ぐうわ)
や
奇譚(きたん)
に仕立て上げた。
男に暴力を振るわれ妊娠した友人から相談され、主人公の占い師は、ある島にいるとされる「堕胎師」を探しに行く。そん婆、えじう、ミレイジャクなど、作中に登場する人や物が持つ名前の語感が物語に漂う不穏な雰囲気を深めている。今年の文学界新人賞は福海隆さん(32)の「日曜日(付随する19枚のパルプ)」と合わせ、2作受賞となった。 新進気鋭の詩人、向坂くじらさん(29)が初の小説「いなくなくならなくならないで」(文芸夏号)を発表した。高校時代に死んだと思っていた親友から急に連絡があり、主人公の家に住み着くことになる筋立てだ。ミステリー風の書き出しに引き込まれ、読み進むにつれて、他者を愛することは他者を憎むことと表裏一体の行為なのだということに、改めて気づかされた。(文化部 池田創)
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