評・苅部直(政治学者・東京大教授)
東京の観光名所として著名な某有名寺院のおみくじには、凶が多いらしい。古い知り合いのある男性は、そこで正月に引いたおみくじの紙に「凶」とあったので、怒って本堂に怒りをぶつけたという。気持ちはわかるが、本書によれば、おみくじの本旨には不適切な反応なのである。
『ユーラシア東方の多極共存時代 大モンゴル以前』古松崇志著
この寺院の場合は、中世に中国から渡来した
観音籤(かんのんくじ)
で、中心になるのは吉凶の印ではなく、印刷された漢詩。いま焦って行動しても失敗するから時機を待てという助言なのである。不安定な運命を乗り切るために肩を押してくれる、
仏(ほとけ)菩(ぼ)薩(さつ)
のお告げを記したものが、おみくじなのである。
現在の神社のおみくじは、明治の神仏分離をきっかけにして、漢詩を和歌に変え、神道に純化することで始まった。だがそこには、歌のやりとりによって人と神とが通じあう、古代以来の和歌の伝統も生きている。神の言葉としての歌に限らず、武将や偉人の名言が載せられている場合もある。日本で独特の発展をとげたおみくじの変遷から、日常生活における信仰のありさまに関する思想史が、豊かな姿を現してくる。(吉川弘文館、2090円)
読書委員プロフィル
苅部 直(
かるべ・ただし
)
1965年生まれ。政治学者、東京大教授。専門は日本政治思想史。『丸山眞男』でサントリー学芸賞を受賞。ほかの著書に『「維新革命」への道』などがある。
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