ドイツのヒップホップ界の「レジェンド」と目されるラッパー、Xatar(カター)。彼の波乱万丈の半生を描く映画「ラインゴールド」(ファティ・アキン監督)が公開中だ。カターとは何者なのか。ドイツ出身の日本人ラッパー、Blumioさんに、日本人にはあまりなじみのないドイツのヒップホップ事情、そしてこの映画の面白さについて語ってもらった。裏街道をひた走るカター(左)(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen裏街道をひた走るカター(左)(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen

 ヒップホップは、世界の音楽市場で幅をきかせている。ドイツも例外ではなく、Blumioさんは「ドイツでのヒップホップは(音楽界の)メインストリームといえる人気。ポップアーティストと売り上げは変わらないし、若者はみんな聞いている」と明かす。
 1981年生まれのカターは、その立役者の一人。「キャリアを重ねるにつれて、レジェンドという立ち位置で新しいアーティストを発掘するビジネスマンとして
辣腕(らつわん)
をふるっている」という。「カターのライフストーリーはラップファンならみんな知っている。(ドイツで)映画もヒットしたし、リスペクトされていると思います」とも。
 カターは、イラン北部クルディスタン州出身で、本名はジワ・ハジャビ。いまやヒップホップ界の「レジェンド」だが、ラッパーになるまでの経歴はまさに波乱万丈だ。 幼い頃、作曲家だった父がイランでのイスラム革命で弾圧を受け、一家でドイツに亡命。幸福をつかんだかと思ったのもつかの間、父は愛人を作って家を出る。家族の生活を支えるため、危うい商売に手を出し、ストリートファイト術をマスター。クルド語で“危険”という意味の「カター」の名で呼ばれるようになったのはこの頃だ。映画「ラインゴールド」より(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen映画「ラインゴールド」より(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen 裏街道をひた走り、少年刑務所に送られ、出所後は、ドラッグの密輸入など世界を股にかけて悪事を働き「ギャングスター」(犯罪者)街道をまっしぐら。果ては金塊強盗に手を出して禁固8年の刑をくらう。落ちるところまで落ちたカターだが、獄中からラッパーとして這い上がる。 カターが得意としたのは、彼自身のタフな人生を投影した「ギャングスタラップ」。ラッパーとしてブレイクするきっかけになったのは、獄中で秘密裏にラップを録音して作られたアルバム「Nr.415」だ。タイトルは囚人番号にちなんでいる。「本物感のあるギャングスタ―で、ラップがうまく、曲もかっこいいラッパーの登場は衝撃的だった」とBlumioさんは当時を振り返る。映画「ラインゴールド」より(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen映画「ラインゴールド」より(C)2022 Bombero Int._Warner Bros.Ent. _Gordon Timpen このアルバムに収録する楽曲を作り上げるシーンは、映画のクライマックスの一つ。実際のアルバムに収録された曲ではなく、映画のために書き下ろした曲が使われているが、這い上がろうとする迫力が伝わってくる。Blumioさんは「(実際のアルバムがリリースされたときにも)『どのようにレコーディングをしたのか』と話題になっていた。音のクオリティーはスタジオで録音したものとは違ったが、逆にリアル感が増した。絶対、音楽をリリースしてやろうという気持ちが印象に残った」と明かす。 今作の原作は、カターの自伝。監督のファティ・アキンは、思わず眉をひそめたくなるギャング時代の暴力も、裏社会での滑稽な失敗も、恋に破れる切ない姿も含めて、その破天荒な軌跡を、美化することなくきっちり描き出している。「ラッパーのライフストーリーを描いた映画は、ラップファンからすると、的外れな映画が多い」というBlumioさんも、本作に関しては、「ラップファンが求めるリアルでハードな部分もあれば、感動したり、コメディーっぽいシーンもある。バランスがよくとれている」と評価する。Blumioさん(本人提供)Blumioさん(本人提供) また、「(本作は)ドイツで育った移民のリアルを語る映画だ」とも。Blumioさんは「(カターと)自分とはあまりにも生き方が違う」とした上で、こう語る。「ドイツも近年、いろんなカルチャーに対してオープンになった。でも、自分が若かったころにはアジアンカルチャーに興味を持つ人は少なかった。(その悔しさが)原動力にもなったし、カターとも重なった」。アキン監督もトルコ系で、移民社会の現実を投影した物語をこれまでにも手がけてきている。 聞き手のほとんどは、カターのように過酷な人生を送っているわけではない。にもかかわらず、その音楽が人を引き付けるのはなぜなのか。この映画は、それを浮かび上がらせるものでもある。 刑務所での録音シーンで使われている楽曲は、父の不在やストリートでの暮らし、現状への不満など、それまでのカターの人生を切実に歌う作品だった。這い上がろうとする意志はリアリティをもって迫ってくる。どうにもならない現実、苦しい過去。タフな現実以上にタフになってそれを乗り切ろうとするガッツ、そして、どこか憎めない、嫌いになれない人間力……。Blumioさんは、「THINK BIG(=野心的に考える)みたいなところはインスピレーションになる」と語る。 歩みや生き方がまったく違っても、タフなラップで人の心をひきつけ、時に気持ちをかきたてる。それは、ヒップホップの魅力でもある。(デジタル編集部 古和康行) ◇「ラインゴールド」(原題:RHEINGOLD)=2022年/上映時間:140分/配給:ビターズ・エンド/PG12=全国順次ロードショープロフィルぶるーみお
 ドイツ生まれ、ドイツ育ちの日本人ラッパー。13歳のころからラップをはじめ、2005年にドイツでデビュー。2009年に発表した楽曲「Hey Mr.Nazi」はYouTubeで1800万回以上再生される。2016年に活動拠点を東京へ移し、2020年にYouTubeで公開した日本人ラッパーの歌い方を模して制作された楽曲が300万回以上再生されるなど注目を集める。

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