原田:今週からまた新しいゲストの方々がご登場します。僕らはいま、福井県の越前市に来ています。「デザインの手前」では以前にグラフィックデザイナーの吉田勝信さんと、デザイナーの狩野佑真さんの対談シリーズを、山形にある吉田さんのアトリエで収録させてもらいましたが、それ以来の出張収録ですね。

山田:そうですね。

原田:福井県といえば、「デザインの手前」では鯖江を拠点にしているTSUGIというチームの代表である新山直広さんに出ていただきました。そのときにも少しお話に出ましたが、TSUGIが拠点にしている鯖江と、この越前は産地でいうとひと続きというか、さまざまなものづくりの産地が集積している場所ですよね。鯖江は眼鏡が有名ですが、漆器や和紙、刃物、焼き物などもありますね。

山田:数えていくと結構いろいろなものがつくられている場所ですよね。どうしても眼鏡のイメージが強いですが、意外とそれだけじゃないんですよね。

原田:今回のゲストは新山さんよりも一回りぐらい若い方々で、皆さん20代なんですよね。福井県越前市を拠点に活動されている同世代のクリエイティブチーム、閃の皆さんです。よろしくお願いします。

メンバー一同:よろしくお願いします。

原田:今回は4人いらっしゃるんですよね。

山田:僕たちの収録環境では、パーソナリティも含めて最大4人の出演となってしまうので、ゲストは2人までしかお招きできないのですが、今回は無理やり6人で話すという回になります(笑)。

閃:福井県越前市を拠点に活動する同世代クリエイター4人によるクリエイティブチーム。それぞれの異なる専門性を交差させながら、地域ならではの素材や文化に現地で触れ、それぞれが手を動かすことを通して新たな価値や解釈の創出を目指す。(左から)大西弘晃、上田樹一、高田陸央、深治遼也

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原田:実は閃のメンバーの1人である高田陸央さんには、我々がDESIGNTIDE TOKYOで公開収録をした2024年にも、3組のデザイナーのうちのおひとりとして出ていただいています。その節はありがとうございました。そのときにも少し閃の話を伺っていて、今回はそこをいろいろな角度から、4回に分けてお話を伺えればと思っています。
いつものように、まず閃のプロフィールをご紹介します。その後、今日はメンバーの方が全員いらっしゃるので、一言ずつ自己紹介をいただきたいと思います。
閃は、福井県越前市を拠点に活動するクリエイティブチームです。大西弘晃さん、上田樹一さん、高田陸央さん、深治遼也さんの4名のメンバーが、異なる専門性を交差させながら、地域ならではの素材や文化に触れ、それぞれが手を動かすことを通じて、新たな価値や解釈の創出を目指しています。福井県越前市にある越前ハウスを拠点に、福井内外のクリエイターや職人など、ものづくりに関わる人たちをつなぐ活動を行いながら、DESIGNTIDE TOKYO、DESIGNART TOKYO、alter.など、都市部のデザインイベントにも積極的に参加されています。また、閃として初のクライアントワークとなった、越前和紙を体感できる工芸宿「SUKU」では、プロダクト開発や空間設計を手がけられています。
それでは、閃としての活動のほかにもそれぞれお仕事をされていると思うので、どんなことをされているのか、簡単に一言ずつお話しいただいてもよろしいでしょうか。

大西:閃の大西です。普段は木工を本業にしていて、最近は布製品を扱ったりすることも始めていて、本業ではそういった活動をしています。

上田:上田樹一です。閃の活動の傍ら、ニワトリワークスという家具のデザイン・制作をしている会社をやっています。

高田:高田陸央です。東京でインハウスデザイナーとして働きながら、福井との2拠点で活動する生活をしています。普段はインテリアデザイナーをしていますが、個人ではプロダクトをつくったり、デザインディレクション的なこともやっています。

深治:深治遼也です。普段は本業として、鯖江市にある越前漆器の漆を塗る漆琳堂という会社でデザイナーとして働いています。それ以外にも閃の活動や、さまざまな工房の職人さんと関わり、実際に工房の中に入ってお手伝いをすることもたまにしています。

