2026年7月29日 18:00


(県民は)
「知らなかった、ゆでたまご好きな方やね」
「徳島出身のピッチャーやから、徳島の偉人。ちょっとさみしい」
「元気な姿、見たかったさみしくなったなあ」

(県民は)
「徳島ってあまり有名人いないから、有名人の中の一人やね」

(県民は)
「徳島のために活躍した。非常に残念です」


板東英二さんは1940年旧満州生まれ、鳴門市で育ちました。
高校時代は徳島商業高校野球部で投手として活躍し、1958年の夏の甲子園大会では、6試合で通算83奪三振の大会記録を樹立。
この記録は、今も破られていません。

その後、プロ野球中日ドラゴンズに入団し、投手として77勝をあげるなど活躍しました。

野球を引退した後は、そのトーク力を生かしてタレントに転身し、人気クイズ番組の司会者や俳優として、お茶の間でもおなじみの存在となりました。
また、2012年には地元・鳴門市の観光大使を委嘱されました。

(板東英二さん)
「タレントが来たとき、旅費と宿泊費は鳴門市で負担することにします」
「お笑いの世界では、どうも僕が噓つきのような印象がありますので、初めて本当のことを伝えるようになるべくいたします」
突然の訃報を受けて関係者は。


(徳島商業野球部OB・武市雅則 会長)
「(訃報を聞いたのは)さきほどですので、ビックリしました」
「ここ数年間テレビにも出られてなかったので、体調は思わしくないことは耳にしたような」
「バラエティ番組に出ている印象ではなくて、徳島商業野球部のOBですから、私たちに対しては野球の話とかしていただいた。86歳でなくなられたことは非常に残念に思う」

板東さんの公式ホームページによりますと、元プロ野球選手でタレントの板東英二さんが7月22日、慢性心不全のため亡くなっていたことが分かりました。
86歳でした。
謹んでおくやみ申し上げます。
最終更新日:2026年7月29日 18:28
