欧州委員会は2026年6月25日、Amazon Web Services(AWS)とMicrosoft Azure(Azure)をデジタル市場法(DMA)のゲートキーパーとして指定すべきとする予備的見解を両社に通知した。DMAはこれまで、検索エンジン、SNS、アプリストアといった消費者向けプラットフォームを主な規制対象としてきた。今回の動きは、EUで220億ユーロ規模とされるクラウドコンピューティング市場へと規制の射程を初めて拡大するものだ。
欧州委員会がこの結論に至ったのは、2025年11月18日に開始した市場調査がおよそ7か月かけて蓄積した情報が基礎となっている。調査では企業ユーザー、競合事業者、その他のステークホルダーからのヒアリングが行われ、AWSとAzureのEUにおける市場支配力の実態が検証された。AmazonとMicrosoftはすでに他のサービスでゲートキーパーに指定されており、今回はそのクラウド部門が追加で対象となる格好だ。
01.数値基準を満たさなくても指定できる根拠02.ゲートキーパー指定が義務づけること03.AmazonとMicrosoftの反論、そしてGoogle Cloudの扱い04.米欧貿易摩擦との交差点05.次の焦点:12月の最終決定まで数値基準を満たさなくても指定できる根拠
DMAには、ゲートキーパーを指定するための定量的な閾値が設けられている。具体的には、ユーザー数や年間売上などの指標がその基準となる。AWSもAzureも、この定量的な閾値を満たしていないと欧州委員会は認めている。それでも指定を進めようとする根拠は、DMAが定める「定性的指定」の条件にある。
委員会は、AWSがEUのクラウドサービス市場で最大手、AzureがEU内で2位の規模を持つと判断した。両社はEUにおける大規模な顧客基盤と高い切り替えコスト(スイッチングコスト)により、ロックイン効果を生んでいる。一度データや業務プロセスを特定のクラウド基盤に移行すると、移行コストと互換性の問題が障壁となり、顧客は実質的に乗り換えが難しくなる。この構造的な粘着性が、競合の参入を阻む「堅固かつ継続的な地位」の根拠として委員会に認識された。
さらに委員会が注目したのが、AI需要とクラウド市場の結びつきだ。AI関連ツールやパートナーシップが新規クラウド契約の選択を左右する「決定的要因」になっていると委員会は分析する。AI需要の急拡大によってクラウドへの需要自体が増加しているが、その増分の大部分がAWSとAzureの各エコシステム内に取り込まれているという構図が、調査から浮かび上がった。
両社の長年にわたる市場首位の持続と、競合他社を上回る設備投資・運営能力も評価材料となった。この組み合わせが、ユーザー数という定量基準を満たさなくても定性的指定の要件を満たすと委員会が判断した理由だ。
ゲートキーパー指定が義務づけること
DMAのゲートキーパーに指定されると、対象企業には具体的な行動規範が課される。自社サービスを競合サービスより優遇するセルフプリファレンスの禁止と、競合クラウド事業者との相互運用性(インターオペラビリティ)の確保が中心となる義務だ。顧客が別のクラウド事業者にデータを移せるよう、データポータビリティの保証も求められる。
指定されたにもかかわらず義務を履行しない場合、DMAは全世界の年間売上高の最大10%という制裁金を認めている。AWSを擁するAmazonやAzureを持つMicrosoftの規模を考えると、その金額は数十億ユーロに達しうる。最終決定が下れば、両社はDMAの義務への完全準拠に向けて6か月の猶予を与えられる。
欧州委員会は同日、現行のDMAの義務がクラウドセクターにおける不公正な商慣行に対して実効性があるかを検証する第3の手続きも進行中であることを明らかにした。この手続きからは2027年5月までに勧告が出される予定で、クラウド向けに調整された義務の枠組みが将来的に整備される可能性を示唆している。
AmazonとMicrosoftの反論、そしてGoogle Cloudの扱い
