「生きていたらまた会える」
デビュー50周年を迎えた松山千春さんが、そう語りました。
【画像】50周年・松山千春さんの原点 STVホールで記念ライブ 「生きていたらまた会える」
8月8日、原点であるSTVホールで記念ライブを開催。
いま伝えたい思いとはー
万感の拍手で迎えられたのは…松山千春さん。
8日にSTVホールでデビュー50周年を記念するライブが開かれ、全国からおよそ400人のファンが集まりました。
カメラはこの日の千春さんを追いました。
(木梨憲武さん)「失礼します!千春さんご無沙汰しています」
急遽、駆け付けたのはタレントの木梨憲武さんです。
(木梨憲武さん)「北海道に来て挨拶ないとすごい怒りそうだから」
(松山千春さん)「怒ったりしないって。もう二度とくるなっていうぐらい」
(木梨憲武さん)「本当におめでとうございます。まだまだ歌い続けてください」
(松山千春さん)「頑張ります」
千春さんにとってSTVホールは深い思い出があります。
千春さんの育ての親であり、STVラジオでディレクターを担当していた竹田健二さん。
デビュー前から千春さんの歌声にほれこみ、ラジオ番組で歌を披露するコーナーを設けました。
その場の一つがSTVホールだったのです。
当時、甘い歌声とユーモアあふれる語りがラジオから流れ、ファンが広がりました。
そして1977年1月25日に「旅立ち」でデビュー。
北海道で「松山千春」の存在が知られるようになりました。
(記者)「覚えていらっしゃいますか」
(松山千春さん)「私の最初のコンサートのチラシ。こうやってデビューしたんだなって感じる。8月27日は竹田さんが亡くなった日だから」
8月8日のデビューコンサートからわずか20日後、竹田さんは急性心不全で亡くなりました。
まだ36歳の若さでした。
(松山千春さん)「竹田さんが亡くなってこれからどうしたらいいんだろう、何やったらいいんだろう。アマチュアの時からSTVホールで何度も歌わされてきたから、50年前、歌っていたんだと、もう一度みんなに聞いてもらいたい」
50年間、どんなときも支えてくれたファンへ、こう思いを伝えました。
(松山千春さん)「お互い生きていくべ。生きていたらまた会えるんだから。またこうやって一緒にいれるんだから。50周年ありがとう!」
歌手・松山千春70歳。
北海道を拠点に活動を続けてきたことを大きな誇りと語りました。
生きている限り歌い続けます。
