イオンエンジンで軌道を維持する超低高度衛星技術試験機「SLATS」(クレジット:JAXA)

地球低軌道の中でも、国際宇宙ステーションの軌道を下回るような高度を「超低軌道(VLEO)」と呼んでいます。この付近は地表に近いだけに通信や地球観測にとっては有利ですが、ごくわずかに残る大気の影響で、人工衛星にとっては軌道の維持が難しい領域です。

SpaceXが先鞭をつけて利用を進め、中国が追い上げようとしているVLEOに、日本は世界に先行してこの難しい軌道の実証を進めていました。活用が進むこの領域を、新たに日本の強みとして活かせるのか、現状を整理します。

なぜ通信衛星を「低く」したいのか

地球周辺の人工衛星の軌道の中で、高度2,000km以下を「地球低軌道(Low Earth Orbit:LEO)」と呼んでいます。厳密な定義はないものの、VLEOはその中でも高度350km程度までの最も低い領域です。

地球低軌道のごく薄い大気の抵抗データを取得したESAの衛星GOCE(CREDIT: ESA /AOES Medialab)

この高度で通信衛星を運用すると、地表との距離が短いことから伝搬遅延(レイテンシ)と損失を小さくでき、衛星のアンテナや送信電力を小さくできる可能性があります。特に、アンテナも送信電力も限られる一般スマートフォンと衛星ダイレクト通信(DTC)にとっては価値の高い軌道です。また地球観測衛星にとっては、距離が短い分だけ観測の解像度が向上します。

一方で、低ければ低いほどよいわけではありません。大気の抵抗により衛星はすぐに速度が落ち、短期間で再突入してしまいます。小型エンジンを使用して常に軌道を維持する必要があり、このエンジンと推進剤搭載によるコストアップや機体の大型化が課題になります。

また電波が届く範囲(1機あたりのカバー範囲)は小さくなり、通信衛星ならば頻繁な衛星の切り替え(ハンドオーバー)が、地球観測衛星ならば観測範囲の縮小などが代償になります。「性能と運用難度のトレードオフ」を常に求められる軌道です。

Starlinkはなぜ360km、さらに330kmへ降りるのか

VLEOを商用衛星として大規模に活用し始めたのは、SpaceXの通信衛星コンステレーションStarlinkでした。独自のDTC(スマホと衛星の直接通信)サービスを始めた際に、一部のStarlink衛星を高度約360kmに配置しました。独自の小型エンジン技術を持つ衛星の性能を活かし、通信品質向上に効く軌道を積極的に選んだのです。

VLEO運用で得た運用技術を活用し、SpaceXはStarlink全体の低高度化を図っています。現在、StarlinkのV1 Direct to Cellは高度358.5kmと360kmです。2026年末までには、V3 Broadband衛星も330~360kmに置く計画です。これまで500km超で運用してきた衛星についても高度引き下げを進めています。

DTCでは端末とのリンク条件改善が大きな意味を持ち、SpaceX自身もDirect to Cellを360kmで運用することで携帯電話―衛星間リンクを最適化していると説明しています。

一方で、既存衛星の500km以下への引き下げについてSpaceXが強く打ち出しているのは安全性です。衛星が故障などのために推進できなくなった場合に、自然に落下して再突入するまでの期間を大幅に短くできるためです。

つまり、SpaceXはDTCの通信性能+大量衛星時代の宇宙交通・デブリ対策の双方から低高度化が進めているといえるでしょう。打上げ時に投入軌道から運用軌道まで移動する時間も短縮でき、サービス開始までのリードタイムを減らせるというメリットも考えられます。

中国移動はさらに低い「251km」を申請

通信衛星コンステレーションの分野で、規模、通信品質の面でSpaceXを追随する中国は、通信衛星で独自のVLEO利用を進めています。2025年末に国際電気通信連合無線通信部門(ITU-R)に提出された通信衛星コンステレーション構想「CHINAMOBILE-L1」は、中国のモバイル通信事業者「中国移動通信」の名を持つ大型の衛星網です。

CHINAMOBILE-L1軌道データを整理すると、2,520機は、

・1,250km:60機
・650km:600機
・300km:900機
・251km:960機

という4つの高度に分かれます。全2,520機のうち70%以上の衛星が、VLEOの中でも難易度の高い300km以下に置く構想になっているのです。

高度251kmならば、約360kmのStarlink DTCより地上端末との距離を縮められるため、特にDTCではレイテンシの低減と通信品質向上の点でさらに有利です。一方で衛星の軌道維持能力や運用技術がより重要になり、衛星1機あたりの地上カバー範囲も小さくなります。商用衛星でこのレベルの低高度を維持したシステムはこれまでになく、通信リンクを重視して低高度をさらに攻める設計といえるでしょう。

