欧州連合(EU)で、家庭が冷房に使うエネルギーが6年間で倍増した。欧州統計局(Eurostat)によると、2018年の40.5千テラジュール(TJ)から2024年には80.4千TJへ増えた。欧州は世界で最も速く温暖化する大陸であり、これまで冷房をあまり必要としなかった地域にも暑さが広がる。同時にEUは、エアコンやヒートポンプに使うフッ素系冷媒を段階的に市場から外そうとしている。需要が立ち上がる時期と、冷媒を切り替える期限が重なった。
そこで注目されるのが、気体の冷媒を使わず、金属や結晶の温度変化で熱を運ぶ「固体冷却」である。欧州では約398万ユーロを投じた住宅用エアコン計画が進む。ただし、革命を語るにはまだ早い。欧州の計画が500ワット(W)級の実験機を設計している間に、中国・香港の研究チームは1,284Wを記録した。競争は材料の発見から、装置全体の性能と量産性を争う段階へ移った。
01.80.4千TJが示す冷房需要の立ち上がり02.2027年から狭まるフッ素系冷媒の選択肢03.500W・15Kを狙う欧州のSMACool04.キロワットを越えた中国、欧州の勝負は実装へ80.4千TJが示す冷房需要の立ち上がり
2024年のEU家庭における冷房用エネルギーは、前年から15.3%増えた。国別の使用量はイタリアが26.3千TJ、スペインが14.3千TJ、ギリシャが11.9千TJで、この3カ国だけでEU全体の約3分の2を占める。家庭のエネルギー消費に占める冷房の比率は、キプロスで16.0%、マルタで15.0%に達した。
EU平均だけを見ると、冷房は家庭の最終エネルギー消費の0.8%にすぎない。暖房の61.5%とは大きな差がある。しかし、電力網にとって厄介なのは年間の総量より、猛暑日の午後に需要が集中することだ。冷房を必要とする時間帯が地域内で重なれば、平均では小さな用途でも発電・送電設備の余力を削る。欧州環境庁(EEA)は、冷房需要の増加と火力発電所で使える冷却水の減少が同時に起き、停電リスクを高める恐れを指摘している。
しかも、需要の伸びは南欧に限られない。コペルニクス気候変動サービスの観測では、欧州の気温は1990年代半ば以降、10年あたり約0.53度上昇してきた。世界平均の約0.26度に対して2倍を超える。世界の平均気温上昇が1.5度から2度へ進む場合、冷房需要の相対的な増加率が特に大きくなる国として、スイス、英国、ノルウェーが挙げられている。
英国の気候変動委員会は、2050年に既存住宅の92%が過熱リスクにさらされると見積もる。冬の保温を優先してきた建物が、夏には熱を逃がしにくい。この予測は、冷房の少なさを文化の違いだけでは説明できなくなったことを物語る。
2027年から狭まるフッ素系冷媒の選択肢
現在のエアコンは、冷媒を圧縮して液体と気体の間を循環させ、室内の熱を屋外へ運ぶ。装置は成熟しているが、冷媒が漏れれば温暖化を加速させる。EUのFガス規則は、機器の種類と能力、冷媒の地球温暖化係数(GWP)に応じて販売禁止を段階的に広げる。
定格能力12キロワット(kW)以下の一体型エアコンとヒートポンプでは、GWPが150以上のフッ素系ガスを使う製品が2027年から原則として市場に出せなくなる。2032年には同じ区分でフッ素系ガス全般が対象になる。分離型の空気・空気式では、12kW以下でGWP150以上が2029年から、フッ素系ガス全般が2035年から原則禁止となる。設置場所の安全要件を満たせない場合などには例外があるため、「数年後にEUでエアコンが売れなくなる」という話ではない。
低GWPの冷媒へ移れば規制には対応できる。だが、プロパンには可燃性があり、機器の設計や設置条件も変わる。固体冷却が期待される理由は、冷媒の候補を入れ替えるのではなく、漏出する気体そのものを熱サイクルから外せる点にある。冷媒規制への対応を、化学物質の選択から材料と機械の設計へ置き換える発想だ。