両社はそれぞれ異なる論点で委員会の見解に反発した。Amazonが訴えたのは規制の重複問題だ。EUにはデータ法(Data Act)によるクラウド規制がすでに存在すると指摘し、DMAの義務を重ねて課すことがEUの競争力を損ない、欧州への投資を妨げると主張した。AWSのスポークスパーソンは「顧客はかつてないほど選択肢、低価格、柔軟性を享受している」と述べ、市場に健全な競争が存在するとの立場を強調した。
Amazonが規制の妥当性を問うたのに対し、Microsoftは規制の一貫性という別の角度から批判した。同社スポークスパーソンは「Google CloudとGeminiの拡大する力を無視することで、市場が有害な方向に歪む」との懸念を表明し、委員会が市場の第3極であるGoogle Cloudを対象外としていることを問題視した。Microsoftの見解によれば、AWSとAzureだけを狙い撃ちにすれば、その分のユーザーや企業需要がGoogle Cloudに流れやすくなり、Googleの市場シェア拡大を間接的に後押しする結果になりかねない。欧州委員会が今回Google Cloudを対象外とした理由について公式の説明はなく、この非対称な扱いはMicrosoftの反論に一定の説得力を与えている。
委員会の動きを歓迎した陣営もある。Open Cloud Coalitionは、今回の予備的認定が「ロックインがエンタープライズAIを加速させている」という長年の市場懸念と一致するとして肯定的に受け止めた。ただし、同連合は2024年にMicrosoftから「Googleのロビー団体」と批判された経緯があり、その立場には自明の利害関係がある。
クラウドプロバイダーCivoのMark Boostは「エグレスフィーや制限的なライセンス、弱いインターオペラビリティがカスタマーロックインを生んでいる。DMAの指定はそれを競争・主権の問題として名指しした」と評価した。
米欧貿易摩擦との交差点
今回の動きが「政治的に敏感な時期」と重なることを、欧州委員会自身も認識している。トランプ政権はEUの技術規制を「米国企業への攻撃」と繰り返し批判してきた。AWSとAzureという米国クラウド産業の旗手2社が規制の網に加わることで、米国通商代表部(USTR)がこれを対EUの貿易交渉における対抗材料として利用しやすくなる。この構図が既存の摩擦に重なり、外交的な交渉コストをさらに押し上げる可能性がある。
一方でEU側は、クラウドインフラの戦略的自律性という別の文脈でこの行動を正当化している。テクノロジー主権・セキュリティ・民主主義担当執行副大統領のHenna Virkkunenは「EUの企業の過半数がすでにクラウドサービスに依存しており、クラウドはAIの前提条件でもある。欧州のデジタルの未来の中心に位置するこれらのサービスは、公正で開かれた競争的な市場で提供されなければならない」と述べた。
英国のCMA(競争・市場庁)が3年間の調査の末、AWSとAzureへの法的指定ではなく任意の約束(ボランタリー・コミットメント)に落ち着いたのと対照的に、欧州委員会は法的拘束力のある指定に踏み切ろうとしている。この差はDMAという法的根拠の有無に起因する。EUにはゲートキーパー指定を強制できる明確な法律があるが、英国にはその相当法が存在せず、CMAは企業との自主的な合意に頼らざるを得なかった。英国のクラウド業界からは、EUの動きを参照して同国の規制方針を再考するよう求める声が上がっている。
次の焦点:12月の最終決定まで
現時点での欧州委員会の見解は予備的なものに過ぎず、最終決定ではない。AmazonとMicrosoftはそれぞれ、委員会の調査ファイルを検討したうえで書面で反論する機会を与えられた。最終決定は行政手続きを経て数か月後、遅くとも2026年12月ごろまでに下される見込みだ。
最終決定までの間に焦点となるのは、両社の法的・事実的な反論の中身と、委員会がGoogle Cloudの市場地位をどう扱うかという2点だろう。Microsoftが繰り返し指摘するように、Google Cloudも急速にシェアを拡大しており、その扱いを曖昧にしたまま最終決定を下せば、決定の整合性に疑問が生じかねない。委員会が第3の手続きで「クラウド向けDMA義務の適正性」を検討していることも含め、今後数か月でEUのクラウド規制の全体像がより明確になる。
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