「京都大学(以下:京大)」(京都市左京区)の正門を入ると、目の前にそびえる「時計台」(京都大学百周年時計台記念館)が出迎えてくれる。1925(大正14)年の竣工以来、京大の歴史とともに約100年を歩んできた、大学のシンボル的な存在だ。

茶色のタイル貼りの外壁に、縦長の窓がならぶ左右対称の建物。さまざまなデザインの校舎がならぶキャンパス内で、時計台が京大らしい存在感を放つ理由はどこにあるのだろうか…?そこで、現在開催中の『京都モダン建築祭』実行委員長で、建築史家の笠原一人(かさはらかずと)さんに、時計台建築のおもしろいポイントを教えてもらった。

■ 目指した建築の姿とは?

時計台を設計したのは武田五一(たけだごいち)。「京都工芸繊維大学」の前身「京都高等工芸学校」で建築やデザインを教えたあと、京大・建築学科の初代教授となった。時計台をはじめ、「京都市役所本庁舎」や「京都府立図書館」、「五龍閣(旧松風嘉定邸)」、「同志社女学校栄光館・ジェームス館」など、武田設計の建物は京都にも多く残る。そんな武田の建築を語る上で欠かせないのが、教師になる前にヨーロッパ留学で出合った「分離派(セセッション)」だ。

「京都大学」正門前より(提供:京都大学)「京都大学」正門前より(提供:京都大学)

「セセッション」とは、それまでの重厚な伝統的様式にこだわる流派から離れ(分離して)、新しく自由なデザインを目指した芸術運動のこと。時計台は、セセッションを取り入れた武田のユニークなデザインが表現されている。特徴的なのは、四角や三角、丸といった幾何学模様の装飾で、凹凸が抑えられていて平面的。それまで主流だったアカンサスの葉などを多用した具象的で重厚で彫りの深い伝統的な装飾と異なり、新しい。

「京都大学」の時計塔(提供:京都大学)「京都大学」の時計塔(提供:京都大学)

たとえば時計の文字盤は、ローマ数字が描かれた正円12個が数珠のようにつながる。茶色のタイル以外の装飾は、どれも直線的な幾何学模様で、彫りは浅く、飾り自体も少ない。タイルの幾何学模様も、凹凸がないので遠目には模様がわからないほど平板であっさりしている。また貼り方も、レンガのようにずらして貼るのではなく、目地がまっすぐに通り、まるで方眼紙のような見た目で、均質さや軽やかさが感じられる。

「京都大学」時計台のタイルと柱上部の装飾(Lmaga.jp撮影)「京都大学」時計台のタイルと柱上部の装飾(Lmaga.jp撮影)

「当時はアールヌーボーとセセッションがありましたが、武田は、ジャポニスムの影響を受けて直線や幾何学を多用するセセッションのほうが、日本にはマッチすると考えていたんですね。ヨーロッパで流行していたセセッションを写真付きで解説した書籍が日本で出版されていたこともあって、1910年代から20年代に日本でセセッションがとても流行った。ただ、武田のようにヨーロッパでセセッションの考え方を本格的に学んできた人は少なかったため、装飾様式としてしかその特徴を取り入れていない建物が多かったんです」と笠原さん。

「武田は、伝統を刷新していこうという本来のセセッションの意味をちゃんと理解していたので、これまでにない独創的なデザインを作り出したんですね。日本の伝統的な建築でさえも、革新していこうとしている姿勢がおもしろいです。そして時計台のように、当時、見たこともない建築を作り出しました」と続ける。

改修により北側にあった法務第1教室(講堂)はなくなっている(Lmaga.jp撮影)改修により北側にあった法経第1教室(講堂)はなくなっている(Lmaga.jp撮影)

さらに、武田の新しさや自由さが表された時計台が、京大の校風ともあっているのではないかと笠原さんは分析する。それゆえに大学のシンボルとなり得たのかもしれない。

世界各地の建築には、時代ごとにさまざまな流行りや様式がある。そういった背景を知ったうえで建物をながめると、その時代ならではの特徴や設計者の個性が見えてきて、建築めぐりがよりおもしろくなる。

ちなみに時計台の建物内部は改装され、当時の意匠はほぼ残っていない。それでも、1階ロビーの柱の上の装飾と照明は見逃せない。コンクリート造にもかかわらず、装飾は木を組んだような和風のデザインになっていて、照明もまるで仏具のような趣。ここでもセセッションを学んだ武田の自由な発想が感じられる。

「京都大学」時計塔の1階ロビー(提供:京都大学)「京都大学」時計塔の1階ロビー(提供:京都大学)

また、時計台の北東には、武田が設計した「総合研究15号館(旧建築学教室本館)」(1922年)もあるので、時計台と外観を、見比べてみては。

また、時計台の1階には誰でも利用できる正統派フレンチ「レストラン ラ トゥール」が、10月9日にリニューアルオープンしている。建物を見学したあとは、ヨーロッパ的なデザインの縦窓とレトロな照明器具が印象的な空間で、フランス料理を味わうことも可能だ。

「レストラン ラ トゥール」のシャリオデセール(デザートワゴン)「レストラン ラ トゥール」のシャリオデセール(デザートワゴン/Lmaga.jp撮影)

京都の近代建築を特別に公開する『京都モダン建築祭』も開催中。会期は10月31日〜11月8日(パスポート公開日は、前期が10月31日・11月1日、後期が11月7日・8日)。料金は前期パス3000円、後期パス3000円、通期パス5000円。武田五一設計の「京都市役所本庁舎」や「京都府立図書館」は11月7日・8日に、「五龍閣」は8日にパスポート公開される。関連ツアーなどもあるので、詳細は公式サイトにて。

取材・文・写真/太田浩子(写真は一部提供)

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