原田:ここから4週にわたって、閃の皆さんとお届けしていきたいと思います。冒頭でもお話ししましたが、番組側の収録機材の都合で、1回につき僕らパーソナリティ2人を合わせて4人までしか出演できないという制約があるので、毎回テーマを変えつつ、出ていただく方も入れ替えながらお話を聞いていきたいと思っています。
1回目は、高田陸央さんに出ていただきます。閃のメンバーは福井で活動されていますが、福井出身なのは深治さんだけで、ほかのメンバーはいろいろな場所から集まっているんですよね。そのなかで高田さんは先ほどの自己紹介にもあったように、東京でインハウスデザイナーとして働きながら閃の活動をされていて、東京と福井を行き来されているのは高田さんだけです。そこで、東京や都市と福井という土地を行き来しながら活動することや、企業のデザイン部に所属しながら個人やチームでも活動することの関係についていろいろ聞いてみたいと思っています。

高田:よろしくお願いします。

山田:最初に閃という名前の由来からお聞きしたいと思います。

高田:閃の名前の由来は、チームの成り立ちにも関わるのですが、いま拠点にしている越前ハウスという場所をつくったのは実は僕らではなく、東京を拠点に活動しているPERIMETRONというクリエイティブチームから派生した「圓」というチームなんです。佐々木集さん、西岡将太郎さん、森洸大さんの3人が1年間福井で拠点をつくりながら職人さんとものづくりをするという、僕らの前身のような活動をされていました。
僕らがこの拠点を譲り受けて、「面白いことに使ってよ」というすごくありがたい機会をいただいたのですが、そのときにこの場所や、この場所をどう使っていくかに対するネーミングやコンセプトがあった方がいいと考えてつけたのが「閃」という名前です。
圓という字にはチームという意味があり、輪を広げていくようなニュアンスが込められていました。僕らもそれを受け継いでいるので少し掛け合わせた、似た名前にしたいと考えました。僕らは東京と福井を行き来もするし、産地に新しいものを生み出していくような存在になりたいという思いもあって、「閃き」というニュアンスもいいなと思ったし、「閃」は門構えに人なので、水先案内人的に福井を案内する人のようなニュアンスもあります。ENにSを足すことでSENになりますし、円と線のような形の関係も含めて、いろいろちょうどいいよねと決めたのが「閃」です。

原田:なるほど。圓と似てるなと思ったら、あえて似せていたのですね。

原田:高田さん自身は閃のメンバーとはそれぞれどういうタイミングでどういう出会い方をされているのでしょうか?

高田:一番最初に出会ったのは深治君で、大学4年生の頃に先ほど話題に出た新山さんが主宰しているRENEWというイベントのインターンシップに参加したときに深治君もいて、そこで初めて出会いました。

原田:それまでこの地に何か縁があったのですか?

高田:全然ありませんでしたし、そんなに知らなかったんです。ちょうどコロナ禍で県境をまたいではいけない状況から、またいでもいいくらいになったタイミングで、当時僕は金沢美術工芸大学に通っていたのですが、コロナ直前に実家の三重県に帰っていました。やっと戻れるとなったときに、兄が「福井に知り合いがいる」と言って、TSUGIのデザイン事務所の方がたまたま知り合いだったので、「行きたい」と言って連れていってもらったのがこの場所を知った最初でした。その後、大学にも入れないということになって、そんなの嫌やなと思って、面白そうな地域でデザイン事務所もあるし、インターンに行ってみようかなと思いつきで連絡したのが最初です。そこから成り行きでというのがきっかけですね。

原田:最初に深治さんと出会って、そこからすぐに自分たちで活動しようという話になっていったのですか?

高田:いや、そこから閃の結成までは3年ぐらい空いているんですよね。社会人3、4年目ぐらいに閃ができました。実は大学4年生のときに深治君と一緒に展示をしていたのですが、その後は僕も就職があったので3年間ぐらいはあまり福井にも戻ってきていませんでした。そこから越前ハウスという場所があって何かに使えないかという話が出てきてから戻ってきました。それとほぼ同時に閃が結成して、そこから行き来する生活になりました。

山田:大西さん、上田さんとの出会いはどこだったのですか?

