ネパールと中国の国境付近を襲った土石流から9日で2週間。新潟市に住むネパール人が支援物資を届けるため9月、現地に入りました。

目の当たりにしたのは変わり果てた母国の姿でした。

店に置かれた募金箱。新潟市内でカレー店を営むスナル ディパクさんです。

【新潟在住のスナル ディパクさん】
「1円でも2円でも送ってあげる……ネパールまで届けてあげたい」

見せてくれたのは、母国・ネパールの様子。

【現地でリポートするスナルディパクさん】
「こんにちはネパールの現地に着きました」「着いたら悲しい苦しい」

8月26日にネパールと中国の国境付近を襲った大規模な土石流。

1300人以上が亡くなり日本人5人を含む4500人以上の行方がいまも分かっていません。

ネパール人協会新潟支部の会長も務めるスナルさん。9月3日、支援物資を届けるため母国を訪れました。被害が大きかった地域はスナルさんが故郷へ帰る際に必ず通る場所でした。

家族に被害はありませんでしたが、多くの知り合いが行方不明になっているといいます。

【新潟在住のスナル ディパクさん】
「自分の見ていた街がない、それはあり得ない苦しい。一日でも早く現地に行って助ける、自分のできることをやろうと」

被災した現場を見たときに“ある記憶”を思い起こしたといいます。

【新潟在住のスナル ディパクさん】
「ネパールでこの波を見て、仙台の大地震を思い出して、苦しくなった。津波を思い出した」

2011年の東日本大震災。スナルさんは当時、仙台市の飲食店で働いていましたが店は津波に襲われ全壊。さらに多くの知り合いが亡くなったといいます。

【新潟在住のスナル ディパクさん】
「住む場所も全部流されてしまって、同じ状況にネパールでなっている。なんとかひとりでも多くの命を守るために一生懸命動いています、政府が」

何度も震災を乗り越えてきた日本。

しかし、母国は。

【新潟在住のスナル ディパクさん】
「ネパールはまだまだ貧しい国。乗り越えていこうと思うけど、支援がないとやっていけない国、そこが一番つらい。1円でも2円でも募金とかも集めてネパールまで届けてあげたい」

母国の一日も早い生活再建へ。

スナルさんは支援物資を届けるため再び現地に入る予定です。

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