標高約1,000mの布引高原に並ぶ風車。青空を背景にそびえ立つ風車は全部で33基ある。

J-POWER郡山布引高原風力発電所は、福島県郡山市にある。明治時代には安積疎水(あさかそすい)が開削され、周辺の荒野が開拓された。現在は再生可能エネルギーの開発に力を注ぐ、自然豊かな町を歩いて旅した。

小説家 藤岡 陽子/ 写真家 竹本 りか

33基の風車が立ち並ぶ標高1,000mの布引高原

布引(ぬのびき)高原を目指して急勾配の山道を登りきると、急に視界が開け、目の前で風車がゆったりとブレードを回していた。

風車の白、空の青、草原の緑。目に染み入るような色彩のコントラストは絵画のようで、その美しさに一瞬にして心を奪われる。

発電用風車は全部で33基あると聞いていたが、見晴らしのよいこの場所からもそのすべてを見ることはできない。

敷地には車でぐるりと一周できる道路やウォーキングコースがあり、ここをたどれば全部の風車が見られるかもしれない。そう思い、ウォーキングコースを歩いてみた。広々とした草原にはたんぽぽ、すみれ、いぬふぐりなどの野花が咲き、ホーホケキョとどこからか鶯(うぐいす)の鳴き声も聞こえてくる。

この青々とした草原に真夏はひまわり、秋になるとコスモス畑が広がるそうで、またその季節に訪れることを風車に誓う。

馬入新田の水芭蕉の群生地

郡山駅前にある、「福島再生可能エネルギー研究所」(FREA)の看板

音楽グループ「GRe4N BOYZ」の楽曲「扉」をモチーフとしたモニュメント

音楽都市、郡山市を表現したマンホール

竹藪広がる荒地が大根の一大産地に


郡山市の市制試行を記念して1924年に建設された郡山公会堂。今も様々なイベントが行われている。


安積疏水の完成を祝ってつくられた麓山の飛瀑。麓山公園の中で見ることができる。


猪苗代湖の湖畔から眺めた磐梯山。会津富士と呼ばれ地元の人々に愛されている。

今では美しい景観を誇る布引高原は、元は竹藪が広がる荒れた原野で約1,000mの高地にあることから「布引山」と呼ばれていた。

その竹藪を地元の人たちが力を合わせて刈り払ったのが戦後、1947年頃。そしてその11年後の1958年にこの場所で野菜づくりが始められた。

初めのうちは失敗の連続だったが、試行錯誤を続けているうちに、夏期も収穫ができる大根づくりに成功。大根の一大産地に成長した。

布引高原では今もキャベツやニンジンなどの野菜が栽培され、特に大根は「布引大根」と銘打たれ、郡山市内に出荷される。

出入り口のすぐそばには布引高原の「開拓記念碑」が立ち、開拓者たちの歩みを称えていた。

安積疏水を完成させた開拓者たちの情熱

布引高原で自然を満喫した後は、郡山市内を歩いてみた。

日本で4番目に大きい猪苗代湖(いなわしろこ)の湖畔に立ち、磐梯山(ばんだいさん)を眺める。  

そんな贅沢な時間を過ごしながら、この地に残る開拓の精神に思いを馳せた。

明治の中頃まで、郡山盆地は安積原野という水不足で悩む未開の地だった。そこで「この地になんとか水を引きたい」と地元の有力者たちが政府に訴える中、明治政府の内務卿であった大久保利通が開拓を推進したという歴史がある。

1879年に着手された疏水開通工事は、郡山盆地と猪苗代湖を隔てる奥羽(おうう) 山脈に穴を開け、湖の水を流し込むという大規模なものだった。そしてさらに疏水をつくり、猪苗代湖の水を郡山全域に行き渡らせる大工事は1882年に完成した。

全長52km、分水路を含むと約130kmの安積疏水は日本三大疏水の一つとされ、その偉業は後世に伝えられている。

安積開拓のことを深く知りたいと思い、開拓業務の事務所になっていた開成館を訪れた。こちらは安積開拓・安積疏水の資料館のようになっている。本館は工事中で見学できなかったが、同じ敷地内にある官舎や入植者の住宅を見学した。開拓の中心になったのは全国から集まってきた武士たちで、この事業が明治の世に変わり仕事を失った彼らの救済も兼ねていたことを知る。

麓山(はやま)公園には疏水開通を記念してつくられた人工の滝「麓山の飛瀑」があり、滔々(とうとう)と溢れ出る清らかな水を見ていると、144年前の先人たちの喜びが胸に迫った。

東日本大震災3年後に開所 研究で地元企業に併走する


福島再生可能エネルギー研究所


アンモニアガスタービン発電機。FREAは2015年に世界で初めてアンモニアのみを燃料にした発電に成功。

郡山市内には国内で唯一再生可能エネルギーに特化した研究施設「福島再生可能エネルギー研究所」(FREA)がある。広大な敷地に建つこの施設でいったいどのような研究が行われているのか、見学させていただいた。

「FREAは産総研(産業技術総合研究所)の研究拠点として、2014年に開所されました。一番の特徴は、世界に開かれた研究とその成果を通じた地域復興への貢献、というところにあります」

古谷博秀所長によると、東日本大震災で被災した福島に「自分たちの研究を還元する」ことがこの地で再生可能エネルギーの研究を進める意義の一つだという。

敷地には太陽光発電設備や風力発電設備、水素実験棟などの実証フィールドがあり、再生可能エネルギーに関わる実証レベルの研究開発ができるようになっている。

「私たちの役割は地元企業が持つ技術を預かり、それが実装できるところまで伴走することです。これまで13年の間に延べ371者から213の課題を受け、そのうちの65件が事業化されました」