高田:僕は勝手に、閃結成の3、4年前ぐらいからInstagramで彼らのことは知っていました。それで言うと深治君のことも最初はInstagramで見つけたんですよね。「福井にこんな同い年で面白いことをやっている人がいるからちょっと会いに行こうよ」と深治くんに言ったら、会いに行ってくれました。そこから越前ハウスにも来てくれるようになりました。僕自身は閃の結成とほぼ同時ぐらいに直接彼らと出会っていて、そこから1カ月以内にはもう閃になっていたというぐらいのスピード感でしたね。

山田:知るきっかけはデジタルだけど、出会いはかなりアナログなんですね。その時は大西さんと上田さんは2人で活動されていたんですよね?

高田:はい、そうです。

山田:それで2人も参加しようという感じになって、トントン拍子で進んでいったのですか?

高田:そうですね。みんな同い年だしなんか面白いじゃんと。ほんとその辺のスピード感はすごく速かったですね。

山田:バンドを結成するような流れというか(笑)、そんな出会い方なんですね。グループでデザインをやっている方たちというのは、同じ学校にいる人同士というケースが比較的多いので、結構新鮮な出会い方ですね。

原田:同じ年齢であることと、福井という場所が、皆さんをつなぐものになっていたということですよね。高田さんは東京で就職されて、デザイナーとして働かれていたわけですが、その頃から仕事とは別にチームで活動したいとか、縁のあった福井で活動したいという思いがご自身の中にはあったのですか?

高田:そうですね。福井にインターンに来ていた時点でもう就職は決まっていて、そのうえで新山さんの存在や福井の面白さを知った状態で社会人になったので、本業もありつつ、地域でも仕事をするというバランスを模索できたらいいなとは思っていました。僕は三重県出身なので、三重でいろいろやってみたり、和紙を個人的にたくさん買っていたので、和紙の作品を家でつくるということは続けていましたね。

原田:地域にデザイナーがどのように入り、関わるのかということも時代ごとに変わってきていると思います。かなり大ざっぱに話すと、もともとは都市部から地域にデザイナーが呼ばれる時代があり、その後、新山さんのように地域に根ざして活動するデザイナーが増えてきた。そのなかで高田さんは、就職したばかりで東京で働かれていましたが、デザインの活動や仕事をするにあたって、福井へ身を移すという選択肢は最初からあまりなかったのかなという気もするのですが。

高田:東京は東京でカルチャーとしても好きですし、福井に身を移す気はありませんでした。東京と福井を人や作品が行き来できることがこの地域のためにもなるし、僕らとしても活動の幅が広がるという意味で、僕が東京にいること自体に意味があると思っています。例えば、普段東京で暮らしている僕は、東京で友達ができたら「福井おいでよ」と言って、ひたすら福井に人を呼ぶ係なんです。いままで100人ぐらいは来ているのですが、福井を楽しんでもらえるというのはやっぱり一番大きいかなと思います。

原田:地域からすると、外から人がたくさん来ることがプラスになるという考え方ですよね。

高田:そうですね。東京で展示するときにも、東京にどんな場所やイベントがあってどこに出すべきかという肌感は、普段から足を運んでいるほうがわかるので、「次はこういうところに出そう」といった話も結構していますね。

山田:この後、皆さんに聞いていくことにもなると思うのですが、ほかのメンバーが東京に出る頻度はどれくらいなんですか? 高田さんは普段東京にいるので、ほかのメンバーが東京に出てきたときに東京で会って話したり、往来はあるのでしょうか?