なお、現段階ではまだ2,520機の実配備が決定したわけではありません。中国移動通信は2026年6月に「中国移動02星」を打上げ、DTCと地上・宇宙ネットワーク統合の実証をすでに進めています。

中国では「VLEO衛星」という技術群そのものを育て始めた

中国はまだ、VLEOの運用実績を持っているわけではありません。そこで、複数のプロジェクトを通じて、VLEO衛星の技術そのものを育てようとしています。中国の「Chutian(楚天)」計画では、実証衛星Chutian-001でVLEO運用、高解像度撮像、宇宙環境観測などを検証し、最終的にリモートセンシングと通信を担う約300機のネットワークを構想しています。300km以下での大気の抵抗を抑えるため、衛星は特徴的な流線型・弾丸型の形状を採っています。

中国では複数の衛星プロジェクトで、低抗力衛星、推進、材料、姿勢・軌道制御という共通基盤を育て、それを通信や地球観測など複数の用途へ展開し始めているのです。

日本が「つばめ」で先に持っていた技術

実は、StarlinkがVLEO利用を始めるよりも前に、VLEOの運用技術を実証していたのは日本です。JAXAが2017年に打上げた超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」は、地球観測衛星を200~300kmまで下げ、イオンエンジンで大気抵抗を補償する衛星技術を目指した実証機です。その目的には自律的な軌道保持、低高度の大気密度や衛星材料を劣化させる原子状酸素のデータ取得などが含まれていました。

超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」(クレジット:JAXA)

実際の「つばめ」は2019年まで実証を続け、250、240、230kmなどで軌道を維持した後、最終的には167.4kmで7日間運用し、地球観測衛星として世界最低高度の記録を達成しました。

打上げ前の2013年当時にJAXAがSLATS実証後の利用先として挙げていたのは、高分解能の光学または合成開口レーダー、LiDARなど、ほとんどが地球観測分野でした。通信衛星は将来像の前面には出ていなかったのです。日本はVLEO衛星の技術実証には成功しましたが、その後に急拡大したLEO通信コンステレーションという市場への応用には至りませんでした。

「VLEO基盤技術」を通信時代につなぐ

これまで実用化の段階には進まなかったVLEO技術ですが、日本でも動きは再び始まっています。2026年に採択された宇宙戦略基金の研究では、大気吸入イオンエンジン(ABIE)、低抵抗VLEO衛星設計、耐VLEO環境材料を一体の基盤技術として開発し、SLATSの実軌道データを再利用することが明記されています。

またJAXA自身も2026年の将来研究で「ABIE搭載VLEO衛星」を革新的技術開発として挙げ、独自技術に基づく宇宙インフラを経済安全保障や産業競争力に展開する方向を示しています。

SLATSで蓄積した推進・抗力補償・材料・軌道運用技術を、地球観測のみならず通信ペイロード、DTC/NTN、コンステレーション運用と組み合わせることで、新たな応用が見えてきます。日本がStarlink型の巨大コンステレーションをそのまま追いかけるのでなくても、VLEOで不可欠になる衛星バス、推進、低抵抗設計、材料、運用という基盤技術を産業化する余地が生まれます。

安全保障の「補助線」

VLEO技術には、もうひとつ宇宙の安全保障という応用もあります。2025年に米空軍の技術育成制度に採択されたエシュロン・オービタルは、VLEO運用衛星技術実証プロジェクト「HADES」を進めています。将来的にはこの技術を宇宙状況認識(SDA)に利用することを明記しており、低遅延、高解像度、RF信号取得能力を利点として挙げています。

欧州防衛庁も2026年、250~350kmで運用する軍事VLEO衛星「VLEO-DEF」の研究に着手しました。こちらは主として地球方向の情報・監視・偵察(ISR)用途です。さらに研究レベルでは、VLEO上のセンサーは地球による遮蔽が少なく、宇宙物体の追跡・再訪にも利点があるとの検討があります。

VLEOは地球をより近くから見るだけの軌道ではなく、低い軌道から上方の宇宙空間を監視するSDAへの応用も研究されており、安全保障用途でも技術的価値が広がっています。

約10年前、日本がSLATSでVLEOを開拓した時、その主な利用先として想定されていたのは地球観測でした。その後、DTCや巨大通信コンステレーションの登場で、「地上に近い」というVLEOの価値そのものが変化しています。

Starlinkや中国移動通信が高度300km前後を通信インフラとして使い始めたいま、日本に必要なのはSLATSをそのまま再現することではないでしょう。すでに持つ超低高度の推進、材料、衛星設計、運用の技術を、現在の通信・安全保障需要に接続し直せるかが問われているのではないでしょうか。

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