打率で例えると単純計算では3割超え、大谷翔平選手並みです、と古谷所長が笑みを浮かべる。


実証フィールドに設置された太陽光発電設備。


工学博士でもある古谷所長(左)に研究内容の説明を受ける筆者。


1m3の水素ガスをいろいろな蓄え方をしたサイズの模型。左から液体水素、MCH(メチルシクロヘキサン)、水素ガス700気圧、水素ガス300気圧。


「私の役割は施設で働く人たちが気持ちよく仕事ができるようにすること。再生可能エネルギーを多くの方々に知っていただくことです」と語る古谷所長(左)。

研究が事業化につながる12年間の成果の展示

実際にどのような研究が商品化につながったのか、展示室を案内していただいた。

「こちらは風車のブレードに貼る保護シートです」

風車のブレードは長く、稼働中の先端部は新幹線より速く回る。そんな状況下でブレードが雨や雪に当たると、いつかはエロージョンといわれる摩耗や浸食が起こる。

「この保護シートは、エロージョンを遅らせることができるんです」

研究所でエロージョンを起こす装置を使ったり、実験用の風車に保護シートを貼ったりして効果を証明した。ほかにも井戸水を使うことでエアコンの電気代を3割から5割程度に抑える装置(※環境条件は別途有)など、興味深い研究成果を次々に見て歩く中、私が心惹かれたのは太陽光パネルのリサイクルだった。パネルのガラス部分を砕いてつくった粒を地面に敷き詰めると草が生えにくくなる、と古谷所長が説明してくださる。

「太陽光パネルの普及が増えたのは2010年頃ですが、パネルの寿命は20年から30年程度なので、これからは廃棄後の処理について考えなくてはいけません」

数年先に起こる問題に対してどう対処していくか。研究者は常に未来を見据え、必要なものをつくり出していることに気づかされた。

東日本大震災後、2016年に福島県は「福島新エネ社会構想」を策定した。これは2040年までに県全域で使用しているエネルギーと同量を再生可能エネルギーでつくろうというもので、研究所もその目標の実現に向けて研究開発の面から貢献している。

古谷所長の言葉に忘れられないものがあった。

「ウィークポイントがあるというのは、我々研究者にとっては宝物です。どうやって悪くなるかがわかるからです。それが知見です」

失敗から学ぶ。学び、挑み続けることでいつか成功にたどりつく。

たとえ時間がかかっても、その挑戦は次の世代に残っていく。開拓者の精神が息づく町で、また明日も頑張ろうという力をもらった。

東北で有数のウインドファーム 日々の保守・管理で安全に稼働


風車のブレードの最高点は地上約100m。

郡山布引高原風力発電所は2007年に運転を開始し、2027年2月で20年目を迎える東北で有数のウインドファームだ。今回は布引高原に立つ33基の風車や変電所を株式会社ジェイウインドサービス川野浩司所長に案内していただいた。

風車を近くで見るとその迫力にいつも驚かされる。布引高原に立ち並ぶ風車は中心部までの高さが64mあり、さらにそこに35.5mのブレードが付いているので、頂点の高さは約100mにもなる。この大きな風車を保守・管理するのはとても大変なことに違いない。

「風車の点検は毎日行っています。巡視は普段からしていますし、今は定期点検も始まっています」

巡視点検は1日に1基から2基行うことが可能だが、定期点検になると1基につき2日から3日かかるため、毎日作業することが必要だと川野所長が教えてくださる。

「この場所は冬になると雪が積もり、工具やパーツを運ぶのが難しくなります。なので定期点検は4月から11月の間に終わらせるようにしています」

とはいえ巡視点検は冬の間も継続され、除雪されていない場所へはスノーモービルで移動するという。

郡山市といえば2011年の東日本大震災で被害を受けた地域である。その時の様子を聞いてみると、川野所長が風車の点検中に地震が発生したそうで、「最初に縦揺れ、続いて横揺れが来たので、地震だとわかりました。危険を感じてすぐに下りました」と当時のことを話してくださった。風車に被害はなく、その後も致命的な故障がなく動いているのでよかったです、と。

33基の風車がこれまで安全に稼働してきたその陰で、職員の方々の誠実な仕事の積み重ねがあったことを知る、貴重な見学になった。


郡山布引高原風力発電所および主な取材先・撮影地。


風車33基の発生電力量は約35,000世帯分の年間消費量に相当する。


19号基の扉の前に立つ川野所長(左)と筆者。

郡山布引高原風力発電所
所在地:福島県郡山市
発電所出力: 65,980kW
風車発電機: 2,000kW × 32 基
       1,980kW × 1 基 計33基
営業運転開始:2007年2月

Focus on SCENE 猪苗代湖畔から磐梯山を望む

福島県の中央に位置する猪苗代湖(いなわしろこ)。日本で4番目の広さを誇る。水の透明度が高く、「天を映す鏡のような湖」の意で、別名「天鏡湖(てんきょうこ)」とも呼ばれる。その北側には活火山の磐梯山(ばんだいさん)がそびえ、雄大な姿を湖面に映す。民謡「会津磐梯山」で「宝の山よ」と歌われているが、1888年(明治21年)の水蒸気爆発による山体の崩壊で、裏磐梯の五色沼などの観光名所ができた。登山やレクリエーションなどで、福島県民に親しまれる山だ。

文/豊岡 昭彦

写真 / 竹本 りか

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