高田:結構ありますね。メンバーが東京に来たときにはうちに泊まったりもしています。そもそも上田と大西は関東圏で生まれ育っているので、クライアントが東京になることも多く、そのタイミングで会うことも多いですし、展示会のときは彼らが作品と一緒に車で走ってきてくれるのですが、インストールや現地での対応も含めて、東京に来ることは結構多いですね。

山田:僕は去年、ある展示会で深治さんに偶然会ったりしました。

原田:深治さんが働かれてるメーカーが展示会に参加していたということですよね。

山田:はい、漆琳堂さんとして出ていた展示で、「あ、そうか、そうだった」と(笑)。二重のイメージがあって面白いなと思いました。

原田:そういうグラデーションがいろいろあることも閃の面白さですし、東京でまったく違う場所で会った人が、そこから閃の存在を知ったり、閃に関わったりするような接点がいろいろありそうですよね。

高田:そうですね。ビジネスベースだけで考えるのではなくて、単純に友達もそうですし、会社の知り合いや、デザイナーではない人、例えば飲食をやっている人なども含めて幅があることは僕らも楽しいですし、産地にとってもいろいろなカルチャーが入り交じってこそ化学反応が起きるので、そこはすごくプラスだと思っています。

原田:福井にいろいろな人を呼ぶというところでいうと、先ほどから越前ハウスの話が出ていて、これは閃が拠点にしている場所ですが、そういった役割を担う拠点として機能させようとしていると思います。越前ハウスで具体的にどんなことをしているのか、その取り組みについて聞かせていただけますか?

高田:越前ハウスには建物が2棟あって、母屋とガレージになります。母屋は2階建てのいわゆる日本家屋で、最大で20人ぐらいが寝泊まりしたことがあるくらいの広さです。キッチン、お風呂やシャワー、エアコンもあるので比較的快適に過ごせる場所です。
若いデザイナーに東京から来てもらうとき、数泊から1週間程度滞在するとなると、ホテル代はかなりハードルになりますが、「うちに泊まってきなよ」と言えるとそこはかなり下がります。外に飲みに行くと車の問題もあるので、家で遅くまで飲めるという意味でも、楽しめる場所になっていると思います。
ガレージのほうも2階建てで、1階がアトリエになっていて工具もある程度あるので作業ができます。2階はギャラリーになっていて、僕らがこれまでにつくった作品と、産地で集めた素材や道具を展示しています。東京から来た人が素材からアウトプットまで一通り見られます。全部の工房を案内することはできないので、まず概要を伝えられる場所になるといいなと思ってつくっています。それが越前ハウスの主な2つの機能になっています。

山田:ほかの地域から福井に来る人は、福井にどんなイメージを持っているのでしょうか? 僕は年中出張しているので、福井に行った写真をInstagramに上げると、「恐竜好きなの?」みたいなことを言われたりして、「あ、そこなんだ」と(笑)。外から来る皆さんは、福井にどんなイメージを持って来るのでしょうか?

高田:僕らと出会って、活動を知った上で来てくれるので、やっぱりものづくりが盛んで、伝統工芸があって面白そうというイメージを持っている人が結構多いですね。

山田:産地には行きたいけれど、きっかけやつながりがないと来にくいですからね。

原田:行きたくても工場系のイベントくらいしかきっかけがなかったのかもしれないですね。

山田:そうですね。だから接点をつくってくれるという意味でも、すごくありがたい存在だろうなと。

原田:同世代が多くて、ものづくりに関わってたり関心が強い方というのが多いのでしょうか?

高田:活動当初はそれがメインでしたが、だんだん展示会に一緒に出ていた方など、一回りくらい上の方も来るようになりましたし、海外のデザイナーがInstagramで連絡をくださって案内することも増えてきたので、いまはかなり幅がある感じですね。

原田:福井に興味を持ってこの場所に来た方に、越前や福井でものづくりを通して何かしらのつながりを持ってほしいという願望は、高田さんのなかにどれぐらいあるのですか?