もちろん、固体にすれば電力が不要になるわけではない。材料へ力や磁場を加え、室内から吸収した熱を屋外へ受け渡す駆動機構と熱交換器が要る。評価すべきなのは材料単体の温度変化ではなく、装置が実用的な温度差を保ちながら何Wの熱を運び、そのために何Wの電力を使うかである。
500W・15Kを狙う欧州のSMACool
欧州の「SMACool」計画は、ニッケル・チタン(NiTi)形状記憶合金を固体冷媒として使う。合金を圧縮すると結晶構造が変わって発熱し、力を抜くと元へ戻りながら周囲の熱を吸う。この変化を繰り返し、熱交換流体を介して室内の熱を外へ移す。仕組みはエラストカロリック冷却と呼ばれる。
計画は2024年10月に始まり、2027年9月まで続く。EUの拠出額は約397万7千ユーロで、ドイツ、イタリア、スロベニアの3大学とアイルランドのExergynが参加する。住宅用の機能試作機を作るため、材料と圧縮機構を改良し、数値モデルと測定環境も整える。
2026年6月に公開された初年度の進捗報告は、実態をかなり具体的に示す。装置の設計目標は、冷却能力500W以上、室内外に相当する温度差15ケルビン(K)、そして可能な限り高い成績係数(COP)である。NiTi材料は100グラムを超えるインゴットまで製造規模を広げた。季節ごとの屋外温度と室内の熱負荷を再現する二つの恒温室も準備しており、電力消費を含む季節成績係数を測る。
一方、現在の成果は設計とシミュレーションが中心だ。SMACoolは既存のHVACより2〜3倍高い効率を目標に掲げるものの、計算で選んだ装置構成はこれから実験で確かめる。薄いNiTi構造で熱を素早く受け渡しながら、圧縮時の座屈を防ぐ設計が要る。回転運動を直線圧縮へ変える駆動方式も二つの案を検討中だ。500Wは住宅全体を冷やす製品の完成値ではなく、統合試作機へ進むための入口である。
キロワットを越えた中国、欧州の勝負は実装へ
固体冷却の出力競争では、欧州が単独で先頭に立っているわけではない。香港科技大学などの研究チームは2025年、NiTiの薄肉管を10個のセルに分け、力は直列、熱交換流体は並列に流す構造をNatureで報告した。3.5ヘルツで動かし、NiTi 1グラムあたり12.3W、装置全体では1,284Wの冷却能力を達成した。それ以前の装置は300W以下にとどまっていたため、初めてキロワットの壁を越えた。
ただし、この1,284Wは入口と出口の温度差がない条件で測った値だ。実際のエアコンは、暑い屋外へ熱を押し出しながら室温を下げなければならない。温度差を大きくすれば冷却能力やCOPは下がる。初期50万サイクルで性能を確認した点も前進だが、毎夏使う住宅設備としての寿命と保守費用は別に検証する必要がある。騒音や量産時の材料コストも製品化を左右する。
国際エネルギー機関(IEA)は2026年版の技術革新報告で、この中国のキロワット級実証を2025年の節目として挙げた。欧州には研究機関と新興企業、Fガス規制が生む早期市場がある。だが、高出力化の記録はすでにアジアへ移っている。欧州の優位を決めるのは発明の数ではなく、15K程度の温度差で既存機を上回る季節効率を示し、その装置を量産できる企業と供給網をつなげられるかだ。
それでも、固体冷却の実用化を待って建物対策を遅らせるわけにはいかない。外付けブラインドと樹木で日射を遮り、夜間換気や断熱改修で室内に入る熱を減らす。英国の試算では、過熱に弱い都市部世帯の30%を優先して改修すれば、2050年代の暑さによる死亡リスクの57%を避けられる。冷房は残った熱負荷を引き受け、病院や学校、介護施設、暑さに弱い住民へ先に届けるべきだ。
欧州の冷房革命があるとすれば、一つの新型エアコンが一夜で市場を塗り替える形にはならない。2027年からの冷媒規制、2027年9月までのSMACool実証、そしてキロワット級装置の温度差付き性能が順にそろったとき、固体冷却を研究テーマから住宅設備へ移せるかが決まる。
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