高田:それはもう本当につながってほしいです(笑)。僕らは普段、職人さんにすごくお世話になっているので、僕らにできる恩返しはそれぐらいですし、恩返ししたいという気持ちも大きなモチベーションになっていて、そのために案内するということもあります。
僕自身、就職してずっと東京にいた時期は、すごく面白いものが集まる街ではあるけれど、つくり手にとっては遊びの余白や作業できる場所がなくて、息苦しさも結構あるなと思っていました。だから、少し足を延ばしたところにこういう楽しい場所があるということを、同世代のインハウスデザイナーなどのクリエイターに感じてもらえるといいなと思っていて、そのマッチングができたらなと。そこから「福井で何かを動かしてみよう」となってそれが職人さんの仕事につながったりもしますし、三方良しの関係になるといいなという思いは結構ありますね。

原田:冒頭でもお話ししたように、高田さんには2024年のDESIGNTIDE TOKYOで我々が企画したトークに出ていただきました。そのときは主に個人のデザイナーとして、出品されていた越前和紙を使った家具のシリーズを軸に、サステナブルやリジェネラティブの話をしていただきました。基本的には個人の活動や作品の話を伺ったわけですが、高田さんの中で閃の活動と個人のものづくりはどのようにつながっているのでしょうか?

高田:これは少し難しいのですが、特に2024年のDESIGNTIDEのタイミングは、閃を結成して本当に間もない頃でした。その年の4月に名古屋で個展をしているのですが、それも越前和紙を使ったプロダクトで、その個展自体が決まったのは閃の結成前なんです。もっと言えば、卒業制作の頃からここでものづくりをしているので、僕自身がやっていることは、個人も閃もずっとつながっています。ただ、個人として言えるステートメントと、チームだから言えるステートメントは結構違うと思っています。
閃で言っているようなことを僕自身が言うのは結構荷が重いというか、東京と福井を行き来しているレベルですし、福井に住んでいるメンバーがいてこそ初めて言えることもあります。深治君のようにずっと産地に入り込んでいるメンバーがいるからこそ説得力が出ることもあるので、チームができたことで活動の幅がすごく広がったと思っていますし、僕自身としては個人活動イコール閃ぐらいになっています。それはメンバーによりけりですが、僕自身はそういうバランスですね。

原田:閃のステートメントについては主に次回以降で聞けると思いますが、先ほど東京から福井へ身を移す気はなかったという話がありました。一方で、地域に住んでいないと地域との関係性を築きにくいという難しさもあると思います。そういうときに閃というメンバーやコミュニティ的な場があることで、個人で東京から福井へ来るのとは違う形で地域との関係を結べるということはありそうですよね。

高田:そうですね。

原田:福井と東京を行き来する頻度や、それぞれの場所で過ごす時間の比重など、この辺のバランスは今後も変わらずに続きそうですか? それとも少し変わってきているところがあるのでしょうか?

高田:それは結構考えるタイミングが来ている感じですね(笑)。

原田:なるほど。ちょうどじゃあタイムリーな話題なんですね。

高田:タイムリーですね。3年前ぐらいは自分の持ちうる時間をすべて閃の活動に注いでいたので、本当にプライベートがないぐらいでした。

原田:仕事以外全部ということですね。

高田:そうですね。東京と福井は結構遠いのですが、立ち上げの時期は時間も労力も注ぎ込まないとできなかったところがあって、去年の東京での展示会が一区切りだったかなと思っています。いろんな人に知ってもらって、僕らの活動がある程度形になってきたところで、じゃあ次どうするのか、どういう活動をしていくのか、どういう仕事を受けていくのか。メンバーそれぞれにプライベートもありますし、これからやりたいことなどもあるので、閃としてもこの地域にとっても個人にとっても良い関係性を築いていけたらと思っています。ただ、基本的にいまも東京と福井を行き来する活動は変わらないですね。

原田:ちょうどいまは閃としても一区切りのタイミングということなんですね。

高田:閃結成からいままで展示ベースで活動してきましたが、クライアントワークも増えてきて、海外でも展示したいと考えているので、展示ベースでつくっていくよりは目の前のクライアントワークに向き合うのがいまは大事ですし、海外でどういったプレゼンテーションすることが産地のためになるのかというところも、これまでとは違う脳みそで考えなくてはいけないので、その準備期間という感じです。いまはいろんな人ともコミュニケーションを取りながらリサーチをしている段階で、閃としては次のフェーズに向かっているかなと思っています。

原田:都心部の企業で働きながら、地域にも根ざして活動するというのはこれからのデザイナーのあり方として面白いと思いますし、企業で働いているからこそ個人活動では攻めることができるという話も含めて、高田さんぐらいの世代のデザイナーには興味のある話かなと思います。これからのデザイナーのあり方としてひとつの提案にもなっているように思いますが、高田さん自身はこうした働き方やデザイナーとしての動き方を、いまどう考えていますか?

高田:まず大前提として、僕の会社が副業を許可してくれていて、これは10年前、20年前ではありえなかった状況で、時代の移り変わりによって個人活動が許されるようになったという前提があると思います。これまでは入社してからこっそり活動を始めて、波に乗ったら独立するというパターンがあったと思いますが、いまは別にこっそりやる必要もないですし、いきなり会社を辞めるという極端な選択もしなくてもいいのはありがたいことだと思っています。
特に入社してすぐの頃は、会社でいきなりめちゃくちゃ活躍できるかというとそうでもなかったりします。もっと純粋なものづくりをしたいとか、単純に手を動かしたいという気持ちが芽生えてくることは、デザイナーが大きなメーカーなどに就職すると、あるあるだと思っています。そういうときに、コンペなどに出す人も多いと思いますが、そのフラストレーションを発散する先が地域になると、地域の人からはその活動自体を面白がってもらえたりしますし、いきなりクライアントワークとしてお金をもらってやりますという形でなくても、お互いが面白がれる関係を築けるというのはお互いのためになります。長い時間をかけて関係性を築くという意味でも、本業があれば、いきなりお金にしなければいけない、焦らなければいけないという条件がなくなり、その関係性はすごく健全だと思っています。
そういう人を必要としている文化や産業、地域は、日本にいろいろあると思いますし、長い目線でデザイナーが関われるのはインハウスデザイナーならではだと思っているので、そういう活動がどんどん増えていくといいなと思いますね。

原田:都心部のメーカーでの本業と、地域での極めてインディペンデントな活動には、それぞれに相乗効果があったりするのでしょうか?

高田:それはめちゃくちゃあって、それも本質だと思っています。ずっと会社にいると、会社の人以外との交流が少なくなってきます。でも、人間としての学びにはいろいろな種類があると思っていて、会社でしか学べないこともありますし、大きな企業で人間としてすごくちゃんとしている人たちから得られることもあります。

原田:ちゃんとしてない人ってどういう人なんでしょうね(笑)。

高田:プロジェクトの推進の仕方や、いろいろなステークホルダーがいるなかでの進め方などは僕自身すごく勉強になります。閃の活動は、同世代で部活みたいにやっている部分がありますが、プロジェクトを進めたり、チームをまとめたりするにはそうしたチームビルディングの要素も必要なので、相互に良い影響があります。閃として活動するなかでも僕自身いろいろな人に出会いますし、展示をして見てもらってフィードバックを得ることもできます。
単純に、チームメイトからいろいろなことを教えてもらえるので、木工についても大学以上にめちゃくちゃ手を動かしてつくれるようになりましたし、深治君なんかはすごく産地に入り込んでいるので、産地の情報も常にシェアしてもらえています。学びという意味でも、僕自身はものすごく恩恵を受けられていると思っています。

原田:福井県越前市を拠点に活動するクリエイティブチーム・閃のメンバーをお迎えするシリーズ、1回目の今回は高田陸央さんに、福井と東京の2拠点を行き来しながら、個人、チーム、会社それぞれの活動をどうつなげているのか、あるいはどうつながっているのかという話を伺ってきました。
次回2回目は高田さんには引き続き残っていただき、そこに深治さんにも加わっていただきます。これは閃の活動のコアになるテーマだと思いますが、「デザイナーが地域の産業に何ができるのか」というところを聞いていきたいと思っています。高田さん、ここまでありがとうございました。

高田:ありがとうございました。

山田:ありがとうございました。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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